第29話 フラッシュバック
そんな時だった。
1通の手紙が届いた。
それは、言ってしまえば彼女の結婚式の招待状だった。
その招待状にはいかにも結婚式の招待状らしく"参加・不参加のどちらかを◯して返信ください"といった文面が書かれており、その印字された字体で不特定多数に向けて送られたものだと容易に解釈できた。
俺はそれにどこか虚しさを覚えたが、その感情は持っていてはいけないものだとすぐに振り払って捨てた。
俺は友人として彼女の晴れ舞台を笑顔で祝福しなければならないのだ。
――そう思えば思うほどさらに空虚に思えてきたので、俺は何も考えないよう徹した。
・・・。
俺は時たま3年前のあの日――俺が彼女に内緒で地元に帰り、彼女の仕事終わりを待ち伏せし、彼女が懐かしいと言う道の上で交わしたあの出来事を、フラッシュバックすることがあった。
それは自分の意思ではどうにもならない偶発的なもので、何かのタイミングで起きたり、また似た光景や出来事があるとふとあの頃にまで戻された。
まさに今日がその日だった。
あの時俺は、彼女の友達でいてほしいという願いを聞き入れ、俺自身の想いに蓋をした。
その道を選択した時の、彼女の笑顔が時たまフラッシュバックするのだ。
"――小林くんは、これからも私のかけがえのない友達だよ"
目の周りを真っ赤にして微笑みながらそう言った彼女の笑顔。
俺は当時、彼女を再び笑顔にすることができて「ああ、良かったな」と心底嬉しく感じたし、自分の選択は間違っていなかったんだと思った。
そして、何よりも友達のままいられることに俺自身が救われた。
それは間違いなかったと思う。
でも、その時の彼女の笑顔を思い出す度に、俺はなんとも言えない気持ちになった。
うまく表現できないが、"友達"というただの都合の良い綺麗な言葉を並べられているように感じた。
"あなたは私の一番じゃないけれど、私の友人としてこれからも仲良くしてね"と言われているような気がした。
いや、それ自体に何もおかしいところなんてない。
そんなことは端からわかっている。
――でも、結局のところ、俺は選ばれなかったのだ。
”昔、私も好きだったよ"とか"ずっと友達でいたかった"とか言われても、結局俺は彼女の一番になれなかったのだ。
そう思うと、あの時の彼女の笑顔も――"私にとって大切な友達だよ"という言葉も全て嘘に思えてくる。
だって、俺のことがそんなに大切なら、なんで彼氏を振って俺を選んでくれなかったんだ?
あの時、"大切にする"と"大切にしない"のどちらかしか彼女は選べなかったとしたら、俺は"大切にしない"を突きつけられた側なのだ。
そういえば、あの時の彼女は寸前まで泣きじゃくっていたのに、俺が"もうしない"と誓った瞬間すぐ笑顔に戻っていたな。
もしかしたら、本当に全部演技だったのかもしれない。
あんなにすぐ泣き止んで笑顔に戻るなんて普通すぐにはできないよな?
そもそも、あんな醜い俺の姿を知って、彼女はほんとうに俺と友達でいたいと思っていたのだろうか?
そういえば、あの時俺から逃げようとしていたじゃないか?
本当に友達でいたいのなら、そんな真似、普通しないよな?
実は最初から俺のことなんか全然好きじゃなくて、ちょうどいい暇つぶしの遊び相手程度にしか思ってなかったんじゃないだろうか?
それが、あんな面倒事になってしまったから、彼女は"友達"という綺麗な言葉で俺をその場だけ納得させて収拾つかせて、とっとと俺から離れて彼氏の元へ戻って、彼氏に俺の痛い行動の数々を話して笑おうとしていたんじゃないか?
そうにちがいない――だから、"私には彼氏がいるから"って自分が安置にいることを理解ってるから、だから俺の気も知らずにあの時易々とメールをくれたんだ。
――やっぱり、まんまと俺は彼女に騙されてたんだ。
「くそ女!! ビッチが!!」
だから俺は溢れる想いを叫んだ。
こんなくそな世界は滅んでしまえばいい!! みんな死んじゃえ!!
結婚式なんて絶対行くもんか!! ぶっ壊してやる!! 何もかも全部!!
「あははははははははっ!!!!!!!」
俺は、気付いたら涙を流しながらヒトリ孤独に部屋で泣いていた。
やっぱり、彼女の友達であり続けるのは無理だったんだ。
一番ではない、友達関係なんてただの欺瞞だ。
やっぱりあの時意志を貫いて、その結果嫌われてしまえば良かったのだ。
それで彼女を悲しませて、苦渋に思いっきり顔を歪ませてやれば良かったのだ。
そしたら今、俺が代わりにこんなにも苦しい思いをせずに済んだんだ。
ピコン――
メールの受信した音が聞こえた。
彼女『結婚式の招待状、そろそろ届いたかな? 小林くん、来れそう?』
彼女『小林くんには絶対に来てもらいたいの! 小林くんは、私の大切な友達だから。来てくれるよね?』
「――うああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
気が狂いそうだった。
いや、もうおかしくなってる??
やっぱりお前は最低な糞女だろ?
俺が悲鳴をあげる姿を見て、ほくそ笑んでるんだろ!!
もう嫌だ。
全部なかったことにしよう。
彼女のことも、昔好きだったことも、あの時の誓いも、全てなかったんだ。
・・・。
俺はその日、泣くことに疲れ切ったのか気付いたら床の上で眠っていた。
朝起きると昨日の感情の昂りが嘘のように収まっているのも、もう何回も経験していたので今更驚くこともなかった。
――久しぶりに訪れた嫌悪感だった。
何もかもが信じられなくなり、何が正しいのかわからなくなる。
守りたいと思った彼女の笑顔も欺瞞に満ちて歪んだものに見える。
でも、それも一晩眠りについてしまえばだいぶ冷静になれることを俺はすでに知っていた。
俺『おはよう。招待状来てたよ! ありがとう』
俺は、朝起きて早々に彼女にメールを返信した。
俺『結婚式、行くよ』
行かないという選択肢は端から考えを持っていなかった。
本当のことを言うと絶対に行きたくはないのだが、でも不参加を伝えたら間違いなく彼女が悲しむ。
どんなに本心が嫌でも、彼女が「来てほしい」と言ったらイイコちゃんになって断れなくなってしまうのが俺だった。
そもそも、こんなに普段メールのやり取りをしているのに結婚式は不参加ってどう考えても不自然だ。
いや、この際不自然でも何でも不参加でいいじゃないかと反論する自分もいたが、彼女を不安にさせないためにも俺にはやっぱり"行かない"という選択肢はないのだと思った。
結局のところ、なんだかんだで俺は彼女の悲しむ顔が見たくないだけなのかもしれない。
でも、そうすることに一つだけ意味があった。
俺『――絶対行くから、その前に最後に一度だけ会えないかな?』
俺は、彼女にそうメールを送った。
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