第8話 化物

                  化物

人間は異質のものを避ける傾向がある。

これは自分が認識しきれていない存在を危険と判断し、自分の生命の確保をするためである。

野生の時代、それこそもしも文明がなかった時代であればその傾向はとてつもない力を発揮したことだろう。

しかし、現代においてそれは価値観の違い、言葉の違い、生き方や在り方の違いさえも異質と捉えてしまうことになった。

それを許容できるかどうか。許容できなくとも、そんな人もいるのだとわかるだけでいい。

だけど、人間は異質なものを避けるとも共に排除するきらいもある。理由は先ほどと同じ生命の維持のためだ。


――根底にあるものは恐怖。怖いのだ。

力が、発言が、行動が、外見が、内面が異なるのは恐ろしい事なのだ。

人類はそれをわかったうえで様々な問題に立ち向かっていくべきである。

生命の維持のための争い、恐怖による戦闘。俺たち人類はきっと永遠に争い続けるのかもしれない。だけど、だからと言って争いを受け入れてはいけない。

・・・・・・後の世に何か残せるように、この時代にもこんな生き方を、こんな考え方を持っている人間がいたと伝えるために俺はこれを書き記そう。




人だ。間違いなく人間だ。

だけど、もうこれは・・・・・・明らかに手遅れだ。


「た、助けて・・・・・・」

助けを呼んでいる。今にも枯れてしまいそうな声で。


「み、水を・・・・・・水をくれ・・・・・・」

「熱い・・・・・・熱いよ・・・・・・」

「――ママ、どこなの?」

「ああ、死にたくないよ・・・・・・」

周りから続々と人間だったものが出てくる。

酷いありさまだ。全身が恐怖で凍り付く。

人間ってこんな姿にもなってしまうのか・・・・・・


「こ、これが紫陽花病の末路なのか?酷すぎる・・・・・・」

五代も太刀を持っている手が震えている。


「だけど、やらないと!ここで食い止めないと!」

「だがどうやって!?」

「決まってるだろ!色の力でぶん殴れば何とかなる!」

そう言って飛月は近くにいたジェル状の人間を左拳で殴りつける。

殴られたそれは断末魔のようなものと蒸気を上げてそれは溶け崩れ、次第に全身が消えていった。


「そうするしかないのか・・・・・・」

五代も近くにいた紫色の人の顔を殴る。


「イ、イタイ・・・・・・ヒドイヨ・・・・・・」

殴られた人の顔が崩れていく。

それを見て吐きそうになってしまった。

全身が重い。それにこいつら、全く敵意が感じられない!

そんな奴を俺は仕方ないって殴れるのか?

あいつらみたいな度胸は俺にはないんだ。


さっきまでの威勢がどこかに全部吹っ飛んでしまったような気分だ。

最悪な気分・・・・・・

それでも・・・・・・やらないと・・・・・・

飛月が心配そうに俺を見てるしな・・・・・・

早く帰って、チヨに夜ご飯作らないといけないし・・・・・・


「ウオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」

俺は数メートル先にいたやつを殴ろうとしたその時。

遠くからも叫び声が聞こえた。

これは俺たちの攻撃によるものじゃない。

何か別の大きな何かによるものだ。俺は殴るために走った足を止めた。

五代も飛月も拳と刀を下ろしてその方向を見る。


霧の中からシルエットが見える。

何か長いものが・・・・・・

大きな影が見える。それと共にその影から音が聞こえる。

グジャリ、グジャリとべたついたものを食べているような咀嚼音。

ということは、ジェル状の人を喰っているのか!?

そして音の正体が俺たちの前に現れた。


それは・・・・・・身体こそ大柄な人間のようであるが、顔は獰猛な犬のようで在り、両手がとぐろを巻く蛇の如くうねり上げている。3メートル以上あろうかという巨体。

そして、全身は紫と目が緑色の化け物だ。


「な、なんだありゃあ・・・・・・?」

何が何だかわからない。ジェル状になってしまった人間たちとは一線を画す存在感。そして明らかに人間ではない挙動と見た目。

まずい、あれは今の精神状態で戦えば確実に殺される!


「・・・・・・!」

すぐさま五代が太刀の鞘から刀身をあらわにする。

風を切る音がするぐらいの速さで走り跳んだ。

そしてその怪物に向かってその太刀を下ろそうとした・・・・・・

だが、その見事なまでの刀身は化け物の蛇のような手でかみ砕かれてしまった。


「・・・・・・何!?」

そして五代はもう片方の蛇のような手で腹部を殴られ、近くのマンションの二階あたりの壁までふっとばされてしまう。

ドカッっと嫌な音を立てて壁にぶつかった後、気絶しているのか、力なく落ちていく。

俺はすかさず、無重力の力を使ってゆっくりと五代を地上に着陸させる。


に、人間ってあんなにも吹っ飛ぶものなのかよ・・・・・・

アニメとかでしか見たことないのに・・・・・・

飛月が五代の容態を確認しに行く。どうやら息はあるみたいだ。

良かった・・・・・・


だが、その化け物は周りにいるジェル状の人たちを両手と口で捕食する。

化物が人であったものを食らう異様な光景に俺はただ立ち尽くすだけであった。

俺達には目も向けず、ただただ進み、食らっている。

戦意を向けない俺たちに興味を示さないのか?

だがこのままだと、この人たちが一方的に喰われてしまう。

こいつを放置したら、ただの餌になってしまう。

こんな一方的な捕食なんて、まるで家畜みたいじゃないか!

俺たちは人間だ。例えあんな姿になろうともな!

それならば、ちゃんと人間として俺たちが葬ってやらないといけない!

じゃないと、あまりにも報われないし、かわいそうだ・・・・・・


「飛月、五代を頼む!」

「あ、おい!アルト!」

俺はあの化け物に向かって走り出した。

そして、化け物の数十メートル前まで行き止まる。

そこにもジェル状の紫の人たちがたくさんいた。


「なに人間様の町でバカスカ食ってんだよ!!この猛犬野郎!!」

前に立ちふさがったのはいい。だけど一体何をすべきなのだろうか?

俺の金の力があればコイツを打ち破れるのだろうか?

わからない。わからないから!


「とりあえず、ぶん殴る!」

走る。人間を食らう化物に向かって一目散に走る。そして殴る間合いに入る前に鞭の如くしなる蛇の腕で身体を打たれる。

そして、先ほどの五代のように見事に吹き飛ばされてしまう!


痛ッッッッッッッてッッッッッッッ!


俺は無意識のうちに無重力の力が使えてたので、壁にぶつかることはなかったが、殴られたわき腹からは血が流れている。

――血が服や下着に流れ、ぬるさとへばりついた感じで気持ち悪い。

そして何よりも、痛すぎて立てない。


俺はアスファルトに倒れこんでしまう。

おいおい、ファーストキスがアスファルトとか最悪すぎるだろ・・・・・・

やば、目が開かなくなってきた。やばい、意識がなくなってしまう

強烈なほどの眩暈と痛みに身体が耐えきれなくなり、そして俺は・・・・・・

目を瞑ってしまった。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

声が聞こえる。

時々夢に出てくるあのデカい黄金の龍か・・・・・・

起こさないでくれよ・・・・・・

・・・・・・あ!?

名前を叫べだ!?

何のだよ!おい!

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

「アアアアアアアアアアア!!!」

「イヤダ!シニタクナイ・・・・・・」

その声で俺はハッと目を覚ました。

まだ、あの化け物が後ろを通り過ぎたばかりだった。

だが、喰われている人たちの悲痛な叫びが聞こえてくる。


「ふざ・・・・・・けんなよ!!!」

何寝てやがる!起きやがれ!

もうさんざんなんだろ!?こんな目に遭うのは!こんな思いをするのは!

痛い目にも遭ったし、人が何人も死んでいくし、わけのわからないもんは出てくるし!

そしてあの化け物のせいで仲間が傷を負うことになったしよぉ!


・・・・・・気に入らねえ。

もう考えるのは後だ!

気に入らねえからぶっ飛ばす!

ぶっ飛ばしてやる!!

もう理由なんざどうでもいい!


俺は、前にチヨが語ってくれた俺が巨大化したときの状況を思い出す。

金色に輝いていたか・・・・・・


輝け・・・・・・

そして胸の中心が熱くなる。きっと金の龍玉が現れたのだ。

俺は金色の右手を胸の龍玉の前に置き、意識を研ぎ澄ます。


輝け・・・・・・

力強い巨人、あの力があればコイツをぶっ潰せる!


「輝きやがれッッッッッッッ!!!!!!!!」

そうか!あの名前だ!彼の剛力なる腕を以てしてUFOを破壊した!

俺は黄金の龍と夢の中で出会ったときに言われた名を高らかに叫ぶ!

その名は・・・・・・!


「シュラバァァァァァァァァ!!!!!!!!」


その名に答えるように、俺の体から辺りに虹色のオーラのようなものがあふれ出す。

温かい光、居心地の良い光。癒しというのはこのことを言うのだろうか?

その光は次第に広がり、化物も紫のジェル状の人々を包み込む。

化物が光に吹き飛ばされ,地面を転がる。

ジェル状の人たちが叫んでいる。断末魔か?いや、何かを言っているようだ・・・・・・


「アリガトウ・・・・・・ありがとう・・・・・・終わらせてくれて、ありがとう」

・・・・・・!

そうか、この人たちは『終わり』を望んでいたのか?

あの状態では肉体を持つこと自体が苦痛になってしまうとでも言うのか・・・・・・?

わからない。俺にはわからない・・・・・・

何故、俺たち人間がこんな目に追わなければならないのだろうか。


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