壁になりたい
アサキ
壁を作る①
壁になりたい。目の前でこちらを睨んでくる彼女を見ながら、また思う。
そりゃ確かに、親から掛かってきた電話で、今後どうするのかと喧嘩になるのは分かる。主に理由は僕だろうから。
そりゃ確かに、そろそろ結婚も考えないといけない年齢だと思う。けれどやっぱり、目の前で将来どうするか、仕事はどうするのか、ちゃんと考えているのか等々諸々ああだここだ言われると、正直こちらだってやる気を無くす。
そりゃ確かに、甲斐性が無い僕が悪いのかもしれない。でもその質問は正直、友達同士が喧嘩をしている時に「アンタはどう思う?」と突然こちらに話を振ってくるのと同じだと思う。要は聞かれても困る事をわざわざ聞かないで欲しい。
だから壁になりたい。聞くのは良いけれど、そこに意見を求められたり、返事を強制されたりしても困るから。
それがクズだと言うなら、クズを選んだ彼女が悪いのではないだろうか。仮に出会った頃の僕が若々しい学生だったとしても、その延長に居る僕だって僕には変わらない。「私の事ずっと好き?」と何度も聞いてきた若い彼女にうんうんと頷いて、ちゃんと返事をしてきた経由もある。お互い年を取ったからと言って、今更とやかく言うのは良くないと思う。正直止めて欲しい。
僕は手元の雑誌を読んでいる振りをして、黙りこくる。それこそ僕は壁だ。そこには居るけれど、返事はしない。いや、しないのではなくて出来ないのだ。
ただただ壁のようになって、苛立っている彼女の矛先が僕から離れるのを待った。
そうして気が付くと、僕は本当に壁になっていた。ちなみにこれは可愛らしいファンシーな話では無い。今この時、僕は口に咥えている太めのストローから、必死に外の空気を吸っている。目元も固められているせいで、目蓋を上げる事は出来ない。何も見えず、世界は真っ暗なままだ。
どうやら寝ている間に、彼女が僕をコンクリかセメントで固めて壁にしたらしい。ここまでするなら、いっそ殺してしまえば良いのに、空気孔を丁寧に作ってくれた辺り、彼女からの愛着を感じる。
今日も僕は、必死にストローから外の空気を吸って生きている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます