第7話
ぎ、ぎ、ぎと今にも壊れてしまいそうなちょうづかいの音が、静かな工場内に響き渡る。
「き、きつい。
ヘルプ、ヘルプ!!」
苦悶の表情でユウさんは僕の方を見た。
綺麗な顔が少し崩れていたが、気にしているのは僕だけのようだ。
硬く重いその扉を彼女のみで開けることは困難だった。
二人がかりで全力で引き、ようやく動き出したその扉が開かれる。
一歩中に入る。
空気感が少しひんやりとしたものに変わった。
長い間陽に当たっていないであろうこの部屋は、何というか表現しがたい香りがした。
陽に当たっていない即ちこの部屋は真っ暗、当然光がないとなにも見えない。
彼女はガサゴソと物音を立てた後、何かをカバンから取り出した。
「うわぁ!」
気配もなく近づいてきて、顔の下から光を照らしあげ、お化けのように見てきた無表情の彼女に、意表を突かれた僕は驚いた。
彼女はそんなに驚かなくてもいいのに、とつぶやくと光を別の方へと向け直す。
そこにあったのは思いもしないものだった。
僕はピラミッドみたいに積まれていた細長いケースの中から、一番上の物を取り出す。
丈は僕の腰の少し上辺りだろうか、見た目は木製、はっきり見える引き金。
銃。
間違いなく、銃。
冷や汗が僕の首筋を伝って行くのがわかる。
その数、おおよそ五百丁。
なんだろう、パンドラの箱を開けてしまったような感情だ。
人の命を簡単に奪いされるものが、山のように積み上げられている。
当然、疑問は絶えない。
ここで作られた銃なのか、はたまた工場はカモフラージュで、この銃たちを隠すためのものだったのか。
ただ、少なくとも何かしらの陰謀がなければ、こんなところに大量の銃が放置されてはいないはずではあった。
彼女は僕が質問しようとするのを察したのか、ちょっと待って、と声を出し静かに目を瞑る。
まるでそれは祈っているかのように。
一分ほど経っただろうか、彼女は顔を上げると神妙な面持ちで語り始めた。
「一億玉砕って言葉、哉汰くんは知ってる?」
「いや、わからないです」
意味はわからない。
ただ、何かで見た記憶はあった。
本で見たことがあったような気がする。
確かノベルスだったことまでは思い出せた。
しかし、完全に思い出そうとなると途方もない時間がかかるのは明らかだったため、僕はそれを諦めて話を聞く姿勢を取った。
「時は一九四五年、キミのお母さんさえ生まれていなかった頃、日本は太平洋戦争の真っ只中だった。
勢いが良かったのも最初だけで、敗退に敗退を重ねたこの国は、ついに日本の国土で戦う意思を示したの。
そこでのスローガンが一億玉砕。
でも戦うとなると当然武器がいる。
いくら資源難だと言っても全く備蓄がないなんてありえない。
あとはもうわかるよね、この建物の意味が」
分かった。
確かに分かった。
こんな不便な場所にあるのも、目立つ所に武器庫があれば燃やされたり、略奪されたりするからだろう。
でも分からない。
なぜ彼女はここを知っているんだ?
こんな誰も立ち寄らないようなところを、なんで知っているんだ?
誰かと山で遊んでいても、こんな所に入ってくるはずがない。
知ってて当然みたいに彼女は話した。
でも僕はこんな場所、耳にしたことなど一度もない。
僕が知らないだけで有名な場所なのだろうか。
いや、有名なら人が多く来るはず。
あんなに綺麗に銃が積み上がるだろうか。
荒らされ、無造作に散らばるのが普通ではないのか。
確かに目立たない扉だが、少し注意しながら歩けば発見できないと言うほどでもない。
人がここに多く来るのであれば何人かは気づくはずだ。
でもここにはそんな痕跡なんて微塵もない。
つまりここは誰も知らない。
いや、彼女しか知らない。
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