地獄は壁一重


「コンクリートは初めて切ったけど、上手く切れて良かった」


 返り血を浴びて真っ赤になりながらも、ニコッと屈託なく笑う彼女がとても愛らしい。


「大丈夫? 手、痛くない?」

「全然。休みとか、山で木切ってるし。あ、今度一緒にキャンプ行かない?」

「……そうだね……キャンプなんてやった事ないけど、行っちゃおうかな」

「やった!」

 

 抱き付いてくる彼女が可愛らしくて、私は両手で受け止める。


「ついでに、この“壁”も片付けてこようね。うちの山なら、他の人が入ってこないし」

「山持ってるなんて凄いね、本当……」

「親が残してくれた土地だけど、もう死んじゃったから」

「……ごめんね。悲しい事、思い出させて」

「ううん。今は先輩が居てくれるから、全然平気。思い切って、告白して良かったぁ……」


 下手な男にこだわり続けたせいで、素敵な女の子がずっと身近に居てくれた事に、これまで気付いてこられなかった。

 やはり結婚とか将来とか性別とか美栄とか建前とか、そんなものに縛られたら視野が狭くなってしまうのだと痛感した。


――勿論、この行為が許されるとは思っていない。


「地獄は壁一重、かな」

「何それ?」

「……人は一歩間違えると、罪を犯すって意味らしいよ」

「ふーん……でも一歩間違えた先は、天国かもしれませんよ。先輩」

「……そうだね」

「へへっ! そうそう!」


 擦り寄ってくる彼女を甘やかしたくて、私は彼女の頭を撫でる。今は血生臭いけれど、誰かさんと違って、いつもは清潔感があって良い匂いがする子。仕事も真面目で熱心で、本当に良い子。


 彼女とじゃれ合った後、私達はまず床に広がった血の拭き掃除をする事から始めた。一階まで染みていないと良いな。

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壁になりたい アサキ @asaki30cm

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