第5話

 少し濁った空は僕のこれまでを表しているかのようで、なにか心が重い。

しかしながら、隅に佇む微かに見える月は未来を表しているかのように微笑んでいるように思えた。

ふと月の反対側を見上げると、太陽がしゃんと目を覚まし始めている。


 僕とユウさんはしばらくのぶんの食料を買い、コンビニを出ると、彼女の先導で歩き始めた。

「どこに行くんですか?」

勿論僕の質問だ。

ただ、彼女ははぐらかすように、ひ、み、つと歩みを進める。

僕もそれに遅れを取らないよう止まることなく進んでいった。

どの方角に進んでいるのかもよくわからないのだが、だんだんと人工的な光が減っていっているような気がした。


 「ユウさんはなんでこんなことをしようと思ったんですか?」

この静けさに耐えられないという思いもあったが、まだ初対面の彼女のことを知りたい。

僕は彼女に問いかけた。

「んー……なんだろうね。

復讐?怨恨?

……なんかしっくりこないな」

しっくりこないって言っても、例がそれならその二つに近いことではあるのか。

一体過去に何をされたのかは今の時点で知る由もないのだが、少なくとも幸福に包まれた人生ではなかったのだろうと思う。

「じゃあ私も質問。

これで二対三だね」

「なんの数字ですか?」

「質問数」

「もうユウさん八つくらい質問してますけどね」

「えぇ⁉︎」

目を飛び出すような表情で、彼女は初めておどけたような雰囲気を見せた。


 「じゃあもうなんでもいいや、聞くね。

哉汰くんはいつから学校に行ってないの?

いや、その、失礼なこととか思うかも知れないけど、普通に疑問なんだよ。

アメリカの例を挙げたやつとか、小難しい話だけど理解出来てないとは思えない反応だったし、言葉や主述の関係も、特段違和感ないしさ。

語彙が少なくないと言ったらいいのかな、最低でも中学校の途中くらいまでは通ってたくらい。」

彼女はその麗しい顔を僕に向け、僕に問う。

この質問は正直、初対面の人には殆どの確率で聞かれる(とは言っても会う人など役所とか児童相談所とか教師とかの大人ばかりだが)、むしろ聞かれない方が不自然といえるほどなので、慣れた手(というよりくち)つきで答える。

「小学校の四年生くらいですね。

そのときに両親が離婚して、母に引き取られたんですけど母が酒に溺れちゃって。

学校には行くなと言われましたし、行こうとしたもんなら、実力行使で妨げられましたよ。

そうこうしているうちに、もう友人も居なくなって、そこに行こうとする気さえ無くしちゃいました」

彼女は申し訳なさそうにこっちを見た。

「いいですよ、気にしてないですし。

慣れてますから」

僕がこう言うと彼女は表情を百八十度変え、微笑みながら言い放った。

「さっきの顔は演技。

キミがこの話で凹んでだら気まずいし」

名優の片鱗がありそうだ。

取り調べ室で使えそうでもある。


 さらに僕は彼女が疑問に思っていた、語彙力がある理由について答える。

「母が寝ている間に図書館に行って本を借りてたんで、語彙に関してはあるんだと思ってます。

図書館の棚、あからへまで、全部読んだんで」

誇張抜きでこの表現だ。

おそらく最低でも数千冊は読破しているだろう。

これには当然、彼女も驚愕していた。

「じゃあつまり、奈須きのこさんも竜騎士07さんも西尾維新さんも読破済み?

あ、竜騎士07さんは「り」か」

なぜそのチョイス?

ライトノベルが好きなのだろうか、はたまた某銀箱レーベルが好きなのか、あるいはセカイ系なのかは定かではないが、現代とは、少女とは思えないラインナップだ。

実は今はゼロ年代なのかとも思えてしまったが、2023年であることは間違いない。

ちなみにはなるが、僕が一番好きなジャンルは純文学であるから、全く正反対のものだ。

まあ、読んではいるのだが。

他愛のない会話を弾ませつつ、歩みを進める。

僕たちはお互いのことを少しずつ知りながら、一歩一歩目的地とやらに進んで行った。

「もうすぐ着くよ。

私たちの秘密基地に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る