第6話

 険しい山の中を歩く。

 到底人が登山するような山には思えないし、全く管理されている様子もない、生い茂る木々たちが暴れ狂っているこの山に一体何があるのかは一切見当もつかないが、僕はユウさんを信じて進む。

 虫たちの合唱が耳の中に響きながら、時折彼女に、上に木があるから慎重にとか、木の根が下に生えているとか、注意を受けながら進んでいく。

 そうした中、しばらく歩くと木々が消えて、先ほどと比べると少し視界が良くなった場所に着いた。

 草は生い茂っているものの、木々に囲まれていた先ほどよりは格段に歩きやすい。

 深い夜だったはずの空を見上げるとすでに朝日が僕たちを照らしていた。

 ユウさんがさっき言ってたもうすぐとは何だったんだろう。

 長大な時間がとっくに経過しているじゃあないか。

「綺麗な景色だね。

 汚い人間と違って」

 彼女は美しい横顔を僕に見せながら、遠くの方を何か思うように見つめる。

 そうですね、と僕は答えるほかなかった。


 さらに十分ほど歩くと、今度はその草さえない、衛星写真で見たならば不自然極まりないだろうと思える、開けた場所に足を踏み入れる。

 そして、眼前には古い頑丈な倉庫のような建物が。

 何処かで見たことがあるような気がするのだが、気のせいか、あるいはよくある建物なのだろう。

「これは……」

 彼女は自慢げな表情で、答えた。

「そう、ここが私たちの秘密基地。

 ここで計画を練るの」


 実際に建物に入ってみるとかなり広いことがわかる。

 どうだろう、学校の体育館くらいはあるだろうか、いや、もっと広い。

 おまけに何故か地下もある。

 少なくとも、二人程度ではこんな場所など持て余す事は間違いなかった。

 ただ、僕は広さや地下とかは正直どうでも良くて、この深い山中さんちゅうの中にあるここは、万が一母に捜索願を出されたとしても、おそらくその捜索領域の範囲外だろうと言うことに一番安心感を持った。

 そして何より意外だったのはここの使われ方だろう。

 こんな不便そうな、車どころか人すら通ることが厳しい地に、なぜかラインと思わしき構造物がある。

 ラインとは決してSNSなどではない。

 わかりやすく言うなら流れ作業をするための場所。

 つまりここはかつて、何かしらの工場だった。


 僕はライン付近に荷物を置いて一通り工場内を見回り、彼女の元に戻ってきた。

 僕が戻ってきてすぐに、彼女は不自然な笑みで、この工場の不自然な点を語りはじめる。

「どうだった?

 ここがかつて工場だったと言う事は一目瞭然だったでしょ。

 でも、どう見てもおかしいよね。

 きっと哉汰くんはこう思った。

『こんな輸送が難しいところになぜ工場なんか建てたんだ?』って。

 もちろんさまざまな理由があるのだろうけど、少なくともこれを見たらその一端はわかるはず。

 だから、ついてきて」


 彼女はここを知り尽くしたかのように語った後、僕を引っ張って地下への階段を降り、ドアの前で足を止める。

 その古びたドアの下には、錆びて綻び、役割を終えた南京錠が転がっていた。

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