第22話 過去と今

「この道、懐かしくない?」

前を歩くその子は、正面を向いたまま俺にそう話しかける。


「どうして?」

その子の問い掛けに対し、俺はそう答える。


「そっか、小林くん、高校の時、全然逆方向だったんだっけ」


「ああ、うん。俺はもっとあっちの方に住んでたよ」

と言いながら、俺は実家のある方向を指差す。

その子はその方向にチラリと目をやると、「じゃあ私たち、高校の時付き合ってたら大変だったね」と今度は視線を地面に戻してそう呟いた。

俺は、その子のその発言の真意がわからなかったが、その発言の意味があるのかないのかもわからないまま「そんなことないよ」とその子の考えを否定した。


「私ね? 小林くんと連絡取り合うようになってから、小林くんのこと考えるのが増えたんだよ?」

その子はそう言うと、続けて次のように話した。

「今だってそう――いつも登下校で歩いてたこの道を、小林くんと高校の頃付き合ってたら毎日一緒に歩いてたのかな、とか」

「今はなくなっちゃったけど、あそこにあったクレープ屋でクレープ食べたりしたのかな、とか」

「高校の頃もね、おんなじようなこと考えてたんだ――」

「小林くんと高校の時付き合えてたら帰りにタワレコ寄って、お互いの好きな音楽とか教え合ったりとか」

「小林くんのライブを観に行ったりとか」

「いろんなこと、考えてたなあ――」


辺りは日も落ち、暗くなっていた為、その子の表情は見えなかったけれど、どこか悲しんでいる雰囲気は伝わってきた。

その子がそのように話してくれたことは、俺がその子としたかったこと、これからその子としたいこととイコールだった。


「――これからしていこうよ。ライブはもう難しいかもしれないけれど、それ以外だったらこれからだってできるよ」

だから俺は、その子に”まだ間に合うよ、これからしていこうよ"と慰めるつもりでそう伝えた。

だって、その子がすごく悲しんでいるように見えたから――そうするのが正解だと思った。


その瞬間だった。

その子は立ち止まって、今日初めて俺の方へ振り返って、呟いた。



「――もう、遅いんだよ」

「なんで――、高校の時にそう言ってくれなかったの?」



それは、溜め込んだ水が一気に流れ落ちるかのような勢いだった。

俺とその子の間にしばらく沈黙が生じた。


今考えると、彼女がそう言った気持ちは何となくだがわかる。

5年も昔のことだったのだから。

過去に追いやっていたことが再び"今"になって急浮上しているのだ。

彼女にとっては、その時の俺は"過去"であり"思い出"のひとつにすぎないのだ。

でも、この時の俺はそんな風に考えることはできなかった。


「・・・言えるわけないよ。俺は高校生の時、◯◯さんと向き合うことがどうしようもなく怖かったんだから」

「そのことをすごく後悔してたんだ・・・。自分勝手なのはわかってるけど、やり直したかったんだよ――5年前を」

「ほんとに俺が至らないばかりに迷惑かけてごめん・・・。でも俺、ほんとに今でも◯◯さんのこと大好きなんだ・・・。今の彼氏さんよりも好きな気持ちは絶対負けてない。俺、◯◯さんのこと絶対幸せにしてみせるよ! だからさ――」


俺はこの時、まだチャンスがあると思っていた。

というよりも、諦めるという考えが持てなかった。

だから、彼女がおそらく抱いているであろう彼氏への不満を信じるしかなかった。

俺と再会してからの数ヶ月を信じるしかなかった。

でも、それは彼女に伝わることはなく――



「どうして、今になってそんなことが平気で言えるの!?」

「小林くんってさ、いっつも自分の都合のいいように物事考えてるよね!」

「"彼氏と別れて、俺と付き合おうよ"ってさ――私が今の彼を振る辛さとか、何にも考えてくれてないよね!!」



その子が懐かしいと感じる道の上で、ただただ悲痛な声が響いた。


「――っ!!」

俺は、その子の慟哭に言葉を失った。

そんなことない。

ちゃんと考えていたよ。

――なんて言えなかった。



「こんなことになるくらいだったら――」

「小林くんと他人のままだった方が、ずっとずっと良かったよ!!」

「高校の頃の、”声かけてもらえないな”とか、"返事もらえないな"とか、"嫌われてるのかな"とか、"私も声かける勇気がなかったな"とか――そういう淡い青春の思い出の1ページのまま取っておきたかったよ!!」



その子は、泣きながら怒っていた。


「――ごめんなさい。"ご飯でも行こっか"って私から誘っちゃったけど、やっぱり行くのやめるね・・・?」

その子は深々と頭を下げながら言った。

そのせいで表情が見えなかったから、俺はまたもやその子の真意を汲めなかった。

数秒程その状態が続いた後、その子は勢いよく顔を上げ、少しだけ微笑みながら――


「最後に一つだけ、伝えとくね――」

「もう黙っていきなり職場に来たりしないでね・・・? 小林くんは、私の彼氏じゃないんだから」


そう、告げた。

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