壁を作る②

 壁になって、どうしようと狼狽えたのも最初だけ。

 彼女はちゃんと一日三食、壁になった僕にもご飯を食べさせてくれる。勿論ストロー越しだから、以前のような大きいものは食べられない。ミキサー食でドロドロとしたものになってしまうが、その分、味付けを濃くしてくれていたのだろう。形は無くても僕は彼女のご飯を美味しく頂いている。

 ただしご飯を食べている時は息がかなり辛くなるので、食事も死に物狂いだ。食事だけで、ここまで必死になる日が来るなんて思いもしなかった。


 なるほど。そう考えれば、これは彼女なりの僕へと激励なのかもしれない。何事にも必死に取り組む姿勢は大切だ。その労力に年齢なんて関係無い。

 なるほど。彼女かどうして僕を本当の壁にしたのかがよく分かった。

 分かったから、そろそろ壁から出してくれないだろうか?


 排泄は困ったが、出るものは出てしまう。一番嫌だったのが、トイレに行けずに部屋が臭くなる事。だが、どうやら彼女はそこにも穴を作ったらしい。おしっこの方はまだしも、正直ケツの穴にぶっ刺さっているのは痛い。幾ら医療職でそういう知識があるとは言え、ここまでするとは驚きだ。

 そんな訳で、垂れ流しでも足元がぐじゅぐじゅに濡れて気持ち悪いと言う現象は、幸い免れた。いや、それともそこまで気持ち悪い事になれば、彼女も見るに見兼ねて、僕を壁から出してあげようと言う気分になるのだろうか。洗濯なら彼女の分も合わせて、僕もしてあげていたから。たまに。


 あれこれと思うが、実際の所は体を動かせない。今、許されるのは考える事だけだった。もしかしたら彼女も、僕にもっと考えて欲しくて、こんな実力行使に出たのかもしれない。でも考えるだけの時間が続くと、嫌な事ばかりが頭を巡る。

 狭い辛い息苦しい。こんな所に閉じ込めるなんて、どうかしている。彼女は何がしたいんだ。いつまでこんな事が続くのか。それにもし彼女が僕を見捨てて、僕の世話をしなくなった途端、恐らく僕は死んでしまうだろう。

 いや、待て。これはひょっとしなくても、僕の命は危ないのではないだろうか。そうか、なるほど。僕の命運は今、彼女の手に握られている。

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