壁を乗り越える
彼女が何を考えているのか分からない。
突然誰かと一緒に帰ってきたと思ったら、男を連れ込んだ。
しかもどうやら、男の方は彼女に好意を抱いているらしい。先程から、聞きたくもない男の愛の言葉が聞こえてくる。彼女には僕と言う存在があるから無駄なのに。壁にしてまで、彼女は僕と共に居たいのだから。
「私が好きだったら、その壁を乗り越えて」
彼女は唐突に、そんな言葉を口走る。
僕は壁自身だから、僕では無く、男の方に向かって話しているのだろうが……ちょっと待て、どういう事だ。僕の壁を乗り越えたら、その男と付き合うつもりなのか?
「部屋のド真ん中に、こんな中途半端な高さの壁があるなんて不思議だね。君のためなら、お安い御用さ」
何てチープな台詞を吐く男だろう。きっと飲み会か何処かで、しょうもない男を拾ってきたに違いない。僕と触れ合えないからと言って、そんな安い男に捕まるなんて良くない。そんなに人肌恋しいなら、早く僕をこの壁から出してくれれば良いのに。そうしたら、僕を壁にした事なんて一切咎めず、抱き締めてあげるのに。
ドスドスと男の足音がこちらまで近付いてくると、次にゴンッと大きい音がする。その音は壁のセメント越しに、直接僕の体まで響いてきた。あの音は壁を蹴っているのか、それとも壁に足をぶつけているのか。
その鈍い音が何度か響いた後、不意に高い所の方から音がしてきた。
音の位置の変化から察するに、この男……まさか壁をのぼっているのか!?
やがて後ろの方から、ドスンッと重い音がした。どうやら男は、僕という壁を文字通り、乗り越えたらしい。
「そうじゃない」
溜息と共に、呆れたような彼女の声が聞こえた。
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