あどけない恋の芽生え 後編

「さて、ではそろそろ本題に入ろうか。リラはどうして、鈴蘭さんを僕の元に連れてきたのかな?」

 メアリはじっとリラの目を見て、淡々とした口調で問いかける。リラは自分にずっとくっついたままのすずらんを一瞥してから、メアリに真剣な瞳を向けた。


「……メアリ姉さんなら、鈴蘭先輩を匿ってくれると思って……。隣町の事件は、リべディストについて、よく知りもしない人達が引き起こしたものだと聞いたから……。鈴蘭先輩がリべディストになったと、無知な人達に知られたら、酷い目に遭わされるかもしれない。だから、メアリ姉さんの研究所で、鈴蘭先輩を匿ってほしいの。どうか、お願いします」

 信頼できる大人いとこで、リべディストの研究もしているメアリなら、鈴蘭をくれる。瞬時にそう判断したリラは、鈴蘭にフード付きのロングコートを着せて蔦を隠し、人目を避けてメアリの研究所までやって来た。


 リラの言葉を真摯に受け止めたメアリは「ふむ……」と呟いた後、鈴蘭をじっと見つめる。すると、鈴蘭がにっこり微笑みかけてきたので、メアリも「ふふっ……」とつられて笑う。

「まぁ、今のところ鈴蘭さんは凶暴化する心配もなさそうだし、匿っても構わないが……一つだけ条件がある。鈴蘭さんとリラ、君達二人を研究させてくれないか? 研究と言っても当然、鈴蘭さんに危害を加えたりはしない。ただ、君達の日々の様子を観察させてくれればいいんだが……どうかな?」

「そんな事でいいのなら、私は協力するわ。けれど、先輩は……どうですか?」

 リラは不安そうな顔で、鈴蘭に問いかける。自分の置かれている状況を、イマイチ理解しきれていない鈴蘭は少し思案してから、コクンと頷いた。

「今のジブンは匿ってもらわないと、危険な目に遭うかもしれないんスよね? だったら観察されるくらいどうって事ないッス! 他にも出来る事があるなら何でもするッスよ!」

 鈴蘭の力強い元気な返答に、リラはホッと胸を撫で下ろし、メアリは「ふふっ」と微笑む。


「リラ、君のご両親には僕から連絡しておこう。リラは僕の研究に付き合う為に、しばらく家には帰らないってね。大学の方にも上手い事、言っておくよ。君達が通う大学には僕の知人もいるから何とかなるだろう。問題は鈴蘭さんのご両親への報告だが……この状況をどう説明したものかな……」

「その、先輩のご両親は……」

「両親はジブンが小さい頃に亡くなったッス。育ててくれた祖父は三年前に、祖母も去年、他界したので、今は一人暮らしッスよ」

「それは……すまない。辛い話をさせてしまったね」

「いや、大丈夫ッスよ! 気にしないでくださいッス!」

 暗い雰囲気にしたくなかった鈴蘭は、無理に明るく振る舞う。それが分かったリラは、自分の腕にしがみついている鈴蘭の手を優しく取って、ぎゅっと握り締める。


「リラちゃん……?」

「鈴蘭先輩には……私がついてます、ずっと」

 悲しそうな顔でそう言ったリラの手を、鈴蘭は握り返し、「リラちゃん、ありがと」と微笑んだ。彼女の目には、薄っすら涙が浮かんでいる。

 リラはその涙を手で拭うと、メアリに向き直り、頭を下げた。


「……メアリ姉さん、改めて鈴蘭先輩の事、よろしくお願いします」

「よろしくお願いするッス!」

 リラに続いて鈴蘭も深々と頭を下げたのを見て、メアリは少し慌てたように「二人共、頭を上げてくれ」と言う。


「こちらこそ、これからよろしく頼むよ」

 メアリの言葉に頷いた鈴蘭は、チラッとリラの横顔を盗み見た。悲しみが宿りながらも、凛とした彼女の表情に鈴蘭はドキリと胸が高鳴り、出会った頃を思い出す。

 どこか寂しげな美しい横顔に、一目惚れしたあの瞬間の事を。






 その日の夜、リラは夢を見た。鈴蘭と初めて出会った日の夢を。


 ――リラは年上の許婚いいなずけと出会ったばかりの頃は、彼の事が好きではなかった。けれども、許婚を好きになろうと思い、相手の良いところを一つ、また一つと知り、徐々に想いを寄せていく。それなのに、中学生になって間もない頃、許婚には恋人がいる事を知り、リラは酷くショックを受けた。


 学校の帰り道、他校に通う許婚が、知らない女の子と仲睦まじく歩いているのを偶然、目撃する。リラの存在に気がついた許婚は、隣にいる女の子を恋人だと、はっきり口にした。そして、リラの事はただの幼馴染だと、恋人女の子に紹介する。

 二人と別れた後、許婚から『彼女の事は誰にも言うな』とだけメールが送られてきて、リラは『分かっています』としか返せなかった。


 リラはあてもなく、とぼとぼと歩く。雨が降り出してもお構いなしに、ただ歩き続けた。恋愛感情など下らない。必要ない。そう自分に言い聞かせながら。


「あの……大丈夫ッスか?」

 不意に声をかけられ、反射的に振り向く。すると、そこには可愛らしい少女が立っていた。リラと同じ学校のセーラー服を身に纏ったその少女は――中学時代の鈴蘭だ。

 鈴蘭は少し背伸びして、リラの方に傘を傾け、もう一度「大丈夫ッスか?」と問いかける。


「……放っておいて下さい」

 それだけ言って立ち去ろうとするリラの手を掴み、鈴蘭は心配そうな瞳を向ける。

「あの、迷惑かもしれないッスけど……泣いてる子を放ってはおけないッスよ」

 鈴蘭の言葉で、自分が泣いている事に気がついたリラは、袖で涙を拭う。どれだけ拭っても次々、溢れ出る涙に戸惑っているリラへ、鈴蘭はハンカチを差し出す。リラがそれを受け取らずにいると、彼女の目元を鈴蘭が優しく拭う。


 ずっとリラの方に傘を傾けていた所為で、鈴蘭も雨に濡れてしまい、少し寒そうに震えている。それに気がついたリラは「ごめんなさい」と謝った。

「どうして謝るんスか?」

「だって……私の所為で、貴方も雨に濡れてしまって……迷惑をかけてしまったから……」

 リラの言葉に一瞬、目を丸くした鈴蘭はすぐにニコッと笑い、元気よくこう言った。

「このくらい、別に大丈夫ッスよ!」






 ――目を覚ましたリラは、隣で眠る鈴蘭を静かに見つめる。あまりにも生前と変わらぬ穏やかな寝姿に、死んでリべディストとなって蘇ったのも、夢だったのではないかと一瞬、錯覚した。しかし、鈴蘭の全身に絡みつく、頭部から生えた蔦が、リラに現実を突きつける。


 ——もし、許されるのなら……リラちゃんとこうやって、ずっと一緒にいたいッス。


 眠る直前に鈴蘭が呟いた言葉を思い出し、リラは胸が苦しくなった。彼女は鈴蘭を死なせ、リべディストにしてしまった事に、責任を感じている。それ故、リラの中で芽生え始めていた鈴蘭に対する感情を、彼女が死した瞬間に自覚しても、無視し続けた。


「……鈴蘭先輩が望むなら、私はずっと貴方の傍にいます。最期の時まで、永遠に」


 ――例え、理性を失った鈴蘭先輩に喰べられてしまう未来が待っていたとしても。私は貴方の傍を離れない。


 鈴蘭の事を愛しているが故に決意したその想いすら、責任感からくるものだと思い込み、リラは自分の本当の想いに蓋をした。

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愛欲獣-リべディスト-【Case.3】 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

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