第7話 無常
無常
命とは廻るものである。
生まれては死に、死んでは生まれを繰り返す。それが人間というものだと考えている。
しかし、もしかしたらこれは人間だけではなく肉体を持つすべての生物がそれに該当するのかもしれない。
生まれては死んで、死んでは生まれて・・・・・・
そのバランスはきっととても大切、崩してはならないものなのだろう。
だって、崩れてしまったら世界から生物がいなくなってしまうだろうから。
・・・・・・魂とやらの器である肉体が損傷を起こしたり、維持できなくなったらとしたら、死後の世界というやつに行けるのだろうか?
天国はあるのだろうか?地獄は存在してしまうのだろうか?
魂があるのならばどこに還るのだろうか?
まず還る場所があるのだろうか?
もし還ることができなかったら、世界のバランスはどうなってしまうのだろうか?
死に対する疑問は絶えることはない。
考えたって仕方のない事。それを言われてしまえばそれまでの話だけど、俺はできる限りいろんなことを知りたい。知っておきたいのだ。
これはきっとただの自己満足で誰にも知られることはないだろうけど、それはそれで自己完結してるみたいでなんか大人みたい。
俺がもし死ぬときは、できる限りいろんなことをやり切ってこの世界を去りたいものだ・・・・・・
本部である孤児院の地下まで行くのに走ったら3分もかからない。
既に俺とともに呼ばれた五代、そして飛月を含めた団員は集まっていた。
「――皆、集まってくれたな。迅速な対応に感謝する。今回集まってもらったのは、以前、俺が獣を倒した地域から紫の反応を感じ取れたことが理由だ。そして、現地に行った政府の調査隊が発見したことは・・・・・・人の身体が紫の病のようなものに浸食されているものであった」
写真がスクリーンに映し出される。
それには、人の顔や腕といった部分が紫に変色しているものだった。
だが、どこかその痣のようなものは小さな花が集まったものにも見えた。
辺りのみんながざわついている。
「続けて聞いてくれ、これを受けて政府はこの町の紫の症状を紫陽花病(あじさいびょう)と名付け、これを殲滅するという命令が本日16時に発令され、特別殲滅隊が編成された」
特別殲滅隊?そんなものがあるのか?
「せ、殲滅ということはそこに住んでいる住民は・・・・・・」
五代が不安そうな声をあげる。
「ああ、読んで字のごとく消す気だったのだろう。未知の病が流行ろうとしていたのを誰にも知られる前に・・・・・・」
「待ってくれ旦那、消す気だったってのはどういうことだ」
頭ではその過去形のニュアンスを理解している・・・・・・理解しているつもりだ。
だが国が証拠を消すために人間を、国民を消すという愚行があっていいのか?
「その殲滅隊の生き残りから報告が来たという。話によると、その紫陽花のような痣ができた人間は、死に至っているか若しくは・・・・・・人間としての原型をとどめないほどの何かになっていた。そしてその殲滅隊のほとんどが・・・・・・全滅したという。そして、一部の殲滅隊の人間も紫陽花病に侵され、人間でなくなったという」
周りが一瞬にして静まり返る。
「そ、そんな・・・・・・」
そう言ったのは、組織の科学技術部に所属している女の人だった。
「政府の特別機関なんですよね・・・・・・あそこでは私の父が働いているんですよ!?父は?お父さんの行方は!?」
科学技術部の人の困惑した声に、旦那が目を伏せ、辛そうな顔をして答える。
「君のお父さんがどうなったのかはまだわからない。それこそ現地に赴くしか・・・・・・」
女の人が泣き崩れる。
見てるだけの俺にも、その辛さが計り知れた。
つられて泣きそうになる。
・・・・・・お父さんか。
その泣いている女の人の姿に、俺はかつてのチヨの姿と重なって見えた。
「それで、話をまとめると紫陽花病なる未知の病気に人体が侵されると人でなくなってしまう、若しくは死亡する。その紫陽花病というものを我々で何とかせよという命令が下ったというわけですね、キャプテン?」
長倉さんが、話をまとめてくれた。
「ああ、そういうことだ。これに関しては完全に想定外のことだった。まさか、あの紫の粉塵が人にこんな影響を及ぼすとはな。紫の力が一体どういうものなのかは未だに謎に包まれている。俺も婆さんに頼んで調べてもらっている状態だ。今後他の町に進行した場合の被害は計り知れない」
「なるほど、じゃあ俺達みたいに色の力を持っていれば、その紫陽花病に対抗できるかもしれないというわけだな、龍治さん。なら、被害が拡大する前にさっさと現場に行かないと」
飛月のいうことはもっともかもしれない。だけど、二つ気がかりなことがある。
それは・・・・・・
「待ってくれ飛月。いくらおまえたちのように色の力を持っていたとしてもその紫の力に果たして対抗できるのか。そして何よりも・・・・・・話に聞いたところによると、原型をとどめていないとはいえ、相手は人間だ。
お前たちを殺人に手を染めさせることはできない。状況と打開策が判明するまでの間、俺はこの要請を断ろうと思っている」
俺の思ったことを旦那が伝えてくれた。
そうなのだ、彼らはたとえ人間の形をしていなくとも、もともとは人間なのだ。
紫陽花病を止めるということはその病の元を絶つことと同じ、つまり感染者を殺すということになる。
実際にゲーセンでゾンビのシューティングゲームを実際に行うようなものだ。
例えとしては軽い事かもしれないし、仮想のゲームだから何も考えずにそんなこと殺人という行為ができた。
だけど、これは紛れもない現実(リアル)、そんなことできるのかといわれれば、すぐに肯定することは俺にはできない。
だが、その要請を断ったらどうなる?
被害の拡大の懸念は?拡大した場合、水際対策はどのようにして行う?国によって隠蔽された人の死はどうなる?遺族は?家族はどうなる?
・・・・・・考えることが山積みだ。
しかし、その話が本当であるならばその紫の力は限りなく人を殺し尽くすだろう。
だったら、やらないと・・・・・・
いずれここにいる人たちや、孤児院の子どもたち、村田夫妻や友達(あいつら)そして何よりもチヨの身に災いが降り注いでしまう。
それに、あの科学技術部の人のお父さんがどうなったのかも確かめないといけない。
・・・・・・
俺にできることは一つだけだ。
「――旦那、俺行くよ」
決意する。止まっていては被害が拡散するかもしれない。それに今、俺ができることがあるのならば、やってしまいたい。出来れば後悔はしたくないから。
「まあ、アルトならそう答えるだろうなと思ったよ」
飛月が俺の言葉は想定通りだと少し嬉しそうに口角を上げた。
「ま、待てアルト!それに飛月も!お前たち、自分たちの言っている事を理解しているのか?
これは完全に任務外だ!俺たちの仕事ではない!俺たちの仕事は殺人ではなく厄災である獣の打倒だ!確かに俺は君たちに命を懸けるような仕事をさせてしまっているから言えたものではないのかもしれない。だが、言わせてくれ!俺は君たちに人を殺してほしくないんだ!俺はもう・・・・・・誰かが人を殺してる姿を・・・・・・俺みたいな思いを経験する人をもう見たくないんだ!」
旦那・・・・・・すげー辛そうな顔をしてるな。
経験か。この人は一体どんなものを見てきたというのだ?殺人という経験はまともな人生を送っていれば経験することなんかないはずだ。
「まあ、そう言うよな。龍治さんなら」
飛月が見透かしたような言い草をしている。こいつはまるでいろんなことを知っているみたいだ。
「龍治、私も行くぞ。私もいろんな人の死を見てきた人間だ。スクリーンの画像を見てわかるものがある。彼らは間違いなく苦しんでいる。私には、彼らが未だに生きているのが苦しそうに見えるんだ」
「・・・・・・」
「大丈夫だよ旦那。俺たちは殺人鬼になりに行くんじゃない。悲しみを減らしに行くんだ。
これ以上、悲しんでる人を増やさないように・・・・・・俺たちの日常を守るために行くんだ。旦那がどんな人生を送ってその辛さを負ったのかは俺にはわからない。だけど、俺たちは帰ってくるよ。人間としてね」
「・・・・・・そうか」
旦那が項垂れる。きっとこの人の考えが正常だ。
人の死は怖い物。俺だって怖い物だと思っている。
だからこそ行かなければならない。覚悟が決まっているわけじゃない。
きっと帰ってきたら、滅茶苦茶落ち込むに違いない。
自分がやってしまったと後悔に浸ってしまうかもしれない。恐怖に駆られるかもしれない。
だけど、今この瞬間に迷っている暇はない。
動かなければ、俺たちにしかできないことをやらないと守りたいものも守れない。
「・・・・・・すまない」
「顔を上げてくれよ龍治さん。ま、俺は大丈夫かもしれないけど、こいつの単調な動きだとちょっと危ないかもだけどな」
「おいおい、俺のかっこいい名台詞にちゃちゃ入れんなよ中坊」
俺と飛月が目を合わせニカッと笑う。
五代が今まで見たことのないようなでっかい刀と赤い玉を持っている。
あの赤い玉・・・・・・以前旦那が言っていた五代が持っている龍玉だろう。
「ああ、五代が同行するなら誰も死ぬことはないだろうな。守ることに長けた君の戦いなら」
旦那は自分の頬を両手でたたき、気合を入れる。
「ああ、そうだ!俺たちは日常を守りに行くんだ!トップである俺がへこたれてどうするってんだよ!」
顔に覇気が戻ったようだ。これなら心配ない。
「指揮は任せたぜ!旦那!」
「ああ!任せろ!ヘリが地上へ3分後に着陸予定だ。それに乗っていくぞ!」
「いや、アンタも来る気か?」
飛月が呆れた顔で言う。
「ん?そのつもりだが?」
「アホか!アンタは!?アンタが来たらここの指揮系統が一気に崩れるだろーが!」
ドッっと周囲が笑う。ま、それはさておいてと。
「んじゃ、行ってくるよ!」
俺たちは出口の方へ走り出す。
「父の事、よろしくお願いします!」
先ほどの科学技術部の女のひとの声が聞こえてくる。
エレベーターに走りながら、俺は五代に質問する。
「五代も玉を持っていたんだな。旦那からは話を聞いてたけど、今まで見たことがなかったからさ」
「まあな。私を育ててくれた父が持っていた。形見のようなものだ。前から大事な闘いの時だけ使わせてもらっている。そう言った時の方がこの龍玉が私の意志に応えてくれて、力が発揮できるようだ」
・・・・・・意志に応えるか。
旦那とのマンツーマンでの特訓、それは金の力を俺の意志でうまく使えるようになるためのものであった。
だが、まだ完全にうまく扱い切れていない。
何か決定的に俺に足りないものがあるのかもしれない。
戦う意志自体は俺にだってある。だけど、一体何が足りないというのだ?
・・・・・・そうだ。後もう一つ気になることがあったんだ。
「その刀長すぎじゃないか!?」
先ほどから五代が持っている刀、刀身だけでも170センチ近い彼女の背丈ほどはありそうな太刀だ。
「これも家にあったものを拝借している。一応戦えるように素振りもしているから大丈夫だ」
そんなにでけー太刀の素振りをできる場所なんてあるのかよ。
「そんなことはいいだろ。五代さん。龍治さんが守る戦いに長けていると言っていたが実際どうなんだ?話には国に喧嘩を売ったと聞いていたんだけど」
飛月が何か聞き捨てならないことを聞いているがこの際どうでもいいや。
反応するにも体力を使いそうな内容だ。
「まあね。でも結構ブランクがあるからどうなることやら」
・・・・・・俺たちはエレベーターにたどり着き地上のヘリコプターを目指す。
――19時
本部から東の方向へ約60キロ
その町は漁業で有名な町だった。
潮の流れの影響で年中問わず様々な魚や貝などの海産物が採れ、それを目的とした観光の名所にもなっていて、他の国からも観光客が訪れていたとも聞く。
だが、災害が頻発し、この町も被災。
観光の足も次第に途絶え、廃れていったという。
しかし住民の人たちの頑張りもあり、4年程前から徐々に町の復興が始まり、観光客も戻ってきていた。
そのことはテレビでも取り上げられており奇跡の復興なんて言われていたが、果たして人が必死に頑張り、取り戻した生活を「奇跡」なんていう抽象的な言葉一つで定義していいものなのかなんて当時ひねくれていた思春期真っ只中な俺はそんな事考えていたなと思い出す。
だが一年前の獣の襲撃。
異変と危機を感じ、この町を訪れていた旦那によって獣は瞬時に討伐された。
しかしその瞬間、旦那は再び二度とそういった獣や紫の力に対抗するする術を持てなくなった。
いわゆる「呪い」というものらしい。
その「呪い」に普通の人が触れると、紫陽花病になってしまうのだろうか?
その紫陽花病は一体何のために発生したのだろうか?
獣との関連性は?どんな症状に陥ってしまうのだろうか?
色の力を持つ人間は、何故紫の力に対抗できるのだろうか?
皮膚・・・・・・浸食・・・・・・
紫陽花病の画像を見た時、人の肉体は何かに上書きされたように見えた。
皮膚が皮膚でない。いや、皮膚だったものが新しい何かになっていたのか?
色の力はその浸食を何かしらの力を以て対象を保護してくれているということか・・・・・・?
ヘリの中はうるさく、周りと話せるような状態でも雰囲気でもなかったのでできる限りのことを考えていた。
後でこの考察は旦那や長倉さんに報告しておかないとな。
――19時5分
無事何事もなく現場に到着した俺たちは、その町の高層マンションの屋上に下ろされた。
俺たちは身支度をヘリの中で整えていたが、改めて自分の武装を確認する。
五代は、刀身の大きい太刀と赤い玉。
飛月は左腕の黒い玉が付属した籠手。
そして俺は・・・・・・
何も持っていないのだった。
本当にこれから戦いに行く人達の姿なのかこれが?
傍から見たら、ただの武装したやばい集団か、精神的にイタい集団に見られそうだ。
そんなことはさておいて、俺も右手に意識を集中させて金色の手にする。
これが旦那と今まで行っていたトレーニングだ。
どうしたら金の力が使えるのかと旦那に聞いたところ、イメージトレーニングや思いの力とか言い出したので、練習に付き合ってもらい自分の意志で右手だけではあるものの、金の力を使えるようになった。
互いの武装を確認し終え、飛月が旦那に通信で連絡を取る。
「龍治さん、無事現場に到着。武装の展開も確認。敵陣営の位置と規模をお教えください」
右耳につけたイヤホンのようなものから声が聞こえてくる。
『了解した。紫陽花病が確認されたのはその位置から北東に2キロ先の住宅街に密集している。どうやら拡大はしていないようだが、相手は何せ未知の存在だ。十分に警戒して行動せよ!』
「「「了解!!!」」」
俺たちはマンションの屋上から身を投げ出す。
そして、俺の金の力を使って地上へ着陸する。
俺も最近知ったのだが、この金の力は自分の周りの重力も操ることができるようだ。
きっかけは単純なもので、旦那との特訓で金の手は出せるようになったが、まだその能力がどんなものかもわからないし、どうしたら巨大化できるのかも全然わからず、頭をかかえていた。
その日はチヨと買い物に来ていた時であった。
いつも通りショッピングモールで買い物をしている最中、チヨが会話中に階段から滑ってしまったのだ。結構な高さ且つ上っている最中だったので最悪の場合、後頭部を強打することになる。やばいと思い、急いで手を差し伸べるも間に合わなかった・・・・・・
だが、その時自然に金の手が出てきてチヨを浮かばせることができたのだ。
無事に怪我をすることもなくエスカレーターやエレベーターの使用者が多かったため階段に誰もいなかったことが幸いし、その人間離れした状態を誰にも見られることはなかった。
チヨはそのことを『まるで重力が無くなったみたい!』と嬉しそうな顔で言っていたので俺はこの能力をシンプルに無重力の力と言っている。
どうやらその力は自分自身も浮かせることができるらしく、俺も浮遊感に慣れるために何回も練習した。そしてどのぐらいの範囲までその無重力が展開できるのかの確認とかもした。
その結果、俺がイメージした範囲までであれば無重力の展開が可能であることが判明した。重すぎるもの、例えば俺にはこれは無理!と思ってしまったものは持ち上げることができない。そこは意志の強さやできるといった自己暗示を鍛える必要があるようだ。
他にはチヨがスカートを履いていた時にイタズラで浮かばせようとしたらできなかったので、悪意による力の行使に金の力は応えてくれないようだ。
まだまだ俺も発展途上だな・・・・・・
イメージの力でなんだってできるというのなら服を一瞬ではじけ飛ばすぐらいのことをしてみたいものだが、きっと金の力はそんな俺の下心には応えてくれることはないのだろう。
俺たちは旦那に教えてもらった方向に走っていく。
町は、暗闇に染まっている。恐らく町全域が停電を起こしているのだろう。
辺りが本当に見えないので、金の手に意識を込めて輝かせる。
そうすると一気に視界が明るくなり、周りに注意を払いながら進むことができた。
しばらくは何事もなく進んでいっていたが、徐々に暗闇以外の障害が出てくる。
目の前に霧が拡がっていたのだ。一目見るだけでいかにも人体に害があるとわかる紫色の霧が。
・・・・・・本能的で根源的な恐怖を感じる。
ここから先に踏み込むと厄介なことが起きると体の中が警鐘を鳴らしている。
俺は身震いした。
飛月や五代も冷や汗をかいているようだ。
「少し止まってくれないか。誰かいる」
五代が右側の木が生い茂った方へ走っていく。
そこには、人が倒れていた。
壊れた薄い防弾用の盾を持っている。
例の特別部隊の人間だろうか。
だが、もうぐったりとしてしまっている。
これじゃもう・・・・・・
「おい大丈夫か!?しっかりしろ!」
五代が駆け寄って声をかける。
「ん、んん・・・・・・」
うめき声が聞こえてくる。どうやら意識はあるようだ。
「何があったか教えてくれないか?」
「あ、ああ・・・・・・人だ・・・・・・か、家族に会いたい・・・・・・伝えてくれないか・・・・・・ありがとうと。伝え・・・・・て・・・・・・」
そう言って男は首の力が無くなったのか、頭がガクッとなって身体ごと左へ倒れてしまった。
その顔の右の頬は、紫のうろこのようなものになっていた。
そして口や鼻に付着した血は赤色ではなく、紫色になっていた。
――久々に見た。人が目の前で死んでいくのを。
紫色の血・・・・・・本当に俺の仮説があっているのか?
紫の力は人体の在り方を上書きしているとでも言うのか!?
「間違いない、原田さんの父親だ・・・・・・」
飛月が声を震わせる。
原田というのは、先ほど本部で父親の安否を憂いていた科学技術部の女の人だ。
キツイな・・・・・・
俺は何度か人の死を見たし、人にそのことを伝えたりもしたが、告げられた人の顔を忘れることはいまだにできない。
「報告は後だ!先を急ぐ!被害者を増やさないためにもな!」
五代が走り出す。
続けて飛月も辛そうだったが、五代の後に続く。
確かに、今ここで止まっていたら被害が拡大していくだけだ。
俺は、原田さんになんていえば良いのかを考えることを一旦やめて、遺体に手を合わせてあいつらのところへ走っていく。
先に数分進んでいくと、人がたくさん街中で倒れている。
まるでそこにだけ死神が通ったかのように。そんなにも急に広がるものなのか!?
その紫陽花病というものは!?
紫の霧が徐々に濃くなっていく。
「ゴホッ、ゴホッ・・・・・・」
五代が酷い咳をし始めた。
どうやら、この紫の霧は人間には毒みたいだ。
俺や飛月のように色の玉を持っているのに、どうしてなんだろうか?
色によって耐性があるのだろうか。
むしろ、なんで俺や飛月は何ともないんだ?
すると突然、五代の持っている赤い玉が光り始める。
瞬間、五代が赤い光に包まれた。
その光は、ほんの数秒で散ってしまった。
しかし、五代の身なりは先ほどとは全く異なっていた。
黒い薄手のコートのようなものを羽織り、手や腹部、胸部は、赤い鎧のようなに覆われている。
髪も黒髪から見るものを魅了しそうなほどに美しい深紅の色になっている。
黒目も鮮やかな赤に染まっている。
そして極めつけは、胸部の心臓の位置にさっきまで持っていた赤い玉が出ている。
「な、なんだこれは!?前までこんなことにはならなかったぞ!?」
うーん、俺が初めて右腕が変化したときと同じようなリアクション。
まあ、そうなりますよね。
「それが五代の赤の力か・・・・・・すごいな」
飛月がどことなく興奮しているように思える。
まあ、少年はこういうの好きそうだもんな。俺も好きだけど。
「そ、そうなのか?私にも何が何だか」
しっかしかっこいいな。黒い薄手のコートがまるで軍服みたいだ。
「うん、先ほどまで呼吸がしにくく、咳もひどかったがとても体の調子がいいぞ!人生の中で一番身体が軽い!」
飛び跳ねてはしゃぐ姿は、いつもの冷静な感じとは違って少しかわいらしい。
だが、そんな余裕も名状しがたい雰囲気によってかき消されることになった。
「何か来るぞ!」
飛月が警戒態勢に入る。
その様子を見て俺たちも臨戦態勢に移行する。
だがその態勢も・・・・・・目の前に見えてきた光景によって瞬時に消え失せることになる。
「は・・・・・・?なんだよ、あれ?」
その光景に俺は唖然とした。飛月も五代も揃って愕然としている。
何かが動いている。腕を垂らし、足を引きずり、ただそこをさまよい続けている何か。
その何かは・・・・・・人間の原型をほとんど残していないジェル状の何かであった。
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