第10話 秒速5センチメートル

それから、ただただ必死に生きる日々を送った。

半年程経った頃には、自殺を考えていた時とは比べ物にならないくらいいろんなことをやれるようになっていた。

自分の生活費や学費のために少し大変だったが時給の高いケータイショップ店員としてバイトしたり、就活もそのバイトで自信や接客でのコミュニケーション能力がついたのか夏に入る前には決まっていた。


そんな時だった――それはたしか秋が冬に移り変わりそうな季節の境目の頃だったと思う。

テレビでたまたま新海誠監督の『秒速5センチメートル』が放映されるということで、それを久しぶりに視る出来事があった。

『秒速5センチメートル』は文字にすると長いので以下"秒速"に略して話すが、秒速は高校生の頃に初めて出逢い、DVD、サントラ、文庫本を買うくらいにはハマった作品である。

そんな秒速がテレビで放映されるというので、久しぶりだったということもあり、期待して俺はテレビの前に座った。

第1話『桜花抄』から始まり、第2話『コスモナウト』と続いて、第3話『One more time, One more chance』で終わる3部構成のアニメ映画だ。


第1話『桜花抄』は、主人公の遠野貴樹とヒロインの篠原明里がまだ小学生だった時の話を描いたものである。

二人は同じクラスで同じような趣味や思考を持っていて仲の良い友達だった。

しかし、明里が親の都合で転校を余儀なくされ、二人は離ればなれになってしまう。

貴樹は小学校高学年の時、小学生にしては結構な距離のある電車で数時間かかる離れた地へ、明里に逢いに行くために出かける。

その日は大雪が降っていて電車が止まり、明里に渡そうと用意していた手紙も突風で紛失し、貴樹は散々な目に遭う。

貴樹はそんな状況でも明里のことを第一に心配し、こんな吹雪なんだからと明里が家に帰ってくれていることを願う。

貴樹は数時間に及ぶ電車の立ち往生の末、目的地の駅へ着いた。

もうさすがにいないだろうという気持ちと、待っていてくれたら嬉しい気持ちの矛盾した2つの気持ちを抱えながら、貴樹は改札口の向こうを覗くと明里がいた。

二人は隠しきれない喜びを胸に、明里が作ってきてくれたお弁当を一緒に食べた。

この時の二人はお互いがお互いを第一に思い、ようやくその想いが実を結んだシーンである。

その後、二人は深夜の雪道を歩き、大きな桜の樹の下でお互いが自然と惹かれ合いキスを交わす。

貴樹はこの時、おそらく久しぶりに逢えた嬉しさや感動、そして自分の中の明里の存在の大きさを実感したのだと思う。

それはおそらく明里も同じだった。

ただ、このキスを境に二人は反対方向へ歩き出したように俺は感じた。

貴樹は、明里とキスをしたことで明里の大切さ、自分の中での明里の存在の大きさを知る。

おそらくこの時の貴樹は、どんなに距離が離れていてもまた逢える、大人になったら絶対逢いに行くからと思っていたのではないだろうか?

だからこのキスは"誓いのキス"だったように俺は感じた。

一方で明里も、貴樹と同じように貴樹のことをとても大切な存在だと思っていた。

でも、親の都合で貴樹とは離ればなれになり頻繁に逢うにしては遠すぎる距離、そして今日だって雪害で逢おうとしてもそれが叶わない困難さを感じた。

明里はそういうのに直面して、現実的に貴樹とやっていくのは困難であることを薄っすらと子供ながら感じていて、貴樹としたキスは"思い出"という側面が強かったように感じる。

"貴樹くんは絶対大丈夫だから"――この先何があっても大丈夫だから、と。

その後、高校生になった貴樹も親の都合で種子島へ引っ越すことになり、さらに明里との間に隔たる壁が大きくなる。


第2話『コスモナウト』の頃には、貴樹は明里との間にそびえ立つ巨大な人生が、茫漠とした時間があることを少年ながら理解したのだろうか。

高校生にしてはやけに大人びていて、落ち着いたように映る。

それは見方を変えれば、どこか冷めていて達観したように見えた。

貴樹は、引っ越した先の学校で澄田花苗という少女と仲良くなる。

そして花苗は転校生としてやってきた貴樹に恋をするのだが、もっと親密になろうと貴樹に告白をしようとした瞬間、貴樹の心はここにはないことに気づいてしまう。

『コスモナウト』は、貴樹が東京――明里に未練があって、現実的には明里と逢うことの困難さを理解しながらも未だその夢を捨て切れていないのを表現したストーリーとなっている。


その貴樹の未練は第三話『One more time, One more chance』で、現実と理想の歪みとなって貴樹を苦しめることになる。

"明里と東京で一緒になる"という夢は、貴樹自身も叶うことのないものだとなんとなく理解しながら、貴樹は生まれ育った東京の地で新しい彼女に本気になることもできず、仕事を頑張った先の目標も見失い、仕事もやめてしまう。

貴樹はここで”弾力性を失う"という言葉を使い、自身を表現した。

ビールの空き缶とタバコが散乱した汚い部屋から貴樹は散歩に出ると、コンビニで山崎まさよしの『One more time, One more chance』がBGMで流れているのを耳にする。

それを聴きながら貴樹は踏切を渡る。

その時、反対側を通り過ぎたのが明里に似た女性で、貴樹はその女性が明里かどうかを確かめようと電車が走り終わるまで待つ――しかし、明里に似た女性は結局そこに待っていてはくれなかった。

貴樹は、それを確認するとうっすらと微笑み、そこで秒速の話は幕を閉じる。

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