ゴルフコンペでもらった牛肉には、巧妙な愛の罠が仕掛けてあった
春風秋雄
ゴルフコンペでとんでもない女性と同組になった
「フォアー!」
キャディーの大きな声が響き渡る。またOBのようだ。この女性は、まだ前半7ホール目だというのに、すでに10回くらいはOBを出している。大変な人と同組になってしまった。
俺の名前は速水英雄、32歳の独身だ。物流関係の会社に勤めている。名前を聞けば誰もが知っている大手企業の系列会社だ。今日はグループ企業のゴルフコンペで、総勢140人で繰り出し、名門コースを貸し切りで回っている。これだけの人数のコンペなので、18ホール回りきるのに時間差がそれほどないように、各ホールでスタートするショットガンスタート方式がとられている。俺たちの組はINの14番ホールからのスタートだった。9時ちょうどに、花火が上がり、各組についているキャディーの合図で、一斉にティーオフがなされた。
グループ企業は10社以上あるのだが、各社から最低でも5人以上は参加するように言われ、うちの会社でゴルフをする人は少なく、部長からお願いされ、仕方なく参加した。といっても、参加費用はすべて会社がもってくれるといい、皆が仕事をしている平日に、タダでこの名門コースを回れるというのは魅力だった。
組み合わせ表を見ると、俺たちの組は本社から女性が一人、第一工場から係長の男性が一人、販売会社から女性が一人、そして俺という組み合わせだった。OBを連発している女性は、本社の総務部所属の戸塚絵里奈さんだ。第一工場の係長は、上手いというほどではないが、それなりに回れている。販売会社の女性も初心者に毛の生えたくらいの腕前だが、チョロチョロと前に進んでいるので、それほど気にはならない。問題は戸塚絵里奈さんだった。身長が高く、下手にパワーがあるので、林の中や丘の上に飛んで行く。その都度一緒になってボールを探しに行くので、こちらが疲れてくる。俺はゴルフ歴が10年くらいあり、普段は80台後半で回る腕前なので、自然と戸塚絵里奈さんのお守り役を俺がすることになってしまった。どちらかと言えば、販売会社の女性、鈴木恵さんの方が俺のタイプなのだが、そちらは第一工場の加藤係長がべったりくっついていて、いつの間にかペアーのすみ分けができてしまった。俺は加藤係長が少しうらやましかった。係長といってもまだ若い。独身なのかもしれない。
「すみませんね。ご迷惑をおかけして」
息をきらしながら、丘の上に上がり、ボールを探していると、戸塚さんが申し訳なさそうに言った。
「いや、大丈夫ですよ。後ろの組も遅いようですから、ゆっくりやればいいですよ」
「速水さんはお上手ですね」
「まあ、10年くらいやっていますから」
「私、半年くらいスクールに通って、飛距離は出るのですが、真っ直ぐ飛ばなくて」
スクールに通っていたのか。確かにフォームは綺麗だが、それにしても方向性が悪すぎる。スクールのコーチに、何を教えてたのだ!とクレームを入れたくなる。
「あ、ボールありました。ここからだと、あとどれくらい打てばいいですか?」
俺はヤード表示を見て
「グリーンまで、まだ200ヤードくらいありますから、とりあえずアイアンで、平らなところまで100ヤードくらい打てばいいですよ」
と言った。
「200ヤードですか?だったら狙ってみますか」
え?狙う?200ヤードを?と思っていたら、戸塚さんは3番ウッドを取り出し、グリーン方向に構えた。俺が狙わずに刻んだ方がいいよと、再度アドバイスしようとした瞬間に戸塚さんは綺麗なフォームでウッドを振りぬいた。カーンと良い音をさせて、ボールは飛んで行く。そして、グリーン横の林に入った。
「あー、林に入っちゃった。あそこはOBですかね?」
「いや、あそこはOBではないです。でも林の中からのショットになりますね」
「わー、良かった。じゃあ、ボール探しに行きまーす」
結果はともあれ、とても潔いゴルフをする人だ。またボール探しに付き合わなければならないと思いながらも、何故か戸塚絵里奈さんに俺は好感を持てた。
無事ラウンドが終わり、シャワーを浴びて着替えたあと、パーティーになった。俺は普段のゴルフでこんなに疲れたことはないというくらいクタクタだった。しかし、バイキング形式で並んでいる豪華な料理を見て、少し元気をとりもどした。ゴルフで楽しめなかった分、食べて帰るぞ!という気になった。
ゴルフウェアーを脱ぐと、皆雰囲気が違って、これだけの人数の中から一緒に回っていた人を探すのは難しかった。俺は同じ会社の人をみつけ、その隣に席を確保した。
幹事の挨拶のあと、成績発表になった。これだけの人数なので、通常のコンペのニアピン賞やドラコン賞といった賞の他にも、様々な賞が用意されている。その中で「最多OB賞」があった。ダントツで16個のOBを出した戸塚絵里奈さんが呼ばれた。戸塚さんは俺たちの席から、かなり離れた席にいた。颯爽と賞をもらいに壇上に進む姿はゴルフウェアーの時と違い、長い髪をおろし、意気なお姉さんといった雰囲気があった。もらった賞品はボール1ダースだった。司会者から失くしたボールには足らないけどと言われ、笑いを誘っていた。
最後に成績順の賞になった。俺は悪いながらもハンデが良かったのか3位に入った。賞品は高級牛肉1キロだった。
表彰式が終わり、食事をしている最中に戸塚絵里奈が俺の席にやってきた。
「速水さん、3位でしたね。すごいですね」
「たまたまハンデが良かったんですよ。スコアはいつもより悪かったですから」
「速水さんは、お住まいはどちらなんですか?」
聞かれるまま、大まかな場所を教えると、
「私のところと近いですね。今度ゴルフの打ちっぱなし付き合ってくれませんか?上手な人に教えてもらいたいです」
戸塚さんの住んでいる場所を聞くと、確かに俺の家から車で30分もかからないところだった。
「いいですよ。今度一緒に行きましょう」
俺は社交辞令のつもりで言うと、
「じゃあ、連絡先交換しましょう」
戸塚さんはそう言ってスマホを取り出した。仕方なく俺もスマホを取り出し、連絡先を交換した。
コンペから2日後に、さっそく戸塚絵里奈からメッセージが届いた。こんどの休みにゴルフの打ちっぱなしに行きたいという誘いだった。俺は特に予定もなかったので、誘いを快諾した。
当日、指定されたコンビニに車を駐めると、戸塚さんは駐車場の隅にゴルフバッグを脇に置いて待っていた。
「すみません。わざわざ迎えに来てもらって」
「気にしなくていいですよ」
戸塚さんも車を持っているが、運転には自信がないというので、俺の車で行こうということになったのだった。
戸塚さんのキャディーバッグを乗せ、いつも行っている練習場へ向かった。隣り合わせの打席を2つ借り、早速練習を始める。しばらく戸塚さんのショットを見ていて、アドレスがターゲットに対して右を向いていることと、ボールの行方を見たいがために、顔が早く起き上がるヘッドアップの癖が目についたので、アドバイスしてあげた。その後は、各々練習に励んだ。打席に着いて、ふと前を見ると、目の前に戸塚さんのお尻があった。とても形の良いお尻をしている。俺は気になって、チラチラと見てしまうので、練習に身が入らなかった。
90分打ち放題の時間が終わって、片付けに入る。
「速水さんのアドバイスのおかげで、各段にうまく打てるようになりました」
確かに、この前と違い、結構真っ直ぐ飛んでいたようだ。
「また付き合って頂いていいですか?」
「いいですよ。また来ましょう」
快く承諾したのは、あのお尻のせいかもしれない。
時計をみると、そろそろ夕飯時だった。ここは夕飯に誘うべきなのだろうかと迷っていると、戸塚さんの方から
「夕飯どうしましょう?他に何か予定入っていました?」
と聞いてきた。
「特に予定はないですよ。夕飯一緒に食べましょうか?」
「うれしいです。一緒に食べましょう」
笑顔で言われると、こちらもうれしくなった。
とりあえず、車に移動して、何を食べるか考えようと思った。すると車に乗るなり戸塚さんが聞いてきた。
「この前賞品でもらった牛肉は美味しかったですか?」
「ああ、あれは美味しかったですね。ブランド肉でしたからね。でもさすがに一人で1キロは食べきれずに、まだ半分以上冷凍にしています」
「いいなあ、私も食べてみたい」
「だったら、私の部屋ですき焼きにしますか?」
「いいんですか?うれしい!」
スーパーに寄って、すき焼きの材料を買っているときに、ふと俺は思った。この娘は最初から、あの牛肉を目当てに夕飯をどうしようと誘ったのではないかと。まあ、それならそれでいいやと、シラタキを籠に入れた。
この前ひとりで食べた時は、フライパンで適当に焼いて食べただけだったが、すき焼きにすると、本当に美味しい肉だった。口の中でとろけてくる。戸塚さんは、帰りは電車か最悪タクシーで帰るので気にしなくても大丈夫だからと言って押し切られ、俺もビールを飲んでしまった。戸塚さんは、どれだけ飲んでも顔色が変わらない。お酒に強いタイプのようだ。
「戸塚さんは、会社に入って何年になるんですか?」
「大学新卒で入社して、もう7年です」
22歳で卒業して、7年ということは…
「今、私の年を計算していたでしょう?今29歳ですよ」
「29歳ですか」
「あ、オバサンだと思ったでしょう?」
「いえいえ、もっと若く見えたもので」
「いいんですよ。実際もうオバサンですから。速水さんは32歳ですよね?」
「何で知ってるんですか?」
「私は本社の総務部ですよ。それくらい簡単にわかります」
そうか、本社の総務部にはグループ会社全社員のデーターが集約されているのか。だったら、俺の出身大学や、まだ独身だということもわかっているんだ。
戸塚さんは、本社での面白い出来事や、支障のない範囲でグループの方向性など、非常に興味深い話をしてくれた。戸塚さんは、頭の回転が速く、とても仕事ができる人なんだろうなと思った。話を聞いている限り、総務部長からも頼りにされているようだった。
時間はあっという間に過ぎていた。ふと時計を見ると12時を過ぎている。終電には間に合わない。タクシーを呼ばなくてはと思っていたところ、戸塚さんが、トロンとした目で言ってきた。
「今日は泊まっていい?」
なんなんだ、この展開は。俺はベッドで戸塚さんの裸の肩を抱きながら今までのことを振り返った。戸塚さんは、気持ちよさそうに寝息をたてている。
あまりにも上手く進みすぎていないか?
コンペでたまたま一緒の組で回ったのは良いとしよう。4人の中で俺が一番上手くて、一番下手だったのが戸塚さんで、俺が戸塚さんの面倒を見ることになったのも、あの組み合わせなら当然だ。ゴルフを教えてほしいと頼られたのは自然の流れかもしれない。車は持っているが、運転が苦手なので、俺が車で迎えに行くことになり、たまたま牛肉が残っていたから俺の部屋ですき焼きをすることになり、電車で帰るといいながら、いつの間にか終電がなくなり、とうとう男女の関係になってしまった。何か、出来すぎた展開のように思えた。はっきり言って、戸塚さんは綺麗な人ではあるが、俺のタイプではなかった。ただ、形の良いお尻にはドキッとしたことは認める。それでも、積極的にこういう関係になりたいとは思っていなかった。しかし、こうなった以上、付き合うことになるんだろうな。俺は狐につままれたような感覚で眠りについた。
あの日以来、絵里奈は週末になると俺の部屋に泊まりにきた。金曜日の夜に来て、日曜日の夕飯を食べてから帰るというパターンが定着した。
ある日、俺は酔った勢いで、仕事のグチを漏らした。上司の杉山課長のことだ。下からの意見には一切耳を貸さず、自分のミスを部下に押し付けるような上司だった。こんなこと絵里奈に言っても仕方ないと思いながらも、誰かに話したかった。
「大変だね。そういう上司がいると、下の人間はたまらないよね。でも我慢だよ。短気になってもいいことなんかないから」
絵里奈はそう言って励ましてくれた。俺はそれだけで救われた気持ちになった。
ところが、それから2週間もしないうちに人事異動があり、杉山課長は関連会社に出向することになった。青天の霹靂だった。絵里奈が言うように、短気にならなくて良かったと思った。
絵里奈と話すと、ついつい仕事のグチが出てしまう。絵里奈はそれを丁寧に聞いてくれ、時には適切なアドバイスをしてくれたり、時には慰めてくれたりして、俺はとても心地よかった。グチばかり言ってごめんねと言うと、気にしなくていいよ。私で良ければいくらでも聞くよと言ってくれた。絵里奈に、コピー機のことをグチったことがある。機械の調子が悪く、仕事の効率が非常に悪かった。コピー機を交換してくれるように何度も上申していたが、予算がないといって一向に交換してくれないとグチった。すると、絵里奈にグチってから1週間後に新しいコピー機が設置された。驚いた。俺は、杉山課長の件といい、このコピー機の件といい、もしかしたら絵里奈が動いてくれたのではないかと考えた。絵里奈にそんな力があるのだろうか?ひょっとすると絵里奈は本社のお偉いさんの娘ではないかという考えが浮かんできた。俺は本社の役員や幹部の名前を調べた。すると、本社の専務取締役の名前が戸塚だった。ひょっとして、絵里奈は専務の娘なのか?もしそうなら、絵里奈と結婚したら、俺の将来は安泰なのではないのか?俺に邪な気持ちが湧いてきた。しかし、このことは絵里奈には悟られないようにしなければならない。絵里奈の方から、実は、と切り出すまでは知らないことにしなければならないと思った。
絵里奈と付き合いだしてから、半年くらい経った頃、俺は決意して、夜景の綺麗なレストランに絵里奈を連れて行き、プロポーズした。絵里奈は涙を流しながら、喜んでプロポーズを受けてくれた。
プロポーズから間もなく、絵里奈の両親に挨拶に行くことになった。いよいよだと、俺は思った。
当日、東京駅で絵里奈と待ち合わせた。何故か絵里奈から、泊まる準備をして来いと言われた。東京駅に着くと、すでに絵里奈は待っていた。
「切符は買っておいたから」
そう言って渡された切符は飯山行きになっていた。一瞬、飯山がどこなのかわからなかった。しばらく考えて、長野県の飯山市だと思い出した。こんなところで、ご両親が待っているのか?ひょっとして飯山に別荘でもあるのだろうか。
北陸新幹線に乗って、金沢方面へ向かう。車中、絵里奈は、しきりに生まれ育った街のことを話してくれた。絵里奈の父親は戸塚専務ではないのか?絵里奈が生まれた頃には、戸塚専務はすでに今の会社で働いていたはずだ。俺は恐る恐る絵里奈に聞いてみた。
「絵里奈のお父さんは何をしている人?」
「父は公務員です。市役所で働いているんだよ」
俺は、体の力が抜けるのを感じた。絵里奈は戸塚専務の娘ではなかったのだ。
飯山駅で降り、タクシーに乗った。10分ほど幹線道路を走ったあと、脇道に入った。車がすれ違えるかどうかといった細い道を山の方へ10分ほど走ったところに絵里奈の実家があった。古いが大きな一軒家だった。玄関でご両親が丁寧に迎えてくれた。素朴な感じのする、とても優しそうなご両親だった。客間に入ると、弟さんも顔を出し、自己紹介をしたあと、正式に結婚の申し出をした。ご両親はとても喜んでくれた。
「買い物に行くけど、一緒に行くでしょ?」
絵里奈が車のキーを持って聞いてきた。ひとり残されても間が持たないので、一緒に行くことにした。絵里奈はためらうことなく運転席に座った。弟さんの車だというが、スポーツタイプの車だった。運転には自信がないと言っていたので、あの細い道を大丈夫なのかと思っていたが、絵里奈は軽快にハンドルを操作し、そこそこのスピードで細い道を駆け抜けて行く。かなり運転には慣れており、しかも運転技術もかなり高かった。
絵里奈の家族はみんな酒豪だった。さんざん飲まされたあと、2階に用意されていた布団に横になった。隣に絵里奈の布団も敷いてある。まだ結婚前だというのに、いいのかと思ったが、逆にこれでもう逃げられないぞと言われているようでもあった。下の階で両親が、そして、少し離れているとはいえ、同じ2階に弟さんが寝ているのに、絵里奈は求めてきた。
ことが終わったあと、俺は絵里奈に聞いた。
「なあ、俺の上司だった杉山課長が関連会社に出向になった件、あれ、絵里奈がなんかやってくれたの?」
「ああ、あれね。ちょうどあの時、あの会社に課長職の欠員が出て、部長から後任を配置したいから候補者をピックアップしてくれと頼まれていたの。杉山課長の経歴を調べたら部長が出した後任候補の条件にぴったりマッチしていたから第一候補としてリストにあげちゃった」
そうだったんだ。
「あと、コピー機の件は?俺が絵里奈に言った翌週には新しいコピー機が入ったからびっくりしたんだけど」
「ちょうどあの時、本社でコピー機20台入れ替えることになって、業者と金額交渉をしている最中だったの。こちらが提示した値下げ金額を業者が無理だとごねていたから、じゃあそちらの提示金額でいいから、その代わり型落ちでもいいからもう1台おまけでつけろと言ったら、ちょうど在庫処分に困っていた型落ちがあるので、それをつけると言ってきたから、それを英雄さんの会社に送ったの。もちろんそのことは、ちゃんと部長にも了解とってあるからね」
そういうことだったのか。専務の娘でなくても、たまたまタイミングが良かったので実現したのだ。しかし、いくらタイミングが良くても、なかなか出来ることではない。頭の回転が良く、咄嗟の判断力がなければ出来ることではない。そして、よほど部長から信頼されているのだと思った。
絵里奈は結婚と同時に寿退社した。
結婚から2か月ほど経ったとき、本社の総務部から係長と若い女性社員の2名が新しいシステム導入のため、1週間うちの会社に来ることになった。岡野さんと言う女性社員は俺の顔を見るなり、
「速水さんですよね?ご結婚おめでとうございます」
とにこやかに言ってくれた。
「ありがとうございます」
「私、入社以来、ずっと戸塚先輩と一緒に仕事してたんですよ」
「ああ、そうなんですか」
それで俺のことを知っているのだと納得した。
「戸塚先輩、速水さんにひとめ惚れでしたから、結婚出来て幸せでしょうね」
あいつ、俺にひとめ惚れしてたのか。
「戸塚先輩は速水さんの趣味がゴルフだと知って、いきなりゴルフスクールに通い始めたんですから」
あれ?コンペの時には、スクールに半年ほど通ったと言っていたはずだ。
「絵里奈が私に会ったのは、ゴルフコンペの時が初めてですよね?」
「違いますよ。その半年くらい前に、この会社の視察に来た時に速水さんを見かけてひとめ惚れしたんですよ」
半年くらい前?そういえば、その頃本社から何人か視察に来ていた。その中に絵里奈はいたのか?
「ゴルフコンペの時なんか、大変でしたよ。自分も参加して、何とか速水さんとお近づきになるんだと言って、一生懸命組み合わせ表を作っていましたから」
「ゴルフコンペの段取りって、あなたたちがやったの?」
「そうですよ。それも総務の仕事ですから、戸塚先輩と私の二人でゴルフ場の手配から、組み合わせ表作り、賞品の手配までやったんですから」
俺は、何か嫌な予感がしてきた。
「一番苦労したのは組み合わせ表作りかな。下手な人ばかりの組を作らないように、各組に上手な人と、下手な人をバランスよく配置しなければならないので、参加申込書に書いてもらった普段のアベレージを参考に一生懸命作ったんですから。といっても、実際に140人のデーターを作って、組み分けしたのは戸塚先輩ですけどね」
俺と絵里奈が同じ組になったのは偶然ではなかったんだ。しかも、加藤係長と初心者の鈴木さんを入れることで、自然に俺と絵里奈、加藤係長と鈴木さんがペアーになることも計算していたのだ。
「そうだ、あの時の牛肉美味しかったですか?」
「俺が牛肉をもらったのを知っているの?」
「だって、賞品を選んだのも私たちですから。戸塚先輩が参加者の実力分析をしながら順位予想をしていて、速水さんは3位くらいになりそうだなって言って、3位は牛肉1キロにしようって言ってましたもん。さすがに1キロは多くないですかって言ったら、それくらいないと、すぐ食べちゃうでしょって戸塚先輩言ってました」
俺が牛肉をもらったのも偶然ではなかったのだ。そうすると、そのあとの展開で、すき焼きを食べに俺の部屋にくることも、その時点で計画していたのか?俺は、何か嫌な汗が出てきた。
「戸塚先輩のこと、幸せにしてあげて下さいね」
岡野さんは、そういうとお辞儀をして、去ろうとした。しかし、2歩ほど進んでから、もう一度振り返った。
「そうだ、あのゴルフコンペで、もう一組カップルが誕生して、来月結婚するんですよ」
「そうなの?」
「なんと、速水さんと同じ組で回っていた加藤係長と鈴木さんです」
「あの二人、くっついたんだ?」
「そうなんですよ。鈴木さんって、本社の鈴木常務の娘さんじゃないですか。加藤係長はみんなから逆玉って言われて、からかわれていますよ」
その日、俺は重たい足を引きずるように家に帰った。俺は絵里奈の戦略にまんまと乗せられたようだ。ゴルフコンペに参加した時点で、絵里奈との結婚が決まっていたようなものだ。ゴルフコンペのとき、絵里奈ではなくて、鈴木さんの面倒を見ればよかったのか?ひょっとして俺は今日の話を聞いて、絵里奈との結婚を後悔しているのだろうか?自問自答してみたが、答えは出なかった。しかし、今日の話ではっきりわかったことがある。それは、絶対浮気は出来ないと言うことだ。もし、離婚問題にでもなったら、間違いなく絵里奈の戦略で俺は追い詰められ、悲惨な目にあうだろう。
家に着き、玄関のドアを開けると、奥から駆けてきた絵里奈が「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。俺はその顔を見た瞬間、帰り道に色々考えていたことがすべて吹っ飛んだ。
俺は、間違いなく絵里奈に惚れている。経緯がどうであれ、絵里奈と一緒にいられることが俺にとっては一番の幸せだと実感した。
そう思った瞬間に、心の底から自然に湧き出た笑顔で返した。
「ただいま」
部屋にあがると、絵里奈は楽しそうに、すき焼きの準備をはじめ
ゴルフコンペでもらった牛肉には、巧妙な愛の罠が仕掛けてあった 春風秋雄 @hk76617661
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