第23話 怠惰

              怠惰


怠惰は大罪である。では何故罪なのだろうか。

やはり勤勉こそが人間のあるべき姿とでも言うのだろうか。

うーん・・・・・・勤勉なのはいいかもしれないけど、時に休むことも必要だと思うけどな。

もしかして、休むことさえも勤勉とでも言うのか?

わからないな・・・・・・

でも、皆が働いている時に全く働かないでいる人を見ると少しイラつくという現象は怠惰から来るものなのではないだろうか?

俺も働いているんだから働け!みたいな。でもそれって目には目を見たいな思考と何ら変わりないと思う。

本来人間は自由な生き物だ。働くもだらだらするのも個人の自由でいいはずなのだ。


では、もう一度。怠惰は何故大罪なのだろうか。

それはきっと、周りに適応するには勤勉さが必要で、怠惰は他の人との関係性を歪にしてしまう装置なのだ。

それを取り除かないと、人間関係は潰えてしまうのだろう。

友だちに会うのも、家族とどこかに出かけるのも、恋人を作るのにも人間はエネルギーを使う。そのエネルギーをちゃんとアクティブに使い、負の感情を助長させないために怠惰を罪と捉えているのではないだろうか!


・・・・・・何が起きたんだ?

ガス栓を閉め忘れたか?それとも誰かがやったのか?


「・・・・・・家が、燃えてる」

一度目は災害で、二度目も災害で。

三回目はなんだろうか。

家の周りには消防車と見に来た野次馬。

二回目の火災、5年前の厄災でも部屋の一部が燃えただけで誰もけがもすることはなかった。

繋一さんが頑丈な作りの家を買ってくれたから燃えずに済んだのだ。

なのに、今回は骨組みだけ残してほとんどが消失している。


「すみません、一般の方は危険ですので離れてください!」

消防の人が野次馬どもをどかしている。

俺はただ立ち尽くす。

15年間住み続けた家が、目の前から消失している。

毎週末帰ってきていたのに。先週まであったのに。


「すみませんが、危険ですので・・・・・・」


「え?」

どうやら消防の人は俺にも声をかけていたようだ。

反応が全然できなかった。


「あの、ここの家の者!・・・・・・です。この時間は、誰も、いないので」


「そうでしたか!よかった!無事が確認できたぞ!」

家の残骸で捜索していた消防士たちが出てくる。


「一体、何が、あったんですか?」


「ええ、通報によると爆発音が周辺に鳴り響き、すさまじい勢いで燃え始めたらしく、消火には時間はかからず周辺の家に燃え広がることはありませんでした。ですが、消火を終えた頃にはすでに・・・・・・」


・・・・・・爆発音だと?ただの放火ではない。

何か、意図的なものか。

いや、そんなことよりも、もう頭が動かない。これ以上その人が言っていることを俺は聞き取り、理解することができなかった。

思い出がたくさん詰まった家が・・・・・・

繋一さんとチヨと過ごした家が無くなった。

俺はただ立ち尽くすだけしかできない・・・・・・

その時、俺のスマホに一本の電話が来た。長倉さんからだった。

『ミスター・アルト!聞こえますか!?』

何を応えればいいんだっけ?とりあえず頭の中にあることを言っておかないと・・・・・・


「・・・・・・家が・・・・・・燃えました」


『なっ・・・・・・』


『そうでしたか・・・・・・気を落としている最中にすみません。飛月君の位置情報がある場所で停止したので報告します。ミスター・アルト、あなたが働いていた農場の近くです。嫌な予感がするとキャプテンも現地に向かっております』


「・・・・・・今すぐ俺も向かいます」

俺は電話を切って農場へ向かう。

今の体で走れば15分ぐらいだ。

消防士の人が俺に何か言っていたが、そのまま走り出した。


「家が燃えただと?一体何があったというんだ・・・・・・?」

本部内がざわつく。

俺と職員の電話は業務の時に限り、本部内で音声がすべて流れるようになっている。

緊急を要する場合に時間をかけずに全体に情報がいきわたるようにするためだ。

飛月の位置が停止した瞬間、何かぞっとするものを感じ俺は現地に向かいながら電話をする。


『ミスター・アルト、大丈夫でしょうか」


「わからない。きっとたくさんの思い出が詰まった場所だ。とてつもない喪失感に苛(さいな)まれているだろう」

本部は一時的に長倉に指揮権を譲渡した。

あいつなら大丈夫だろう。そう思って現地に赴くことを決意した。

長倉との電話中だったが、もう一本電話が俺のスマホに入ってきた。


「飛月!飛月なのか!」

俺は一度走る足を止める。


『・・・・・・ハイ。ソウデス』

どこか声がおかしい。

なんか、歪で不安定な声だ。電波の不調だろうか?だが、続けなければならない。一体何があったのかを聞かなければいけない。


「そこで何があった!」


『龍治さん。何も聞かずに俺の言うとおりにしてくれませんか?』

声が元に戻った。やはり電波の都合だろう。


「なんだ?」


『今すぐ桜田町を中心とした半径50キロ以内に国民保護警報を出してください。お願いします』


「・・・・・・了解した。長倉!聞こえていたか!」


『こちら、政府官僚より要望の否定が下されました』


「仕事が速くて結構!俺の権限を使って警報を発令する!この案件により起こった社会的混乱はすべて俺の責任とする!」


『了解!警報、発令します!』

その瞬間、電話中にも関わらずスマホから大音量の警報音が流れた。

やはりこの音は嫌いだ。

どことなく、元居た世界の空襲警報の音にそっくりだからだ。


「警報、確認した。よくやってくれたみんな」


『キャプテン・・・・・・飛月君とミスター・アルトを頼みましたよ』


「ああ」


「これでよかったか?飛月」


『はい。ありがとうございます』

そして、電話は切られた。


「一体、何があったんだ?飛月」

俺は再び農場へ向けて走り始めた。


何がどうなっているんだ!?

家は燃やされるわ、隕石が降ってくるとか警報は出るし!

とりあえず農場のみんなのところに行かないと!

もう逃げているといいけど。飛月の行方も心配だ。

いくら黒の力があるといえども、正体がわからないし、本物の天災にはかなわないだろう。

俺は走り続けると、景色の広がる場所に着いた。

俺と村田夫妻、そして古き良き友達と働いていた農場だ。

既に夕日が輝き始めている。赤く照らされた農場には誰の影もなかった。


皆、ちゃんと逃げ切れたのだろうか。

少し心配になるが、次は飛月の安否だ。何もなければいいが。

俺は農場を超えて、後ろの森林が生い茂る場所へと入っていった。

そこで飛月の位置情報が止まったらしい。

日も沈みかけているので、とても薄暗い。頼りになるのは夕日色の光だけだ。


「飛月!どこにいるんだ!飛月!」

俺が探し回っていると、木に座って寄りかかる一人の人の影が見えた。


「飛月!」

俺は走ってそこに駆け寄る。


「あ、アルト・・・・・・」

そこには体のいたるところから血を流している飛月がいた。

特に左腕の出血が酷い。黒い籠手が血で染まっている。


「すぐにここを離れるぞ!隕石が降ってくるらしい!」

俺は飛月をおぶってすぐさまこの森から離れようとする。


「ま、待ってくれ、アルト。それは大丈夫だ・・・・・・」

意識が途切れつつあるのか、ゆっくり俺に言う飛月。


「大丈夫って、何がだ・・・・・・」


「見つけた」

俺の声を遮ってそこにやってきたのは一人の人間だった。

避難警報が出ているのに何でこんなところにいるんだ!逃げないと死んでしまう!


「おい、アンタ!ここから逃げないと!」


「ようやく見つけたぞ、シュラバ」


「え・・・・・・なっ!?」

なんだこの人!?なんで俺のことを知っているんだ!?

夕日でよく見えないけど、どこかで見たことがあるような人だ。少し頭髪が抜け落ちた頭、若干小太りなで地位さん身長は中年の男性を連想させる。


「長年の恨み、ここで果たしてくれるわ!」

その男は腕の形を変えてこちらに襲い掛かってきた。

その腕は人間のものではなく、原形はあるもののボコボコと隆起したものであった。


「おいおいおいおいおい!誰なんだアンタ!?急に何なんだ!?」

男の変貌に驚愕しながらも、飛月に被害が出ないように覆いかぶさろうとした時だった。


「待ちな。矢形」

その声と共に俺たちとその男の合間に何かが降ってきた。

辺りに落ちている落ち葉が風圧で散っている。

上から降ってきた者はその男の腹部に一撃を入れる。

男は吹っ飛ばされる。その勢いは、木が何本も折れるほどだった。


「だ、旦那!」


「二人とも無事か!?」

旦那は俺が背負った飛月を見ると、遅かったかと言わんばかりに公開した顔を見せる。

そして、吹き飛ばした男の方を睨みつける。


「まさか、表に出てくるとはな」


「旦那、今吹っ飛ばした人、腕が!」


「ああ、まさか推測が当たるとはな。チヨ君とやってきた解読通りだ。まさかアンタがティリヤ人、蛇だったとはな!矢形国務大臣!」

矢形国務大臣だと!?だから見覚えがあったのか!

テレビとかでよく見かけていたが、海外の情報が一切テレビに出なくなったのですっかり忘れていた。

旦那が矢形を吹っ飛ばした方向から人影が現れる。

しかし、その姿は矢形ではない。その容姿は明らかにこの星の人のそれではない。

ふらふらとやってきたのは、異星人と言われても違和感のない造形をした人間だ。


「大道龍治。お、おまえこそま、まさかお前が地下から出てくるとは」

矢形だったものは、口はないものの人間でいう口の位置から赤い血を吐きながら話す。


「本部には俺の一番の部下がいるからな。あいつに任せておけば今なら大丈夫。そう直感しただけだ」


「長倉か・・・・・・!お、おのれ。どいつもこいつも!私の計画を邪魔しやがって!」

矢形は右手を空へかざす。


瞬間、ラッパの音が国民保護警報をかき消すかのように鳴り響く。

美しい夕日に照らされた宙に亀裂が入る。

そこから現れたのは獣だった。

前に戦った蝿と犬を混ぜたような奴ではない。

完全に顔が蝸牛(かたつむり)だ。

背中には殻だってある。

だけど胴体は熊のようにずっしりしていて。

腕と足が異常に長く、手の爪は非常に鋭い。

獣が顕現し、空が闇に包まれる。周辺に紫色の鱗粉もばらまかれる。


「さあ!わが悪神よ!シュラバを殺せェェェェェェ!!!!!!」

そう言って、矢形は倒れこんで泡のようなものになり消えていった。


「旦那、何が何だかわからないが、とりあえず飛月を頼む。んでもってできる限り遠くへ!」


「わかった。相手はまたしても未知な存在だ。気をつけろよ!」


「ああ!もちろんだ!」

旦那は素早く森を抜け出した。

それを見送って俺は右腕と胸元に金色の力を展開する。


「輝きやがれ!シュラバァァァァァァァァ!!!!!!!!」


虹色の輝きが俺を包んでいく!!!


獣は辺りの山を鋭い爪で破壊していく。

一振り、二振りとその腕を振るうたびに山の木々がなぎ倒されていく。

もう一振りと振り下ろそうとした瞬間、大きな光が勢いよく獣と衝突した。

そこから出てきたのは巨人だった。

獣は倒れながらもその長い目で巨人を見つめ、牙が生えた口から叫ぶ。

巨人はすぐさま姿を変え、銅色の身体が真っ赤に染まる。

赤く人の形を残していた左腕は黄金に輝く金腕へと変貌する。

巨人は胸元の龍玉が虹色に輝きだし、両手を持ってきて光を手に移す。

その手を天に掲げ、虹色の光を周囲に広げていく・・・・・・


燃える街。燃えるような夕日。

瓦礫が転々と転がるこの世界・・・・・・魔祓いの空間。

闇を相殺し、巨人は夕日に立つ!

巨人は倒れこんだままの獣を剛力に任せて蹴り飛ばす。

獣は吹き飛んでいく。地面にたたきつけられた獣はまたしても叫ぶ。


しかし、うつ伏せになったまま起きようとしてこない。

巨人は両手で角に触れる。

そこから赤いエネルギーがあふれ出し、体勢を低くする。

腕を引き、力いっぱいに手を獣に向かって押し出す。

放たれた赤い光線は起きようとゆっくり動いていた獣の胴体をえぐり、その肉体を貫いた!

獣は後ろに倒れこみ、エネルギーが暴発したのか爆発を起こした。

巨人はその爆発を押し出した腕を下ろしながら見つめる。

だが、爆発は外側に向かって起きていたが突然、巻き戻るかのような動きをし始めた。

獣は何ともなかったかのように立ったまま復活した。


「・・・・・・!」

巨人は再び身構える。

次は走って飛び蹴りを獣の首に叩き込む。

勢いがすごかったのか、ぶつかった場所から紫色の体液が飛び散る。

獣は再び倒れこむ。そして巨人は獣に馬乗りになり、何発も拳を振り下ろす。


だが、獣は特別振り払うこともしない。

効果がないとわかった巨人はすぐさま上空へ飛び右腕に力を注ぐ。

金色に輝いたその腕を空中からの落下の勢いと共に獣を切り裂いた。

獣から紫色の血が噴き出る。

身体は見事なまでに真っ二つに切断されている。


瞬間、獣の身体が燃え出した。

その炎は数秒で消え去り、二つに分かれた肉体は完全に元の状態にまで戻っていた。

巨人は動揺するが再び構えをとる。

だが、身体の赤いラインの輝きがなくなり始めてしまった。


・・・・・・何故だろうか?

巨人に変化した青年は自身の死が迫ってきていることによる焦りと同時に、エネルギーの消耗の激しさに疑問を持っていた。

しかし、そんなことを気にしている場合ではない。

此処は戦場である。

獣は地面へと倒れたと思ったら殻の中に身体を入れて巨人に向かって飛んでくる。

巨人は受け止めようとするが、止めきることができずに後方へ吹っ飛ばされてしまう。

その衝撃で後ろにあった大きなマンションが崩れ落ちる。


獣はUターンをして再び巨人に向かってくる。

巨人は怯みながらもなんとか立ち上がり右腕に力を注いで刀身の形をしたエネルギーを飛んでくる獣に放つ。

殻ごと身体は二つに切り開かれ、その肉体は地上へと落下してくる。

落下した際の砂埃が立ち込める中、再び炎に包まれ、何事もなかったかのように立ち上がる獣。

巨人は接近戦を試みようと走り出すが、獣の腕は相当長い。

どんなものでも切り裂いてしまいそうなその爪に引っかかれ、巨人の胴から光が血のように噴出した。

巨人の限界が近い。限界を超えることはできない。それは死を意味する。

だが、相手は不死身だ。タイムリミットが存在する巨人では相性が悪すぎる。


「・・・・・・」

巨人は今の時点でこの獣が倒せないと直感した。


「・・・・・・!」

巨人は胸の龍玉に再び虹色の輝きを発生させる。

できる限りのエネルギーをそこに注ぎ込む。

そして、それを空中に放った!その光線は空中に再び亀裂を入れる。

そこは元居た空間と繋がっていた。

巨人は空中に飛び立ち、浮きながら角に手を当て、その手から再び光線を放つ。

それは獣に当たり、獣は再び爆発するが、逆再生のような爆発の動きになる。

そのすきに巨人は魔祓いの空間から脱出する。

脱出すると、亀裂は無くなり元居た世界に降り立った。

巨人は限界が近いのか、赤い体を維持できなくなり、ほとんど土のような色になった黄金と銅色の体になってしまった・・・・・・

戻ってくるとすぐに、金色の光が巨人から発生し次第に小さくなっていく。

巨人はひとまず獣を封じ込めたのだ。


・・・・・・だが力を使い過ぎたようだ。

巨人は人間の姿に戻り、またしても意識を手放してしまうのであった。



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