第4話

「貴方といると、話は尽きないが、用件も済まさないとね」


話題は多岐に渡った。

例えば、近々タクル神聖国で着工する聖堂の話。

そもそもタクル神聖国におもねっておこうということで始まった話だった。


しかし気が付けばタクル神聖国の権威の象徴たる、大聖堂より気持ち程度小さいが、大聖堂よりかなり手が込み、大聖堂とは比べるのもバカらしいほど大量の貴金属、宝石を用いた設計になった。

しかも、大聖堂のほんの3ブロックほど隣に建てる。

設計は、仲の良い建築家・ミルコ氏。

ミルコ氏がドワーフの建築技術を取り入れて作るという、それだけで歴史的な建造物になることが決まっている聖堂だ。

しかも聖堂の名前が『アクト・フィディラ聖堂』。

表向きには大昔の聖人・フィディラを冠した聖堂。

ただ直訳すると『アクトが灯す聖堂』

反対一票で可決された。


タクル神聖国へのちょっとしたおもねりのはずだったんだが、なぜか壮大な話になってしまった。

想像出来るとおり、おもねりのつもりが挑発になってちょっとボヤ騒ぎになった。

まあ、うちの救急隊が出動してボヤはすぐ消火されたが。


一昨年から着工しているアエズ大河にかける橋も順調だ。

大鬼族と、魚人族、天使族による、空前絶後の大橋。『イズエネタ・ル・ベルフェゴル大橋』という名前に決まった。

『ベルフェゴル様を讃えよ』という意味らしい。

反対一票で可決された。


名前はともかく無事、架かれば、東部の物流は激変する。

特にアケドニア地方で取れるブライト麦が大陸中央に流れ込むようになれば、ハルケノ帝国の力は随分弱まる。

アイツらやかましいから待ち遠しい。


技術的にも、資金的にも問題なく順調で、後3年程で出来上がるという見込みだ。

不安なのは人災だが、ここに横槍が入れられるほどの権力があるヤツは限られてるから手は回してある。


他にもドワーフの造酒技術から着想を得た、痛み止めや麻酔薬。


エルフの製薬技術を活かした、携帯食に、非常食。


土魔法と水魔法だけに特化したステ振りが出来るからこそ可能になっている井戸掘りや、用水路敷設。


荒くれ者を集めて、見世物にすると同時に、実力者の公開スカウト場にしている闘技場。


俺はちょこちょこと事業を抱えているので話題には事欠かない。


エリーゼも話を引き出すのが上手いので、喋り出すと時間などいくらでも過ぎていく。

大体俺が動くと奴隷が動くから、エリーゼとしても集めたい情報は多い。


「そうだな。契約を済ましちまおう。マルクに怒られる」

今日の目的は、元祖ポコポコ便の従業員の増加だ。


「今日は10人だ」

「はいよ」

本当であれば10倍はいてもいいのだが、仕方ない。

質のいい奴隷というのは数が少ない。


エリーゼは小さな鈴を鳴らして、使用人を呼びつける。

直ぐに現れた品のいい老爺に耳打ちすれば、歳を感じさせない機敏な動きで、部屋を出ていく。


「あの坊やにもう少し手加減してくれって言っといておくれ。条件が厳しすぎる」

そう言って笑うエリーゼ。


「俺が手加減して欲しいぐらいだよ」

返して2人で笑い合う。


ノックの音とともに、10人の男女が連れて来られる。

男7人に女3人。


「説明するよ」

エリーゼが1人ずつ説明を始める。

エリーゼ自ら説明することはそうないそうだ。

この妖怪からもそれなりに大事にされていると思えば気分がいい。


奴隷には種類がある話はした。

もう1つ、奴隷にはランクがある。


これといった特技のない2級奴隷。

読み書き計算や、魔法ら剣技など何かしら特技のある1級奴隷。

そして、1級奴隷の中でも、更に、将来性のある若い人を特級奴隷という。


2級の下には身体欠損などがある3級奴隷もいるが、エリーゼは扱っていない。


俺が買うのは、大体特級奴隷だ。

パワーレベリングはするのだが、それでも地力が高い方が話が早い。


そして、多くの奴隷を育てて来て分かったのだが、成長の仕方には残念ながら才能がある。


器と呼んでもいいかも知れない。


器が小さいと、すぐにレベルも頭打ちになってしまう。


それでもそこそこはやれるのだが、そこそこよりしっかりやってくれる方がいい。


そして、特級奴隷はこの器が大きなヤツが多い。

なので、俺のような使い方をする場合、多少、いやかなり高いが、特級奴隷を買い求める方がリターンが大きい。


今回、紹介された10人も特級奴隷だ。


段々と要求が上がっており、特級奴隷の中でも、かなり質の高い人しか紹介されない。


10人の中で、目を引くのは、1人の女性。

頭の上に、垂れた大きな犬耳がくっついている。


可愛いし胸がムネムネしている。

全体的にムチムチしている。


拳闘術と杖術の使い手らしい。

意外と武闘派だ。

まあ、犬の獣人は大体武闘派か。


俺の視線に気付き、睨み付けようとして、パッと下を見た。


俺の背後から殺気が噴き出しているのが理由だろう。

後ろは見ずに手を振って止めさせる。


睨まれたから、殺しにかかるとかやめなさい。

怖いから。


そして、心配ない。

君達はマルクの下に付く。

どこに行くかは知らないが、俺が手を出すことはない。

多分。


「こんな所だよ」

「ああ、ありがとう」

「問題はないかい?」

「ああ、大丈夫だ。あっても誰かがどうにかする」

いつものやり取りに2人でケラケラ笑い合う。


「じゃあ、契約だ」

言うと、契約の書かれた書類が10枚出てくる。


俺の奴隷となること。

反論は許されること、あれやこれや。


いつも通りの内容だが、念の為、10枚全てを確認する。


「問題ない。進めてくれ」

エリーゼは一つ頷くと、1人ずつ魔術で縛っていく。


エリーゼ自ら契約魔法を使う客というのもひと握りらしい。


10人全員と契約を結ぶのに1時間ほど。

10人は全員、俺を睨んでいる。


今ではネジが飛んで行ったエルフ4姉妹も、初めて会った時は、歯を剥き出しにして敵意を露わにしていた。


『貴方が私の体を縛ろうとも、心は決して縛れないと知りなさい!この恥知らずのヒトデナシが!』と唾を吐きかけて来たのは、ミミだった。

まあ、確かにミミの心はフリーダムだが。


『慰みものにされる』と契約と同時にワンワン泣いたのはリエルだった。

貴重品をしまう部屋を掃除する使用人が欲しかったんであって手を出すつもりがあったわけではなかったんだが。

結果的にはガッツリ出したんだけど。


いや、あれはリエルから誘って来たというか……いや、どっちでもいいんだけど。


思い出はいいとして。

当たり前だが、全員、当初は自分が奴隷に身を落としたことに悔しさとか恥ずかしさとかを感じていたのだ。


なぜ、みんなああなったのだろうか?


責任問題はともかく。

『自分を買い戻してやる!』という強い意志は成長に繋がるので、反骨心は大歓迎だ。


奴隷であることを受け入れてしまうと、なかなか成長しない。


積極的にアピールするようになると、それ以上の勢いで成長するんだけど。


「他も見ていくかい?」

エリーゼが問う。

「面白いのがいるのか?」

「上等なのは、さっきので全部さ」

肩を竦められた。



☆☆☆



「こっちだよ」

女主人自ら、奴隷の部屋を案内する。

侯爵の当主に『私が出るほどじゃない』と言い放って、一悶着あった人物とは思えない。


奴隷の部屋は高い階上にある。

逃げにくいかららしい。


エリーゼが俺を連れて行ったのは、最上階の4階。

廊下を挟んだ両隣に檻が並ぶ。


「1級と特級が混ざってるよ」

清潔にはされているが、飾り気はなく、殺風景だ。


さらに格子の向こうから親の仇とばかりに睨みつけられる。


いかにも古強者といった雰囲気のおじさん。

頭から触角の生えた悪魔族のおじさん。

筋骨隆々で鋭い牙が飛び出した竜人族のお姉さん。


悪くはないが、別に良くもない。

「まあこの子らも悪かないよ。他所なら上等さ」

「そうなんだな」

だろうな、はちょっと悪いので、知らないフリをする。


エリーゼの目を見るにバレてるけど。


「お?」

そんな中、1人の奴隷が目につく。

こういう場所では珍しい初老の人間族の男。

なんとも言えない雰囲気がある。


「彼は?」

「能力は高いよ。さる名家で執事長を勤めていた男さ」

「へえ?」

「主のために借金奴隷に身を落としたお人好しさ。忠義に篤い上に、年寄りだからね。貴方の所みたいな新しい場所にはなかなか馴染まんよ」

「そうか」

パイク爺さんと仲良く出来そうなんだが。

堅いタイプは俺みたいなちゃらんぽらんと付き合うのが苦痛だろうからな。


「忍びねえから、出してやってくれ」

「ん?なんだい?」

エリーゼが振り向く。

「あ? あの人の借金分は俺が払うから出してやってくれって」

「買うのか?」

「いや、要らねえよ。帰りたい場所があるだろ? そこに行ってくれりゃいいさ。別で金貨5枚ほど持たせてやってくれ」

「……聞いたことないね」

「俺がやることだからな」

「……そう言われりゃそうだけど」

「要る分は回しといてくれ」

爺さんは何を言ってるのか分からないって顔で呆然としている。


「だ、そうだよ。ツイてるね、アンタ」

肩を竦めて話を終わらせたエリーゼがあごをしゃくる。すると鍵を持った可愛い顔の少年が、爺さんの入った檻を開ける。


戸惑ったまま檻から連れ出される爺さん。

「ミリア、下に連れて行きな。証文だけでいい。ほれ、さっさと行きな」

肩を押された少年と、秘書っぽいお姉さんがよく分かってない顔のまま、それでも言われた通り爺さんを連れ出す。


爺さんも何が起こってるのか分からないって顔のまま、引っ張られるままに階下に消えた。

「貴方も大概だね」

「今更か?」

軽口を叩き合ったその時だった。

フロアが揺れる程の大騒ぎになったのは。


「俺も出してくれ!」

「私もだ!」

「頼むよ、おい!!」


格子を掴んで、噛み付かんばかりの奴隷達。

「人のだからな、手は出すなよ」

ナツとフユを止める。

2人は渋々と柄から手を離した。

ワーワーと大喧騒が湧き起こり、一つずつの声は聞き取れなくなる。


「どうするんだい?」

ニヤニヤと楽しそうなエリーゼ。

「どうって別にどうもしねえよ。俺は別に要らんし、わざわざ出してやるギリもねえ」

あの爺さんがたまたま気に入っただけで、用のない奴隷に金を払う価値はない。

そんな金があるなら、皆に服の一つでも買う方がいい。


「やかましくていてらんねえから、降りようぜ」

「最もだ」

エリーゼも耳を塞ぎながら頷く。


階段に向かう俺たちに、なぜか罵詈雑言と思しき大音声が浴びせられる。

無視して、歩く。


「ここから出して!」

その中、聞き覚えのある声がした気がした。

「ん?」

「お願い! 何でもするから!」

やはり聞き覚えのある声。

キョロキョロと見渡す。


そこで1人の奴隷に目が止まる。

白い肌に赤い髪の女。

目を引くのは顔の半分を覆う火傷のような跡。


「なんだい?」

女の顔と声が何か引っかかる。

「いや、あの子……」

「気に入ったのかい?」

「いや、見た事あるような気が……」


記憶の片隅に引っかかった、なんとも言えない不快感。

知らないではなく、忘れてるような感覚。

しかし、記憶にはない。

「名前は?」

「なんだったかね? アユース、とかなんとか」

「アユース?」

アユ…アユ?

「アユース? 違うな、アル? なんだ?」

アル?

アミュ?

アミューズ?

違う。


「アリュール! アリュール・グレイノットよ!」

「アリュール?」

喧騒の中、聞き取れた名前。

――パチリ――

何かがハマった音がした。


「アリュール! アリュール・グレイノット!?」

「知り合いかい?」

「いや、知り合いじゃねえが、知ってる」

「なんだそりゃ?」


アリュール・グレイノット。

『ディフォーチ』の中のヒロインの1人だ。

ディフォーチの中では火傷はしておらず、顔が綺麗すぎることと、胸が大き過ぎることにコンプレックスがあるというめんどくさいキャラだった。


確かにこれはデカイ。

スイカを超えてビーチボールみたいだ。


「アンタ、こんなとこで何やってんの!?」

前世の記憶が蘇って15年。

まさか、探したことすらないヒロインと出くわしたことに素っ頓狂な声が上がった。


しかも、こんな所で。


「助けて! 出ないと!」

アリュールは必死だ。

そりゃ、そうだろう。


「やっぱり知り合いかい?」

「いや、気のせいだ」

しかし、俺は内心バクバク鳴る心臓を無視し、何もないふりをして、喧騒を後にした。



「いいのかい?」

「ああ。いい」

「何なんだい?」

「他人の空似だった。そう。他人の空似だった。そういう事だ」

「まあ、いいけどね」


ゲームでは、アリュールが火傷をしたことも、奴隷に落ちたこともなかった。


明らかにめんどくさいことが起きている。

関わると損をする。

実業家としての勘が警鐘を鳴らしている。


この勘は大切だ。

俺は何も気付かなかった。


必要な奴隷を買い、1人の爺さんを助けた。

昔馴染みと楽しい話をして、護衛をしてくれる美人姉妹にアクセサリーの一つでも買って帰ってやろう。

おお!凄くいい時間だったじゃないか。


そうだ!

帰ったらリエルで遊ぼう。


いやあ、平和って素晴らしい。


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忠誠心溢れるネジぶっ飛び系奴隷のご主人様。「ん?お前どっかで見たことあるぞ?」 石の上にも残念 @asarinosakamushi

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