第24話 信用

                  信用


信用があるから信頼されるのか。

それとも信頼されているから信用があるのか。

どちらが始まりなのだろうかとふと思ったことがある。

信用とは信頼を積み重ねた先に得られるものだ。だが、信頼は信用の証明ではないだろうか。その人間を信用しているから、信じて頼るという一連の行為を可能としている。

うーん、難しいな。でもせっかくなら俺は信用できる人がたくさんいてほしい。

だって人をたくさん疑いながら生きていくだなんて、生きていて虚しくなってしまいそうだから。

だから、俺は信頼を裏切りたくないし、信用を無くしたくない。勿論、それを失うことを極端に怯えちゃいけないけど、無駄にわがままになって、そういったものを失ってしまうのだけはごめん被りたいね。



はい、どうもアルトです。

またしても見覚えのある天井でございます。

なんか戦闘するたびにここに運ばれている気がする。

なんか見ている人たちもそろそろ見飽きた描写だろうがどうか勘弁していただきたい。


・・・・・・うん、不死身はねぇわ。

どう攻撃しようとも復活してしまうもんだから手の打ちようがなかったし、遂に思いついた方法が魔祓いの空間に置いてきて俺だけ元の世界に戻るという手段だけだった。

これがなんかの番組とかだったら苦情もんなんだろうなとか思ってみる。


「おはようございます、アルトさん」

救護室にはチヨがいてくれたようだ。

単語の勉強をしながら俺のことを看てくれていたようだ。


「おお、チヨ。たびたび悪いな」

なんかもう救護室での対応も前とは変わっていて当然のような感じになってきている。

果たしてこれはいいものなのか?

いや、いいわけではない。


「何反語表現を地の文でやってるんですか!一応先ほどまで意識なかったんですよ!」


「だからなんで地の文にまで介入してくるんだよ!エスパーか!」

なんていつも通りの会話をする。

いつも通り・・・・・・いつも通り・・・・・・

なんか忘れているような。


「お帰りなさい、アルトさん。待ってましたよ」


「ああ、ただい・・・・・・」

あ・・・・・・そうだ。

家、燃えちゃったんだった。

その光景を思い出すと、俺はいつものようにチヨにただいまということができなかった。


「・・・・・・龍治さんからお話は伺いました。無くなってしまいましたね。家」


「うん。無くなっちゃったなー」


・・・・・・何を考えればいいのだろうか。


・・・・・・何を伝えればいいのだろうか。


一緒に過ごしてきた時間と空間。

俺たち二人の日常を証明してくれる家(居場所)は無くなってしまったのだ。


「ま、まあ寮に住んでてよかったよな!ほ、ほら二人ともあの家に住んだままであの火災にまき込まれてたら危なかっただろ!?」


「・・・・・・」


「ほ、ほら。一応家に置いてあったものはほとんどこっちに持ってきてあるし、大丈夫だって・・・・・・」


「・・・・・・」

バカみたいだ。

チヨを慰めているのか、自分を慰めるために言っているのかがもうわからないや。


「アルトさん」

チヨがこちらを見据える。

その視線は何を俺に告げようとしているのだろうか。


「だ、大丈夫ですよね!私たち二人とも生きていますもん!それに物やお金が全部なくなったわけでもないですし、普通に生活できますもん!だから、大丈夫です!」


「チヨ・・・・・・」

わかっている。お互いに強がりだってことぐらいは。


・・・・・・俺たちは強がりな事を言ってお互いを慰め合う。

日常と思い出を無くした俺たちは意地を維持するために傷を舐め合う。

互いに心配かけまいと。

ほんとうはチヨだって泣いてしまいたいはずだ。

強がることは美徳ではない。何なら我慢というものは度が過ぎれば人間には毒となるものだ。

だけど、今の俺たちは・・・・・・

強がっていないと崩れてしまいそうで。

あの輝かしかった日々を思い出すと、踏ん張って今を生きている信念が涙と共に流れてしまいそうだから。

俺たちは強がる。

決して正しい判断ではない、人間らしい単純で愚かな理由で俺たちは自分を騙すのだ。


10月31日

9時

今日は巷では収穫祭にあたる日である。

昨日の国民保護警報は結局のところ誤報というニュースが流されることとなった。

本来なら独断で社会的混乱を招いた旦那を最悪裁判で裁くことになるのだが、一部の政府機関の人間が猛反発してくれたおかげでお咎めが完全に消えることになった。

どうやら、旦那から政府内部の危険性を知られていたのか、それとも危険性をすでに知っていたのか?

まあ、それはさておき村田夫妻と俺の友達たちなのだが、避難の最中に不幸にも交通事故に巻き込まれてしまったようだ。


だが、幸運なことに誰も亡くなることはなく旦那さんこそ足の骨を折る重傷になっててしまったが、俺のダチは鞭打ちぐらいのケガで済んだようだ。

それでもしばらくは入院をするようだが。


「それで?」

旦那は飛月の方に視線を向ける。


「昨日のあの要望は一体何のためだったんだ?何故一人で、無断で交戦した?」


「・・・・・・」

飛月は顔をそっぽ向けながら何も答えない。


「飛月。俺、一つ気になることがあるんだけどさ」

少し誘ってみるか。

俺は飛月の表情の変化を見るために顔に注目する。


「飛月ってさ、なんだっけ?えっと、そう矢形だ!昨日の男と知り合いなんじゃないか?」


「違う!」

飛月は会議室の椅子から立ち上がりながら主張する。

表情の変化どころではない。かなり強く反発してきた。


「俺はあんな奴を知らない!知りたくもない!」

この強い出方は嘘や焦りからではないな。多分、不安や怒りの類のものだ。


「・・・・・・飛月。出来る限りのことだけでいい。昨日何があったか答えてくれないか?」

旦那は落ち着いた口調で飛月に問う。


「すみません、いくら龍治さんでも俺の事情を知ってほしくないんですよ。でも、頼りにならないというわけじゃなくて・・・・・・」

言葉に詰まっているようだ。

間違いなく昨日、いや前から何か事情があるようだ。

俺たちには言えない何かが。


「そうか・・・・・・昨日の警報の件については全然大丈夫だ。気にすることはない。子どもの要望をできる限り叶えるのが大人としての使命だからな。もし言いたくなったらすぐにでも俺に言うといい」


「旦那・・・・・・」

凄すぎるよ、アンタ。

下手したら裁判沙汰になるような職権の濫用を何も事情を聴くことなく、仲間がそうしてくれと言うだけで行動に移してしまうのだから。

きっと旦那は信じているのだろう。

この組織で働く人たちみんなを。だから責めないし、必要以上に聞かない。

社会に生きる大人というには非常に甘い事かもしれないが、俺の理想の大人としては完璧だ。


「龍治さん」


「どうした飛月?」


「俺の事情はいうことはできないけど、ただ、今の状況を打開する方法、アルトが昨日封印した獣を倒す方法を俺は知っています」


「なんだと!それは本当か!?」

俺でも一瞬疑いそうになる。

自分の事情を語らないやつが、別の都合の良い話を持ち出して話題を変えているように思えてしまうからだ。

だが、飛月だ。そんなことをするわけがない。


「だけど・・・・・・」

飛月もそのことはわかっているのかもしれない。

自分の立場では相手からの信用を得られるとは限らないのだから。


「なあに心配することはない!ドンと言ってみろ!どうせ話に聞いた感じだと今のところこちらは打つ手なしだ。元をたどれば俺が紫の粉塵に当たりさえしなければこんなことにはならなかったんだから」

町一つ呑み込んで滅ぼしかねない紫の粉塵をほぼ一人で受けてなんで死んでないんだよ。


「・・・・・・やつを一瞬にして凍らせることができるぐらいの冷凍弾と、念のため太陽光を集めた装置をドローンに搭載しておいてほしい。後で何故それが必要なのかも教える。ただ、今はあいつがいつ魔祓いの空間から出てきてもおかしくないように、速く行動に移した方がいい」


「あいわかった!俺に任せろ!飛月は怪我人、アルトは余計なエネルギーを削らないようにゆっくりしていな!」

旦那は会議室を飛び出していってしまった。

多分、向かう先は科学技術部だろうか。

どこまでお人好しな人なのだろうか。どこかで騙されたりしなければいいけど。


「心配ですか、ミスター・アルト?」


「うわあああ!びっくりした!」

突然後ろから声をかけられたから椅子からひっくり返りそうになってしまった。


「な、長倉さん!いるならいるって言ってくださいよ!」


「最初からいましたよ。口をはさむのは野暮だと思いましたのでずっと黙って居ました」

全然気づかなかった。忍者かなんかなのかこの人は?


「昔からキャプテンはああいう人です。私と出会った時からそうでしたよ。ずっと変わらず、人を信用するところから縁を広げていくような人です」

本当に昔からあんな感じだったのか。

逆に大人なのによくそこまで純粋な思いでよく生きてこれたものだ。


「飛月君」


「・・・・・・なんですか」


「信用を得るというのはとても難しい事ですよね。君がどんな大人たちと巡りあってきたのかは知らないし、今までどんな人生を送ってきたのかはわからない。けれども、きっとあなたなら何か考えがあってそうしたのでしょう。

だから、誇っていいんですよ。そして大人をもっと信頼してくれてもいいんです。子どもは好きなだけ大人に頼ってください。それが子どもの特権なのですから」


「・・・・・・ッ」

飛月の目から涙がこぼれ出る。

・・・・・・飛月は俺と同じなのかもしれない。

俺も大人というものはそこまで信用していない。そういった人たちに出会い過ぎたのだ。

飛月ぐらいの頃は繋一さん以外の大人はくそだとも思っていたぐらいだ。

俺の場合は学校の環境が俺の心情をそこまで誘(いざな)っていった。

だけど、飛月はどうなのだろうか。

俺も年だけで言えば大人と分類されるものである。

果たして俺は大人として、コイツやチヨに何かできているのだろうか。


「というわけだ。皆の力を借りたい。アルトを獣から守るため、俺たちの目的を果たすためにも」

科学技術班に俺は頼み込んだ。相手はいつ襲ってくるかわからない。

今すぐにでも魔祓いの空間を破って現れるかもしれない。

次こそアルトの命が無くなってしまうかもしれない。

そんなことさせないしさせたくない。

たまたま抑止力に選ばれた青年だからと言って戦う義務は彼にはない。なのに、彼は日常を守るために戦うと勇んで戦場に立つことを選んだ。


「それで、飛月の言っていたものは20メートルは推定ありそうな生物らしきものを一瞬で凍らせるようなものと、太陽光をありったけ集められる機械と・・・・・・」

ある職員がつぶやく。


「龍治さん。流石にそれは・・・・・・」

流石にわかっている。

早急に飛月の望んだものを作ることなんて彼らでも相当きついだろう。

だが、何度でもこの頭を下げれば!


「めっちゃ面白そうじゃないですか!」

ん?思っていた反応と違った。


「いいじゃないですか!どのみちやることなんて、最近はなかったんですから。」


「子どもや若いもんばかりに任せてられねえもんな!」


「あんな生物を凍らせる・・・・・・最高にゾクゾクする!」

反応はそれぞれだったが、誰もが賛同してくれているようだ。


「お前たち・・・・・・」


「龍治さん」

俺に話しかけてきたのは原田だった。

彼女はアルトたちの初めての出撃の際、父親が瀕死の状態で発見され後に亡くなっている。

俺たちの組織唯一の紫陽花病による被害者だ。


「我々科学技術班は全力でアルト君と飛月君をサポートします!なので、彼らをお願いします!」

父親が亡くなってしばらくの間休養をとり、精神的に傷ついていた彼女が今はとても頼もしく見える。


「ああ、必ず守り通す!だから、お前たちも!」

全員で決意を強固なものにする。

彼らだけに背負わせるものか!

俺たち大人の力をやつらに見せつけてやる!


11時

俺は午前の訓練を一通り終え、休憩中だった。

特にやることもなく、みんな忙しそうだったので休憩室でのんびりしていた。

食堂が解放されるのは11時半から。

後30分もある。


「・・・・・・」

大人かあ。俺にとっての大人とは何なのだろうか。

繋一さんは穏やかで、優しくて、どこか花のようなものを感じる人だった。

俺とは全く違う性格の大人だった。

俺が関わってきた人たちはどうだっただろうか。

学校の教師は・・・・・・考えたくもない。

低学年の時に学校で大地震が襲ってきて、泣いてる俺に対して・・・・・・


『なんで泣いてるの?少しおとなしくしていて。指示が入らないから』

とか言ってきたババアの教師がいたな。

恐怖におびえている子供に対してその対応かよと、今なら思う。

中学では部活の上下関係が嫌になり数か月でやめたら・・・・・・


『根性ねえなあ。そんなんじゃ社会に出てからやっていけないぞ』

正直な事を言ったらなんか逃げたような扱いをされ、悔しくて勉強で巻き返してやったら掌を返したかのような接し方をしてくるし・・・・・・


『部活をやめて勉強に専念するとは。部活を辞めた甲斐があったな、立花』

違う、そうじゃない。反応の仕方がみんなおかしい。

どいつもこいつも視野が狭いし、自分の視野以上のものを見ようともしない。

あたかも、自分が全であると勘違いしたような言動に俺は吐き気をしていた。

まあ他にも要因はあるものの俺が大人を嫌いになった理由は、自分の都合勝手に振る舞い、子どものことなんか考えない傲慢なやつらだからだ。

友達に恵まれていなかったら、俺は今以上にひねくれていただろう。


「・・・・・・」

俺自身が人一倍そう言ったものに敏感であることは自覚している。

だからこそ、できる限りポジティブに考えたり行動しようと心掛けている。

だけど、根底にはどこか大人に対する恐怖のようなものがあった。

そういうこともあって、孤児院の子どもたちには俺と同じように大人に対して警戒心を無駄に持ってほしくなかった。

理由なんて後付けではあるが、今俺が孤児院に行く理由の一つがそれなのだろう。

大人にもいい人がいる。そんなことは百も承知だ。

俺の視野が今も尚、狭いことはわかっている。


しかし、やっぱり俺と同じような心情に子どもたちにはなってほしくない。

言いたいのに言えない。

言ったとしても助けてくれるかどうかなんてわからない。

俺はいつしか、一番信頼していた繋一さんにも何も言えなくなっていた。

環境というものが自分を形成するというのなら、俺もそんな大人になってしまうのかと自分自身に勝手に失望していた。


だからこそ、旦那や長倉さんが眩しく感じる。

子どもの言うことを信じて、できる限りのことをしようとしている。

きっと、俺の心はまだ子どもで、大人になりたがっているのだ。

あんなに成るのを心底嫌がっていた俺が、理想の大人を見つけて憧れているのだ。


「・・・・・・」

俺もあんな風になれるかな。

なりふり構わず、子どもの力になれる大人になれるかな。

まず、俺は人のままでいられるのかな。

身体はだんだんと人ではなくなっている。

いずれは心も人ではなくなっていってしまうのだろうか。

チヨという俺という人間を証明してくれる人がもしいなくなってしまったら、俺はどうなってしまうのだろうか。


「・・・・・・トイレ行こ」

何つまらないこと考えちゃってるんだろ、俺ってば。

考えても仕方ないことはできる限り考えない。

俺は考えれば考えるほどにネガティブになっていくからだ。何か行動を起こした方がいい。

なので、俺は尿意の方を優先して考えるのを辞めることにした。

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