壁訴訟

 壁の中に居ると時間は分からないが、今が大体どれ位の時間なのかは、彼女の足音で何となく察しが付いた。

 バタバタと忙しなく動いている時は多分朝の出勤前だから、きっと朝だ。しばらく音がしなくて、帰ってきたと思ったら、どすどすと思い足取り。これは仕事帰りで疲れているに違いない。僕が壁じゃなかったら「おかえり」と言ってあげられるのに。でも閉じ込めたのは彼女自身だから、僕が喋れないのは仕方無い。

 それから少しすると、足音がゆっくりとなる。リラックスモードなのだろう。いつもだったら、これ位の時間にお互い色々と話していた気がする。

 その頃の名残なのか、彼女はこの時間帯、僕に向かって何かを話す。相変わらず、その内容は聞こえない。ぼそぼそ、もそもそと何となく響いてくるのが分かる位だ。壁の僕は良いけれど、この状況を他の人が見たら驚くだろう。壁に向かって話す彼女は、さぞかし不気味に映るはず。こういう姿を壁訴訟と言うに違いない。


 彼女が僕に向かって不平不満を言っているのかは分からない。案外、僕への愛を囁いている可能性も捨て切れないと思うが。

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