第33話 嫉妬
嫉妬
嫉妬は大罪だ。人間が持ち合わせていいようなものではない。
身体を殺し、心を殺し、自分を取り巻く環境や世界を殺し、人を殺し、最後は自分を殺す。
嫉妬は向上できるサインだとか、プラスのエネルギーに還ることができれば素晴らしい人生を送れるだなんて言うけれど、そんな奴らは嫉妬を知らない。あんなもの営業トークの一環だ。くだらなくてしょうもなくて、そして気に食わないほど正論だ。
だけど、嫉妬はそんな綺麗なものなんかじゃない。あれはただひたすらに『悍(おぞ)ましい』。
人の幸福を見るたびに憎く感じる。笑顔を見るたびに殺したくなる。殺してざまあみろとあざ笑いたくなる。そんな自分に嫌気がさして自分を殺したくなる。
自分があまりにもちっぽけで、何か特別な力があるわけでもないのに大層な理想を描き続けた結果がこれだ。
こんな感情捨ててしまいたい。今すぐ脱ぎ去ってしまいたい。だけど人間は変化を恐れる生き物なのだ。こんなにキツイ場所でも自分の居場所と捉えてしまって離れるのを怖がってしまう。
感情の沼。最悪の場所。永遠に抜けることのできない世界。
誰か俺を引きずり出してくれ。そして誘ってくれ。競争も争いもないただ小さな幸せだけを欲して満たすことのできる世界に。
もういい。もう十分だ。疲れた。やめさせてほしい。
誰か俺を抱きしめてくれ。そして醜い俺を許してくれ。よくやったね。もう大丈夫だよって安心させてほしい。
そんな居場所を俺にくれよ。俺が・・・・・・俺が一体何をしたってんだよ!?
園田さんとあの日に会話してから、俺の人生に色がついた気がした。
今まではどうせ自分なんかとか思いながら妥協でやってきた野球の練習が、昔のようにやりがいが出てきたのだ。
チームの練習も家の用事といい土日のどちらかしか出ないことにした。
それを告げた時にはまた殴られ二度と来るなとも言われたが俺はそれも無視してやった。
グラウンド整備や道具を運ぶのを俺に依存してきた結果、チームメンバーたちは準備の時間といって早めにグラウンドに来ることになってしまった。
それに関してもグジグジ言われたが知ったことではなくなっていた。
勉強の方も慌てず、基礎から積み上げることにしようと思い、テキストを買ってみた。
これが案外うまくいき、テキストの問題を映したノートに丸が増えていった。
わからないところは、恥ずかしながら園田さんに聞いてみたりした。
写真を送って、どう解けばいいのかなと。
園田さんはすぐに返信をくれた。あまり家でやることがないのかもしれないなんて勝手に思った。
そういったことがきっかけとなり、俺と園田さんはメールでのやり取りが増えていった。
本当は直接話したいけど、きっと俺のせいで迷惑をかけてしまうから。
俺も園田さんもそのことはわかり切っていたのでメール越しでの会話が続いた。
普段人との交流がない分、すごく楽しい時間だった。
ある時、気になってメールで聞いてみたいことがあった。
『そういえば、前に彼氏を作ったことないって言ってたけどさ』
『どうしたん?アタシに惚れた?』
『いや、そういうわけではない』
『ストレートに言いやがったよコイツ!それで、それがどうかしたの?』
『なんでかなって思って。園田さん、男子からはすごく人気だし、いつでも好きな人作って学校生活満喫してるって感じに見えてたから』
『そう見えてたのか!まあ確かにそうかも。でもね、どこか空っぽに見えちゃってさ』
『空っぽ?どうしてそう思ったの?』
『話してて楽しいとは思うよ。だけどねどいつもこいつも自分の話ばっかり。まるで自分はすごいんだぜと言わんばかりにさ』
『それって空っぽなの?すごくぎっしり詰まった人生みたいだけど』
『確かにすごい事してるんだけどさ、それを得意げにひけらかしてくるのがあんまり好きじゃないの。どこか上っ面だけの空っぽの人生に見えちゃってさ。こういう人と一緒に居たら楽しくはあると思うんだけど、そこでおしまい。全部思い出になり果ててしまいそうでね』
『思い出、いいじゃないか』
『でもね、思い出は所詮思い出なの。その結果自分に何が残ったかと言われればその楽しかったという経験だけ。それだけじゃ足りない。アタシは楽しい経験も欲しいけど、人生それだけじゃつまらないと思ってるの。困難にも耐えて、希望を見出す?的な。浅くなく、暗すぎない人生を送りたいって思ってるんだ』
『達観しすぎじゃないか?まだ14歳でしょ?』
『人の事言える立場かね?』
『言えないかも・・・?』
『まあ、そう言うこと。こんなこじらせた女子と付き合えるのは今の中学生にはいないんじゃないか
な?』
『ずいぶんと自虐的な言い方するね』
『そうもなるよ。だって余計なことが見えちゃうんだから。何も考えることなく、見る必要のない物を見ないで過ごす人生ほど、浅ましいけど楽しい人生はないと思う。みんなが見えないものが見えてしまう!これが心の目ってやつ!?』
『中二病乙』
『ネットミームまで使い始めたか!やりおる!』
『でも、教えてくれてありがとう。園田さんの事を知れてよかったよ』
『アンタ、今は人と話すことがないかもしれないけど気を付けなよ!どこか人たらしな部分があるってことをお前に教える』
『そうなのかな、ありがとう』
『でもね、アタシにも好きな人がいるの!聞いて聞いて!』
『うん、一応聞いておく』
『桜田千世っていう子なの!』
『知ってた』
『これ見て!』
そのメールの後に送られてきたのは写真だった。
ファミレスの中だろうか、パフェのようなものがテーブルの上においてありそれを見て笑顔になっている女の子が映っている写真だった。
『これが前から言ってた桜田千世さん?』
『そうそう!可愛いでしょ?』
『かなり』
『惚れるなよ!アタシの嫁だぞ!』
『その一緒にいるお兄さんって人と保護者の方に許可もらったのか?』
『その人たちが障壁か!共に消し去ってしまおう!』
『怖いこと言わないで』
『まあ冗談は此処までにしておいて、この写真は昨日放課後に遊びに行った時に撮った写真なんだけど、あの子ったら夜ご飯食べ終わった後にパフェ頼んできた瞬間からすごく嬉しそうな顔してさ!それがもう可愛くて仕方なくて!つい撮っちゃったんだ。そのあとも『撮らないでよ、咲ちゃん!』なって言って顔を赤くしてさ!それがもう可愛くて可愛くて!それから前にも・・・・・・』
とまあこんな感じで、園田さんには園田さんなりの考え、というよりも哲学があるらしくかっこいいと思ってもいた。
普段学校ではあんなに男子や他の中の言い友達たちに囲まれて、歳相応の口調や顔を見せているのに本当はそんなことを想いながら生きているだなんて・・・・・・
俺はどこか、彼女に魅かれ始めていた。
・・・・・・それが恋と知ることになったのはもうしばらくあとの話となる。
3年生に上がりって数週間後。2025年の4月の中旬である。
学校では進路に関する紙が配られ始めていた。
25年程前までは高校へ進学するのが当たり前みたいな風潮があったと母に聞かされたことがあったが、今となっては7割以上が就職である。それもこの龍之国は災害が頻発し、人口が減り、労働量が下がったことによる影響を受けたからだ。
海外からの支援も昔は行われていたが、ここ一、二年は海外のことがニュースに流れにくくなっている。
元々、隠し事が多い龍之国政府のことだ。何を言っても仕方ないと世間は全く動きを見せないのだった。
最近は税金も上がり、母が嘆いていた。『また節約になっちゃうけど、乗り切ろうね』って言っていた。
本当に母は強い人だ。
俺も母や園田さんを見習って頑張ろう!
俺は強気の姿勢を維持して、母とも相談し、未定と進路用紙に記入することにした。
だが、3年生になってから、俺の命運を分けることになる事件が多発した。
一つ目は自主練をしている時に起きた。
素振りを終えて、いつものように長距離のランニングをしていた。
(腰がいつもより重い・・・・・・いや、痛いな)
前から腰の痛みはあったのでお構いなしに練習を続けていた。
だが、5月になると事態は一変した。
(は、走れない!素振りができない!)
腰のあまりの痛さに俺は何もできなくなってしまった。
それを見かねた母は俺を近くの病院へ連れて行ってくれた。
レントゲンでは何も見えず、腰の酷い炎症だと言われた。
だが、母は嫌な予感がしたようで家から少し遠い大きい病院へ連れて行ってくれた。
異変を見た医師がすぐさまMRIを取ってくれた。運よくその時間に誰も予約を入れていなかったようだ。
MRIの写真が映したものは、『腰椎分離症』の症状だった。
詳しいことはよくわからないが、腰椎の片方にしか基本的にひび割れは入らないようだが、俺の場合は珍しく左右両方にひび割れが映っていたらしい。
そして医師から告げられたことは、完全に元に戻ることはない。二度と本気で野球を含めたスポーツをすることはできないと。まあ簡単に言えばそのような事だった。
ドクターストップどころの話ではない。野球人生に幕を下ろせと言われたのだ。
その日、俺は部屋で一人で泣いた。悲しくて、やるせなさ過ぎた。
チームには母が伝えに言ってくれた。チーム側も母もせいせいしただろう。
二つ目に、腰椎分離症が発覚した数週間後、5月の中旬が終わろうとしている時。
家に電話がかかってきた。
ちょうど学校から帰ってきたタイミングであった。
電話元は母の職場からだった。内容は『母が倒れた』ということだった。
俺は緊急用に家に母が残してくれていた金銭を持って家を出て病院へと向かった。
母はベットで寝かされ起きる気配がない。
医師曰く、過労による『くも膜下出血』だそうだ。脳内の血管が破れてしまったらしい。
亡くなる可能性があることと、例え行き知多としてもどこかに後遺症が残ると言われた。
俺はわずか数週間のうちに夢を失い、たった一人の家族を失いかけている。
またしても、俺は孤独になってしまった。
(そうだ、園田さん!園田さんなら!)
俺はそう思って、次の日の学校の放課後に園田さんに話そうと思い、園田さんに連絡を取ろうとした。
次の日。放課後になり、教室に人がいなくなった。
帰ってしまっただろうか?ついうっかりして連絡をしていなかったから無理もないかと思い帰ろうとした。
老化から話し声が聞こえてくる。聞き覚えのある声。聞いててとても胸が高まる声!
間違いない!園田さんだ!
俺は声のする方へ急ぎ足で向かった。
「・・・・・・え?」
園田さんはいた。一人の男子生徒と共に。
クラスの中でもとびっきりかっこいい男子が、階段の踊り場で園田さんにキスをしているところを・・・・・・
俺はその光景を見てその場で愕然としてしまった。
ただただそれを見て立ち尽くした。
その時、園田さんと目が合った。合ってしまった。
園田さんは俺のことを見るや否や驚きの目つきをしていたように見えた。
(何なんだ!何なんだよ!)
凄く嫌な感情が湧き上がってくる!
(憎い!うらやましい!忌々しい!)
園田さんが俺の名前を呼んでいるような気がしたが俺は止まることなく痛みを我慢しながら走って学校を出ていった。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気が付けば、マンションの屋上にいた。
日は落ち、空はもう暗くなり、夜になっている。
俺は何も考えずにここにきてしまった。何で俺はこんなところにいるのだろう。
夢を失い、孤独になりそうであり、唯一話せる友だちもいない・・・・・・
友だち・・・・・・友だちならあんな状態見ても別に逃げたりはしない。
むしろ祝福すべくではないだろうか。
園田さんにも素敵な人が見つかったと。
でも、なんだこの感じ・・・・・・気持ち悪い。
俺は園田さんのことが好きだったのか?
うん、そうだ。そうに違いない。
じゃああれはいったいなんだ?
何だったんだ?・・・・・・キスされてた?
思い出すだけで、心が・・・・・・胸が痛い!
気持ち悪い!気持ち悪くて仕方がない!
憎い、憎い!のうのうと人生を楽しいでいるやつらが憎い!
憎い、憎い!人が夢を失った中、野球を普通にやっているやつらが羨ましい!
憎い、憎い!母から命を奪うようなこの世の社会システムが憎い!
憎い、憎い!すべての元凶である父が憎い!
憎い、憎い!俺をいじめてきた人たちが生きているこの世界で生きている自分が憎い!
憎い、憎い!手を差し伸べてくれなかった、俺を助けてくれなかった大人たちが憎い!
「どうして、俺からぜんぶ奪っていくんだよ!俺にどうしろってんだよ!何か悪い事したとでも言いたいのかよ!ただ・・・・・・ただ生きていただけなのに・・・・・・人並みの幸せさえ、俺は持つことを許されないのかよ!」
飽き飽きだ、こんな人生。吐き気がして嫌気がさすこんな生活やめてしまいたい。
「・・・・・・ハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッッッッッッッッ」
・・・・・・もういい。もういいや。
全部終わりにしてしまおう。ここから落ちて、全部全部、洗い流してしまおう!
此処から落ちればきっとこの心の汚れも全部きれいになる!
もう、つらくなる必要なんてないんだ!
「飛び込めば楽になる!楽になるんだ!やったーーーーーー!!!!!!」
俺は、マンションの屋上から身を投げた。
空を切る音が耳に仲に入ってくる。
世界がスローモーションになる。
今までの人生が流れてくる。俺はそれを見る。
・・・・・・母が作ってくれたご飯。おいしかったなあ。
母の手、暖かかったなあ。
野球楽しかったなあ。勉強、頑張ったなあ。
園田さん、可愛かったなあ。
始めて、人を好きになったなあ。
あ~あ。なんだ。
思い返してみれば、人生の中でも幸せで、大切な部分があったんじゃん。
・・・・・・飛び降りなきゃよかったなあ。
生きていれば、もっとたくさんの幸せを掴めたのかな。
・・・・・・ごめんね、お母さん。
俺は全身に強い衝撃を受けて何も考えることができなくなってしまった。
視界がぐにゃりと曲がる。
見える世界が黒くなり、真っ赤に染まっていく・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
目が覚めた。覚めてしまった。
おかしい、俺は確かマンションから飛び降りたはずだ。普通なら死んでいてもおかしくない。
でも、生きている。視界ははっきりとしていて普段と同じように見える。
しかし、目に入ってきた景色は明るい電気だった。
眩しい、手術台のようなところに寝かせられているのだろうか?
何かの部屋だろうか。薄暗い。
誰かの話し声が聞こえる。何を話しているのだろうか。まだはっきりと聞こえない。
耳があまり聞こえないな・・・・・・飛び降りた時にどこかダメージが入ったのかもしれない。
しかし、そんなことよりも・・・・・・
「な・で・・てる」
声もはっきりと出ない。ガサガサになった声で俺は自分の心のうちの言葉を出す。
その声を聞いたのか、俺の周りに人が集まってきた。
俺の体を治療してくれた人たちだろうか?白い服が血だらけになっている。相当な出血量だったのか、白い服のほとんどが鮮血に染まっている。
人数はざっと6,7人。寝ている体制の俺を見るだけで何もしてこない。すごく不気味で人間味を感じない。
謎の集団のうちのの一人が動き出し、部屋の明かりを暗くする。一体何をするつもりなのだろうか。
そう思いながらも、声にしても喉に血がべったりくっついているせいかさっきのような声しか出ない。それではコミュニケーションが取れないと考え黙っていた。
その前にまずこの国の言葉は通用するのだろうか。この集団が何者なのかもわからないままだ。
しばらくすると、俺の足側の壁際の天井から光が差し込んできた。
しかし、寝たままの体勢なので眩しい事以外、なにが起こっているのか見当がつかない。
白い服を着た集団が俺の寝ている手術台のようなものを触ると、台がゆっくりと起き上がり、俺は次第に座ったような体勢を取れるようになった。
そのおかげでその光の正体もわかった。スクリーンだ!それも見たことない、まるでテレビの画面だけ宙に浮いているような見たことのない液晶だ。
そのスクリーンには、男が映っていた。
一人は若干体に丸みを帯びていて、目つきが鋭く見た人全員に威圧感を与えてしまいそうな人。でもどこかで見覚えのある人・・・・・・テレビか何かに出ていた人だろうか。
もう一人は高身長の細身の人。スーツをびしりと着込み、セットされた頭髪、整った顔。その容姿からはまるで執事のようで・・・・・・
「おや、目が覚めましたか。13号」
スーツ姿の男が画面越しに俺を見て話しかけてきた。この国の言葉だ!
だが、13号?13号とは一体なんだ?俺のことだろうか?
「ふん、ようやくか。ここまで来るのに相当時間がかかったものだな。どうしてさっさと成功しなかったものか・・・・・・」
小太りの男は不機嫌になりながら悪態をついている。
「元はといえばアナタがビィの代用が欲しいなんて言い出すからですよ、スーロ」
「やかましい、ただでさえ大道龍治という異質な存在がこの地に降り立ったのだ!『嫉妬の悪神』さえ一撃で葬ってしまう怪物だぞ!?少しでも戦力が欲しいとは思わないか、リードよ!?」
「大道龍治は私にとっても脅威でしかない。それにシュラバがいつまた表舞台に出てくるかもわかりません。それでは私の計画も頓挫してしまいます。それもあってあなたに協力したのですよ?感謝してほしいものです」
「な~にが感謝だ!次世代型の強化人間の製造方法に言及しただけで、死体集めやら資金集めやら面倒なことは俺にばっか任せよって!大道龍治を無効化し、シュラバを殺したのが俺であったら、この星の権限はすべて俺がいただくからな」
「強欲より強欲らしく、そして怠惰であるのに勤勉に動くアナタは内的、外的どちらの側面にも矛盾を秘めている。面白くなりましたね。惰眠をむさぼるだけの昔とは違う。やはりあの三人のことが相当のダメージですか?」
「黙らんかい!逆に8000年以上の付き合いだというのに、貴様が薄情すぎるのだ」
「私とてショックを受けましたよ。あの三人の在り方、哲学には私も考えさせられましたからね」
なんの話をしているのだろうか。さっぱりわからない。
「おっと、失礼13号。ついうっかり私情を語ってしまったよ。長い事生きているとやはり古き友人と話すことが楽しくてですね」
「楽しい?興味深いの間違いだろう?それもお前の好奇心を満たすためのな」
またしても二人の会話を始めそうだったので思い切って割り込んでみることにした。
「こ・は、どこ?」
先ほどよりも発声がしっかりしたものになってきている。だけどまだ意思疎通できるほど声が通らないようだ。
「なんだ、13号?元人類風情が俺に話しかけてくるな!」
小太りの男がこちらを睨みつける。
「まあまあスーロ。今回の実験で初めて目が覚めた例ですから。丁重に扱いましょう。下手に刺激すれば『バベル』がどういった動作を起こすことやら・・・・・・」
スーツ姿の男が悩んでいるのか、困ったような顔をする。それにン位を言っているのか理解できなかった。
「では、13号。改めて、我々の声が聞こえていればどちらでも構いません。手を挙げていただけませんか?」
13号・・・・・・?俺の事かな?手・・・・・・?動くかな?
俺はとりあえず右手を挙げてみることにした。
「良し、良好。耳もしっかり機能しているみたいですね。では、その腕を高く上げてみてください」
俺はスーツ姿の男の言う通り、右腕を高く上げてみた。
あ、あれ?痛くない!?無理な投球を重ねたせいで型を壊して、ろくに腕も上がらなかったのに!
「よし、生前負傷していた場所の治療もできていると。まあとりあえずいいでしょう」
何か記録を取っているようだ。病院でいうところのカルテみたいなものだろうか。
「とりあえずおめでとう、13号。君は初めての成功例だ。我々の計画のね」
計画・・・・・・?もう訳が分からないな。
「おっと、ずいぶんと困惑しているようですね。まずは状況説明からしていきましょうか、スーロ」
「ったく、なんで俺が・・・・・・まあいい。よく聞け13号。お前、人類だった頃に一回死んだろ?」
死んだ?何言っているんだ!?
確かに俺はあの日、マンションの屋上から地面に飛び込んだ。
死んでいてもおかしくない。だけど、じゃあなんで今俺はあの二人の声を聞き、反応できているんだ!?
此処は死後の世界か何かなのか!?
「自殺か他殺かはこの際どうでもいい話だ。しかし、貴様は死ぬ前に飛んでもないほどマイナスのエネルギーを発していた。それを我々が感知し、貴様の遺体を回収させてもらったのだ」
マイナスのエネルギー・・・・・・俺が飛び降りる前に考えていたことだろうか?
憎い、憎たらしい・・・・・・そうだ、俺は!
「おっと、エネルギーが上昇しているな。いいエネルギー量だ!だが、そこまでにして俺たちの話を聞いてもらおう13号。簡単にいえば、お前は一度死んだ。そして俺たちの手で蘇ったのだ!」
死んだ!?蘇った!?ここは死後の世界なんかではなく、紛れもない現実(リアル)だというのか!?
「おうおう、いいリアクションだ~、悪くない」
「何楽しんでいるのですかスーロ。人の感情に揺れ動きを享受するなど、ずいぶんと人類らしくなったではありませんか」
「いちいちやかましいわ!さてと、どこまで話したか・・・・・・そうそう蘇ったまでか。まあ蘇ったとはいえ、貴様は俺たちの技術で生かされている。つまり、貴様は俺たちの奴隷なのだ!ガッハハハハハハ!!!!!!!」
「話を省きすぎです、スーロ。こういった大事な話を省くところは昔と変わらず怠慢ですね。では、続きから。膨大なマイナスエネルギーを放出し、命を絶ったアナタは我々の実験材料の適性を持っていた。そして、我々はアナタの遺体を改造し、人造人間。まあそんなものではなく『より強化』された人間。軍事用生体兵器、『強化人間』として再び生を得ることとなりました。そして君がその次世代型の初めての例です」
・・・・・・改造!?なんだよそれ!?それに、俺が人類、人間じゃないって・・・・・・
「そして、なぜアナタを生かしたのかということも話しておかなければいけませんね、13号。アナタには我々にとっての邪魔者の無力化を図ってほしいのです。」
邪魔者?急な話の・・・・・・ような・・・・・・
あれ、意識が・・・・・・急に眠くなって・・・・・・
「その邪魔者とは・・・・・・・と寝てしまいましたか。無理もありません。人類の身体に『バベル』を移植するなど、ほぼ不可能な事をあの人間の身体は許容した。相当な負の感情を生前持っていたのでしょう。思春期という精神的に不安定な時期と絡み合った結果でしょうか?」
「ほんとならばさっさと起こして仕事をさせたいものだが」
「スーロ」
「わかっている。俺に、いやこの宇宙における全生物にとって『バベル』は災厄そのものだ。何せ悪しき感情を持ち合わせるすべての知的生命体にとって『毒』となるのだからな。我らの王はそれを吸収し、俺たちには図り切れないほどの力を手に入れた。だが、抑止に敗れた。抑止の力の恐ろしさと同時に、『バベル』の可能性についても知らねば俺たちは自分たちの生み出したもので絶滅しかねない」
「ええ、もしかしたらこの13号がそのキーになるかもしれません。大道龍治によって葬られた『嫉妬の悪神』の身体の一部を心臓に移植し、適合した彼なら!我々に新たな可能性を示してくれるやもしれない!」
「ああ!そうすれば俺の全宇宙征服も夢ではない!『バベル』を使いすべてを俺の奴隷として働かせ、俺は再び『怠惰』へと戻り余生を過ごしてやる!」
「余生といっても後一万年ぐらいあるじゃないですか?『後悔』が本質のアナタにとって『怠惰』に戻ることはまたしても・・・・・・とはならないのですか?」
「さあな。だがいささか疲れたのだ。さっさと大道龍治を無力化し、シュラバをこの手で葬り去り、この星を手に入れる。とりあえずは此処までを計画としておこうか」
「そうですか。まあいいでしょう。この星も私にとっては好奇心を満たすオモチャでしかありませんから。ですが、人類は生かしておいてくださいね。彼らの可能性、この飛月未来のような可能性を秘めた存在がいると思うと・・・・・・とてもそそられる!」
「相変わらず気持ち悪いな。それで、前に貴様が言っていたあれはどうなったんだ?」
「ああ、『引き寄せの法則』ですか?もうすぐですよ。概念を物質化させるのに500年もかかりましたからね」
「よくもそこまでやったものだ。せいぜい銀河連邦に見つからないようにな。友人が銀河連邦に捕まるとなると、俺まで危険視されかねんからな」
「まあ、この星なら大丈夫でしょう。ただでさえ『文明の段階』が低く、異星人の存在さえ不明瞭なこの星なら銀河連邦も管轄外でしょうしね」
「全くだ。行き着いたのがこの星でよかったもんだ」
「さて、彼を回収しに行きましょうか。車の用意はできています」
「おお!気が利くでないか!さっさと『教育』してやらないとな」
「いいか、13号!貴様は俺たちの奴隷だ!しっかり俺たちのために働けよ」
「労働の内容も言わずに何を言ってるのですか?」
・・・・・・起きたらどこかの施設だろうか、先ほどとは違うところで寝かせられていた。
しかし目覚めて早々に奴隷と言われるのは釈然としない。
「どこか違和感があるところはありませんか、13号?」
「いえ、大丈夫です」
あ、声が出た!いつもと同じような声だ!
「発声も良好。検査の結果も異状なしと。いいでしょう!では13号、アナタに仕事があります。どうか私たちと一緒に働いてくれませんか?」
スーツ姿の男が頭を下げる、所作や姿勢まできれいだ。
「あ、頭を上げてください!こちらも生き返ったお礼がしたいですし・・・・・・」
「お礼・・・・・・あれは他殺だったということでしょうか?」
「いえ・・・・・・自殺です・・・・・・俺はもう全部が嫌になってすべてが憎くて羨ましくて・・・・・・全部全部壊してしまいたい!でも、死ぬ間際に、いろいろと思うことがあって・・・・・・」
飛び降りる前の感情が再び芽生える。だけど、何故だろうか?その時ほど体が重くならない。むしろ身体全体にエネルギーが満ちていくような・・・・・・
「なるほど・・・・・・嫉妬ですか。どおりでその適正値を」
「何か言いましたか?」
スーツ姿の男が小声で何か言っていたが聞き取れなかった。
何を言っていたのだろうか?
「君は素晴らしい逸材だ!君のような存在が生まれてきて私は感動している!ああ、生まれてきてくれてありがとう!飛月未来君!」
・・・・・・!
そんなこと・・・・・・そんなこと、母親にしか言われてこなかった。
父親には『お前さえいなければ』と言われ殴られ、中学になってからは殺人鬼の子どもだから『死ね』と何回言われてきたか・・・・・・
それなのに、この人たちは俺を必要としている!
俺は!必要とされている!
「・・・・・・!」
「どうしましたか、13号。涙を流して?」
「・・・・・・嬉しいんです。俺を、俺を必要としてくれて・・・・・・」
その二人は、俺が泣き止むまで待っていてくれた。
「・・・・・・そうでしたか。なるほど」
俺は自殺までの経緯をすべて二人に話した。
「若い人類にしては気苦労の絶えない・・・・・・だが、そのおかげで貴様は今生かされている。なんの因果かね。死にたいと願ったやつが、死を恐れ、一度死に、生き返ることができたとは」
どこかで見たことがある少し小太りの男の人が俺に語りかける。
「はい、本当にありがとうございます・・・・・・なので、できることだったら何でもやります。その仕事というのを教えてください」
俺はとにかく嬉しかったのだ。必要とされて、自分を否定しないでいてくれて。
「では・・・・・・そうですね。まずは名前を決めないといけないですね」
「名前ですか?」
「ええ、我々と共に働くとなるといちいち人類の名前を言うのは面倒ですのでね、スーロ。アナタが決めてもいいですよ」
「え!俺が!?」
スーロという男が俺の名前を目を瞑り、考えている。
だけど、人類の名前ってどういうことだろうか?俺がなったという強化人間が人じゃないという意味合いなのだろうか。
まあこの際、人間じゃなかろうとどうでもいい。
「ビィ・・・・・・ビィ・・・・・・ビィの忘れ形見・・・・・・嫉妬・・・・・・そうだ!ならば『ジェラ』だ!貴様は今日からジェラと名乗れい!」
ジェラ・・・・・・ジェラシー。嫉妬の意味だったかな。
一度死んだ理由が憎しみや羨ましさからだった俺にふさわしい名前かもしれない。
母に命名された名前を捨てるのは悲しいけど、一度死んで、母を悲しませることになったかもしれないんだ。この名前は自分に対するいい罰になる。
「ジェラですか。了解しました。では、ジェラ。まずは体を安定させるところからです。しばらくは休養を取ってください。食事は体を変化させた後以外は基本必要ありませんが、睡眠はとってください。いくら強化人間とはいえ、脳は休ませておかないと」
「わかりました、休養ですね」
俺はそう言われすぐに目を瞑った。
「いや、もう寝るのかよ!早すぎだろ!」
「睡眠という命令を受けたので・・・・・・」
「いや、確かにそうだが・・・・・・なんだこいつ、変にまじめすぎないか?扱いにくいのだが」
「まあ、いいでしょう。そういったところも彼の特徴です。子どもを扱うのはビィで慣れているでしょう?スーロ」
「慣れてはいるがな・・・・・・こう、なんか違うというかな」
小太りの男・・・・・・スーロは困ったというように手で頭を掻く。
「教育するにせよ、ここまでまじめだと張り合い甲斐がない。だが、面倒は省けるな。おい、ジェラ」
「は、はい」
まだ慣れないな、その呼ばれ方は。
「とりあえずは貴様に埋め込んだ細胞が安定するまでは休んでおけ。下手に動けば暴走しかねないからな」
「了解しました、スーロ」
細胞?暴走?またわけのわからないことを言われた。なんとなくだが、強化人間になったときに必要だったパーツを体になじませる必要があるのだと俺は思っていた。
「では、また後日。しばらくは此処でじっとしていてください。そうだ、名乗っていませんでしたね。私の名は『リード』。強欲の『リード』です。以後良しなに」
スーツ姿の男、リードはそう言い残して、スーロと共に部屋を後にした。
・・・・・・異常なほどの眠気。身体が何か拒否反応を起こしているような感じがする。
まるで、何かウイルスに浸食されたような感じ。
熱っぽくはないが、身体が熱い。エネルギーが、血が全身に勢いよく駆け巡っているようなそんな感じ。
だけど、汗はかいていない。便利な体だ。体調がすこぶるいい。
でも、やっぱり眠い。眠すぎる。
寝ることを我慢する必要はない。俺は目を瞑り、眠りにつくのだった。
8月
命を二人に救われてから、早くも2か月半が経とうとしている。
身体にパーツが馴染んできたのか、具合の悪くなる時が無くなりつつあった。
曰く、「そろそろ本当の仕事」だそうだ。
一体どんな仕事なのだろうか。俺は疑問を胸に抱きながら二人の話を聞くことにした。
「では、改めて説明していきましょうか。ジェラ、アナタの身体には我々の仲間の体の一部が入っております。仲間はある組織の関連者によって葬られてしまいました。それでアナタには、その組織に潜入しその人物ともう一人、強大な力を持つ人間を無力化することを手伝っていただきたいのです。つまり、アナタは私たちにとって切り札のようなものなのですよ」
組織・・・・・・二人の仲間を殺した組織・・・・・・
一体どんな悪い組織なのだろうか。
ただ二人は、自分たちの望みをかなえるために生きているだけなのに・・・・・・
そういえば、前にスーロに何が目的なのか聞いたことがあった。だけどその時は『お前には関係ない。ただ命令に従え』の一点張りだった。
いくら恩人とはいえ少し冷たいなとも思ったが、まあ仕方ない。
俺の命は彼らに救われたものだから。彼らの言うとおりに動くとしよう。
「その組織というのは一体どんな物なんですか?」
「そうだな、簡単に言えばこの国の政府の秘密組織の一つだな。その力はすさまじいもので悉く俺たちの計画を踏みにじってきた。クソう、あいつ等さえいなければもっと順調に進んでいたのに!」
スーロが悔しそうに歯ぎしりする。この二人がどんな人間でどのような力があるのかは一切教えてくれなかったが、死者を蘇らせるぐらいなんだ。きっとすごいに違いない。
でも、そんな人たちを追い込むほどの強さを持つ組織か。
「怒りを治めなさい、スーロ。では、ジェラ。出来る限り長くそこにとどまりなさい。きっと我々とは連絡が途絶えてしまうでしょう。ですが安心してください。我々は必ずあなたを迎えに行きます。どうかご武運を」
・・・・・・いや、その前に聞いておきたいことがあったんだ。この仕事も大事な事かもしれないけど、それ以上に確かめなければならないことが。
「リード。任務の前に一つ聞きたいことがあるんだ」
「なんですか?要件次第ではお答えいたしかねますが・・・・・・」
「俺の母親は・・・・・・今どうしている?」
「・・・・・・アナタの母親は今も生きております」
「・・・・・・!」
母さんが生きている!無事治ったんだ、よかった!
「なら、仕事の前に会わせてくれませんか?とりあえず生きていることだけでも・・・・・・」
「ジェラ」
リードに名前を言われた。静かに、俺を宥(なだ)めるかのように。
これ以上、口にするなというように・・・・・・
「ジェラ、よく聞いてください。アナタはこの世界において既に死亡した人間として扱われています。特に生前のあなたを知る者やご家族に会わせるわけにはいきません」
「そんな・・・・・・」
でもその通りだ。俺は自ら命を絶っている。親より先に死んだ罰当たりな子どもにはふさわしい罰なのかもしれない。
「それに、あなたの母親は生存こそしてはいるものの、脳への後遺症で下半身は麻痺を起こし、息子を亡くしたショックでもはや廃人となっており、今はアナタの祖父母が介護をしているような状態です。加えて、そのストレス状態もあり、高血圧により再びくも膜下出血を起こす可能性があります。その時は、もう・・・・・・」
・・・・・・え?
そんなこと・・・・・・そんなこと!
俺が死んだことによって母さんはもう、人として機能していないとでもいうのか・・・・・・
考えていなかった。考えてもみなかった。
知らなかった。知らなかったんだ。
俺が死ぬことによって誰かが不幸になるなんて!
俺は自分が楽になろうとしただけなのに!そのせいで・・・・・・!
「ジェラ!」
スーロが怒鳴りつけてくる。
「腹をくくれ、ジェラ。これは貴様が踏み込んだ世界だ!一度死んだ人間はもう戻ってこない、それがこの世界の普遍的な在り方だ!だが、貴様は奇跡的に生き返り、その力を必要としているものがいる。生前できなかったことを貴様はできるのだよ」
・・・・・・そうだ。俺は前の俺とは違う、違うんだ!
御免ね、母さん。俺は俺の人生を生きるよ。
一度死んだけど、俺のことを必要としてくれる人がようやくできたんだ!
俺はその人たちのために生きるから!
・・・・・・また死んじゃうことがあったら、絶対に会いに行くから。
切り替えよう、やってしまったことを悔いても仕方がない!
俺は俺の力を信用してくれている人のために生きるんだ!
・・・・・・でも、一体どうやってその人たちと接触を図るのだろうか?
「えっと、それで俺はいまからどうやってそこに行けばいいんですか?」
俺が疑問に思ったことを口にするとスーロがゆっくり近づいてくる。
そして俺の腹部に思いっきり拳を叩き込んできた!
「ガッ・・・・・・ハッ・・・・・・」
その衝撃は背中まで響いた。呼吸ができない・・・・・・
殴られた場所が痛い、熱い。
一体何故こんなことを・・・・・・!意識が消えていく。
「こうすれば確実にお人よしのあいつらならお前を拾っていくだろう。後は大道龍治がどこにいるかだが・・・・・・」
「どうやら河原の近くにいるようですね」
「そうか。良し、そこまで車を出せ!さっさとこいつを捨てに行くぞ!」
俺が殴られた衝撃が強すぎて、二人が何を言っていたのかはっきりと聞き取ることができなかった。
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