第3話

俺の右斜め前を歩く細い体の女性。

スラリとしている。

体の線がよく分かるドレス風の鎧。

腰に指した、細身の剣は、陽光を弾いてキラキラと光っている。


尖った耳をしている。

エルフだ。


俺の左後ろを歩くのも姿形がそっくりなエルフ。

エルフの姉妹。

名前はナツとフユ。


前を歩いてるのがお姉さんのナツで、後ろを歩いてるのが妹のフユ。


風刃ふうじん』と呼ばれる凄腕剣士だ。


ゲーム的な強さで言えば、中ボスをソロで倒せるぐらいのステータスがある。


始まりの街では、有名な姉妹で、事実、2人を見掛けた粗暴な荒くれ者達が、そそくさと道を開けている。


この2人を知らないヤツはいても、見間違えるヤツいない。


なぜならその人形が裸足で逃げ出すほど整った顔には、その頬に禍々しい青い刺青が浮かんでいるから。


ナツは右頬、フユは左頬にそれぞれ刺青が入っている。


この刺青は、奴隷の証たる奴隷紋だ。


旅先の奴隷商で『美人エルフだ!』とテンションが上がって買ってしまった姉妹だ。

リエルが凄い顔で睨んでいたのが記憶に新しい。


そんな美人姉妹の顔に奴隷紋なんて刻むはずがなく、見えない内腿に付けていたのだ。

しかし、いつの間にやら顔に移動させていた。


この刺青は魔術的な刺青で、移動は好きに出来る。消せば跡も残らない。

しかし、普通は顔につけたりしない。


普通じゃない犯罪奴隷とかは額に刻まれたりするけど。


ちなみに奴隷にも種類があり、紋の色で分かるようになっている。

犯罪奴隷の紋は黒。

借金奴隷の紋は赤。

そして、生活のために自分の意思で――と言って本当に奴隷になりたいヤツなんざいないが――奴隷という生き方を選んだ自由奴隷の紋は青。


自分で奴隷となったとアピールする、美人姉妹。

もう世間的には狂人だ。


マルクもそうだが、うちには狂気じみたヤツが多い。

しかも、能力が高くなるほど、狂気じみてくる。


見えない所に移動した方がいいんじゃないかな〜?と提案したこともあった。


しかし、姉妹がお互いの奴隷紋を撫で合いながらうっとりしている姿を見た時、俺はこの2人が手遅れになったことを悟った。


もう放置だ。


これも何かのバグだと疑っているが、忠誠心なんてステータスは無いし、妄信なんてバッドステータスもないので、検証は出来ていない。


進むことしばらく、モワッと重い空気が漂って来る。

そして、見えてくるハンセル奴隷商。


景気がいいらしく、どんどん建物が増えている。今も建設途中の建物がある。

景気の原因の一端なのだが。


初めて訪れた時、気の所為だと思っていたが、多分この重い空気は、エリーゼの妖気じゃないかと思う。


ハンセル奴隷商の入口に立つ『屈強』という言葉がピッタリな2人の門番。

初めて見る顔だ。


「よう、エリーゼはいるかい?」

「何ものだ?」

野太い声で聞かれる。

フラフラ歩いて来たからな。

「ああ、すまん。アクトだ。アクト・ベルフェゴル」

懐から家紋を取り出す。


その家紋を眺めた後、手元のメモ帳のようなものをペラペラめくり、2人で確認する。

「はい! お通しするよううかがっております!」

ビシッと背筋を伸ばす2人。


「その前に、持ち物のかくにんを」

「ああ、いいぜ。この2人は、女性だから、相応の扱いを頼む」

手を上げて、無防備を晒す。

その瞬間――

「武器を持ったままマスターに近付くな」

ナツがいつの間に抜いたのか、鋭い切っ先を門番の首筋にピタリと当てている。


ほんの少し踏み込めば、顎の下から、頭までその剣が貫く。


もう1人の門番にもフユの剣が突きつけられている。


「うおい!」

俺の叫び声に、一歩遅れて死にかけたことに気付いた門番が真っ青になる。


「止めろ!」

慌てて止める。

『風吹けば死ぬ』とは、風刃の由来となった瞬速の剣技の評だ。


「ただの安全確認だ。こんなことで殺気立つな」

俺が止めると、わざとらしく音を立てて剣をしまう。


「貴様らが指を動かす間に、私達は貴様らを十度貫ける。肝に銘じておけ」

深いため息が漏れた。



☆☆☆



「はははははは!」

部屋に響く笑い声。

声の主はエリーゼだ。


初めて会った頃と姿が全く変わらない。

話を聞くに、もう60は超えているはずなんだが?


「それなりのを立たせていたが、全くかなわないね」

エリーゼが楽しそうに笑っている。

言うまでもなく、門番恐喝事件のことだ。


「奴隷契約に変な条項を入れてるんじゃないのか?」

ため息混じりに言葉を返す。


「そんなもんないさ。主人への反論すら認める、こんな寛大な奴隷契約は他所にはないよ」

目尻の涙を拭きながら煙管を吹かす。


「作りかけの屋敷は、ドワーフに頼んだのか?」

言ってもムダなので話を変える。

「ああ。誰かのおかげでいい伝手ができたからね」

そう言って、後ろに立つ2人のエルフを見やる。


高い建築技術や道具の作成技術を持つドワーフだが、彼らは偏屈で排他的で、他種族を見下している。


先ず頼むためのルートが無いし、あったとしても、作ってくれ、と頼んだ程度ではまず動かない。


俺はドワーフの造酒技術を手に入れたくて、アチコチ奔走し、結果的に、ドワーフの中でも有力一族であるメヴィ族に協力を漕ぎ着けることができた。


金銭的にも、精神的にも高く付いた。


チラリと後ろを見れば、ナツが恭しく頭を下げる。


その腰には、ばっちり剣を挿したままだ。

「姉も妹も本懐でございます」


誇らしげな声が痛い。

その横でうんうんと大きく頷くフユも大概だ。


「ドワーフの歴史は長いが、エルフの奴隷を手にしたのは古代ドワーフ神話エイシェントドワーフより後の時代では、自分が初めてだ!とメヴィ殿は興奮していたよ」

「うぐっ」

胸が痛い。


この世界のドワーフとエルフは仲が悪い。

ものすごく悪い。


鉱山に生きるドワーフと森林に生きるエルフ、とかなんとか、ドワーフのいつだかの王がエルフのいつだかの女王とどうにかとか話はあるが、簡単に言うと同族嫌悪だと思っている。


どちらも、偏屈で排他的で、他種族を見下しているから。


さて、そんなわけで他種族との交流はほぼない。どちらも山奥に篭ってひっそり暮らしている。

なので、エルフにしてもドワーフにしても見かけることがないし、奴隷となるようなことは先ずない。


俺のテンションが爆上がりして、つい4姉妹……そう4姉妹だ……を買い取ってしまったのも、そんな流れがある。


それはともかく。

見つめ合えば、殺し合いに発展するほど仲が悪いドワーフとエルフには最低限のルールがあった。


それが、相互不可侵。


お互いはお互いを気にしない。

いないものとして振る舞う。


ドワーフとの交渉が難航を極め、俺も半分諦めてたし、ドワーフも大概疲れていた。


その中、メヴィ族の族長・メヴィが最後通告として出した条件が、『エルフを奴隷として差し出せ』というものだった。


ドワーフを主人にエルフに奴隷契約は結べない。

技術的な問題ではなく、そんなことになれば、戦争が始まってしまうから。


しかし、奴隷の貸与であれば成立する。

意味が分からんが、成立するらしい。


『だからお前の持つエルフの奴隷を俺に貸せ、そうすれば協力するのも吝かではない』と言い出したのだ。


そして、こんなものは御破算だ。

お互いそう思った。


ドワーフの元に無抵抗のエルフを差し出すなど、死ぬより酷い目に合わされるに決まってるから。

そんな恐ろしい所に俺の可愛いエルフ4姉妹を差し出したりできようはずかない。


無理筋なのを確認して、喧嘩別れにならないようにそれなりに丁寧に断って終わり、と、なるはずだった。


しかし、ならなかった。


原因は簡単だ。

当のエルフ4姉妹の頭のネジが1人10本ぐらい、全部で40本ぐらいぶっ飛んでたせいだ。


俺の知らぬ間に、4姉妹の長女・ハルと、3女・アキがドワーフの元に奴隷として貸与されることで話が決まっていた。


それはそれは見事な出立式が開かれた時は、頭がクラクラした。


普段、人前で犬の真似をしろ!と命じれば躊躇いなく脱ぐ程の忠誠心を発揮するくせに、こういう時に、止めろ!というと、物凄い勢いで反論してくるから性質が悪い。


一番悪いのは流された俺だが。



俺以外に頭を下げることがなく、俺と妹以外全部見下したような、生粋のエルフ・ハルが、メヴィの前で、泥水の中に膝と頭を付け、『メヴィ様』と呼び、『いかようにもお使い下さいませ』と完全服従の礼を取ったのだ。


メヴィの喜びようは、これまた異常だった。

種族の本能的に、物凄い愉悦を感じるらしい。


大切な大切な奴隷なので、くれぐれも怪我させないように!と強く念を押すことと、10年だけだからな!と期限を切ることしか出来なかった俺の無力を責めてくれ。


味方が誰もいなかったのだ。


こないだ会った時は、素肌に鎖帷子みたいなのを着ただけの半裸みたいな格好で、メヴィの椅子と足置きをさせられていた。


エルフにとって、金属を身に付けることと、素肌を晒すことは発狂するほどの屈辱らしい。


少し話をする機会があった。

やはり相当酷い目に合っていそうなのは感じたが、『マスターへ祈りを捧げる時間は死守しているから問題ない。マスターには感謝しかない』と泣いてお礼を言われた。

問題しかない。


私欲のためにやらかしたのは俺なのだが、誰か俺を救って欲しい。


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