第2話

俺が11歳の頃の話だ。

とりあえず、近場で試せるバグやらなんやら一通り試して、なかなか有効な成果を上げ、取り急ぎすることが無くなったとき、次にやったことが仕事を始めることだった。


噂を聞くに、近い将来、主人公が巻き起こすイベントが嵐のごとく発生するであろうことは分かったが、俺は一介のモブであり、主人公ともヒロイン達とも関わるつもりはなかった。

波乱万丈な冒険は、そういうのが好きな人がやればいいわけだ。


そんなことよりも、ガッツリ稼いで、如何に面白楽しく生きるかが大切だったからだ。


そんなワケで始めたのが、郵便屋だ。

郵便というか伝書鳩屋というか。

それも、鳩じゃなくて、鳩っぽいモンスターを使ったんだが。


モンスターを使う。

そうテイミングだ。


他力本願な俺に相応しい素晴らしい能力だ。

『ディフォーチ』はレベルアップごとにポイントが手に入り、そのポイントを振り分ける事で、様々な能力を得ることができる。


自分の体にステ振りするというのは、なかなか不思議な感覚だった。


それはともかく。


『リンゴ島』から始まり、バグや裏技を駆使して貯めたポイントをパパっと振り分け、テイミングを獲得したのだ。


後は、森に住むサイズはデカいが鳩っぽいモンスター〖ポコポコ〗をテイムして、近隣の街まで手紙を届けるようになった。


この世界、物流が鈍いので、手紙と言えど運ぶのは金が掛かる。


運び屋と呼ばれる屈強なヤツらが手に武器を持ち、モンスターや盗賊を叩き潰しながら運ぶから当然だ。


しかし、俺のポコポコ便はその必要がない。

弱くてもモンスター。

隣町まで飛ぶぐらいどうということはない。


足に手紙を括り付けて、ぴょいっと飛ばせば済む。


識字率も高くないが俺は字が書けるから、代筆屋も兼ねたポコポコ便はなかなか人気を得て、繁盛した。


繁盛した結果、次の問題が出てきた。

『返事が欲しい』という声が大きくなったのだ。


返事が欲しい。

気持ちは分かるが、そう言われても困る。


ポコポコが街に入っても殺されないようにするのも結構な骨だったのだが、返事を持たせるとなると、それどころではない。

向こうの街にも人がいないと成立しない。


しかし、単純に俺と同等、とまでは言わなくとも、テイミングが使え、読み書き計算が出来、小金を持ってる所を襲われても返り討ちに出来る戦闘力を持ち、何より大切なのは、俺の目の届かない場所にいても、ちゃんと指示に従う人材が必要だ。


そんなお人好しがいようはずがない。


というわけで、俺のポコポコ便は、頭打ちになっていた。

儲かってたからそれでも良かったんだが。


しかし、日に日に声は大きくなる。

仕方なくとも、要望の声が大きくなれば、心が痛むのが人情である。


そんな状況のブレイクスルーになったのが、『奴隷』だった。


『ディフォーチ』の中で珍しい要素と言えば、主人公が奴隷を購入出来ることだろう。


世界を救う正義の味方のくせに、奴隷を買って戦力にするのだ。


ゲームの中では、戦力になる奴隷、ヒグやミミみたいなのしか手に入らなかったが、現実ではそれだけなワケはない。


使用人的なのもいるし、会計士的なのもいる。

主人に好き放題されている、いわゆる奴隷らしい奴隷もいる。


奴隷の最大の魅力と言えば、主人に逆らえないことだ。

剣と魔法のファンタジーに相応しく、契約魔法たる怪しげな術で縛られた奴隷は、主人の命令に逆らえない。


更に、ラッキーなことに、奴隷のステ振りは主人が出来る。


ということは、俺のパワーレベリングで問題の半分が解決する。


ポコポコ便で蓄えた小金を持って、俺は奴隷館へと足を運んだ。


13歳の夏の話だ。



☆☆☆



始まりの街〖スタルツ〗。

主人公が生まれた街であり、俺が生まれ育った街でもある。


なぜ『始まり』なのかは諸説あるが、本当のことは分からない。

ただ、将来的には世界を救う英雄を輩出していながら、主人公は15歳で成人するなり出てしまい、そのまま帰ってくることがないので、英雄景気に与れなかった、ちょっと可哀想な街でもある。


そのスタルツの街の東側、元々は怪しいお店が立ち並び、治安が悪かったエリアに俺の本屋敷がある。


新進気鋭の建築家・ミルコ氏に造って貰った自慢の屋敷だ。

高かったのだ。


パッと見、奇抜なところの無い、普通よりかなり大きな屋敷なのだが、業界の人が見ると革新的らしい。

難しいことは分からんが、住みやすいので気に入っている。


「この仕事はなんですか?」

帰って来るなり、カーテンの折り目が曲がっているとか、花瓶に活けられた花の鮮度が悪いとか、準備した使用人を叱り始めたリエルを放っといて、書斎へ向かう。


宥めようとしたジャンは、『日常なら我慢するが、俺が帰ってきた当日に、こんな気が抜けてるのは許せない』と使用人と一緒に説教されていた。

中間管理職は大変だね。



書斎に入り、椅子に腰掛けると、年嵩のご婦人が、ティーセットを持って入って来た。

若い娘さんが多い、俺の身の回りにしては珍しいご婦人で、美人揃いの俺の身の回りにしては珍しい親近感の湧くタイプだ。


「お帰りなさいませ、坊ちゃん」

そして、俺のことを坊ちゃんと呼ぶ、数少ない人の1人だ。


「変わりないかい、マージさん?」

侍従長、マージ・クリフト。

俺の身の回りの世話をする中で、奴隷ではなく、雇用している2人の内の1人だ。


「マルク様が間もなくお越しになります。色々溜まっておられるようですよ」

「マルクがねぇ、アイツうるさいんだよな」

言いながらお茶を一口。

マージさんは、俺が初めて屋敷を買った時に頼んだ使用人で、かれこれ10年近い付き合いになる。


桃のような甘い香りの茶葉・マリッジトアを、少し温めに淹れる。


俺の好みにお茶を淹れる技術は、リエルもまだ遠く及ばない。


茶を飲み、菓子を摘む。

旅行の間にあったことで笑い、結婚しないことをとやかく言われることしばらく、ドアが乱暴にノックされた。



☆☆☆



モワッとした空気。

臭くはないが、淀んでいるように思うのは俺がビビっているせいか。


「ポコポコ屋の若主人様ですね」

迎えられた部屋には、赤い髪を結い上げた、妙に色っぽいお姉さんが座っていた。


組まれた足からチラッと覗くふくらはぎが、白い。


歳は30ちょっとに見えるが、そんなに若いはずがない。

なぜなら、ハンセル奴隷商のトップ、エリーゼ・ハンセルその人なのだから。


「初めてでしょう?」

ふっと笑った流し目だけで、俺は悟った。

『あ、これ、妖怪の類だ』って。


それでも、まともに買い物が出来たのは、エリーゼが見た目に反して公平で清廉な人物だったからで、俺が彼女のお眼鏡にかなったからだった。


彼女との付き合いも長くなったものだ。


「聞いてるんですか!?」

机に広げた本みたいな厚みのある書類をバシバシ叩きながら、唾を飛ばす栗色の髪の青年。


この大陸最大の空輸組織『元祖ポコポコ便』の責任者・マルクだ。


怒っているが、タレ目なマルクは、顔の作りが穏やかなので、別に怖くはない。


彼こそが、俺が初めて買った奴隷。

当時、15歳の頃は背ばっかり高いひょろひょろの少年だったが、今では、高身長のイケメン細マッチョだ。


「聞いてるよ。人が足りないんだろ?」

「聞いてるなら、返事して下さいよ!」

返事を挟む余地もなく怒ってたじゃん?と言うとまた怒られるから言わない。


「でも、それをどうにかするのもお前の裁量だろ?」

「主人がいないと奴隷契約出来ないでしょう!!」

バシィっと机を叩く。


「お前が主人になりゃいいだろ?」

普通、奴隷が奴隷を持つことはない。

自分の体以外、資本がないのが奴隷だから、そりゃそうなんだけど。


マルクには、奴隷を持つ権限を与えているし、そのぐらいの金は渡している。

マルコが買わなくても、元祖ポコポコ便には、必要分の奴隷を増やす程度の余裕はある。


もちろん、それに必要な裁量も渡してある。

それだけの付き合いだし、信頼もしてる。


「別に奴隷じゃなくても普通に雇えばいいし」

「主人に命を預けるという最低限のモラルすらないバカは要りません」

いや、普通はそんな覚悟ガンギマリの人いないと思うよ?とは言ってはいけない。


話が終わらなくなるのだ。


「元祖ポコポコ便で働くのは、奴隷以外認められません。そして、奴隷が奴隷を持つなど、前代未聞です」

「ポコポコ便が前代未聞だし、そもそもお前、いつまで奴隷やってんだよ?」

「死ぬまでですよ!!」

売り言葉に買い言葉みたいに返されるが、内容がおかしい。


大陸中を網羅……というと言い過ぎだが、主要都市の殆どを押さえた郵便システムを持つ元祖ポコポコ便を実質経営しているのは、マルクだ。


名義はあくまで俺だが。


「『オレがのっとって、オマエをどれーにしてこきつかってやるぅ〜!』って叫んでたのになぁ」

「いつの話をしてるんですかぁ!?」

「『ゴブペット』の頃だな。懐かしいなあ」


雑魚モンスター、ゴブリンを集めに集めまくると発生するバグ・『ゴブペット』。


『始まりの森』にある拓けた場所に、ゴブリンを32匹以上、ホブゴブリンを一匹集め、ホブゴブリンを鉄の槍+3で突くと何故か全体ダメージになり、集めたゴブリンズを全滅できるというバグだ。


ゴブリンがカーペットみたいになるから、『ゴブペット』。


この世界、一般人はレベリングにほとんど興味がない。

理由は危ないから。

後、日常生活で上がる程度のレベルがあれば困らないから。


パワーレベリングは、普通の感性からすれば、相当に怖いらしい。


はめ殺し出来るとは言え、森にある広場を埋め尽くすモンスターに1人で立ち向かうんだから、そりゃ怖いだろう。


恐怖に錯乱したときのマルクの発言がアレだった。


「あの頃の私は世間知らずでしたからね」

腕を組んで頷くマルク。

「あの頃の方が健全だったと思うがな」

睨まれた。


「奴隷じゃなくて、雇用でもいいし、それが嫌なら元祖ポコポコ便ごと引き渡してもいいぞ? いつも言ってるけど」

元祖ポコポコ便は俺がカジノで遊んでる間にも資産を増やしてくれるドル箱だが、それでもドル箱の1つでしかない。

他にもドル箱はある。

増やせるし。

「今だって実質、お前が全権持ってて、上手くいってんだから」


「バカバカしい」

ハッと吐き捨てられた。

「私は10年前と変わらず無能でしかありませんよ」


「無能は、ハレシオ群島の代表議会で小国とは言え、国の名代相手に実質的な独立権を認めさせるのか?」

「相手が私より無能でしたから」

ハレシオ群島は、その名の通り、小さな島がいくつも集まった地域だ。

各島に王族やら首長やらがおり、連合国のようにまとまっている。


少し前、元祖ポコポコ便の空輸網にハレシオ群島を組み込もうとした際、この穏やかな顔の辣腕家は、そのどぎつい交渉術で、海千山千の代表を手玉に取り、治外法権並の条件を引き出した。


具体的には、手紙の検閲拒否権、元祖ポコポコ便拠点の視察拒否権、拠点増設時の各種手続きの免除、所属奴隷の自由移動などなど。


やりたい放題だ。

別にやりたいことはないが。


「とにかく、人員の増加です。ハンセル奴隷商には話を通してありますので」

そう言って、1枚の書状を渡される。

中身を読めば、エリーゼへの手紙だった。


要約すれば、今回もいい奴隷をよろしくね、ということだ。


「分かったよ」

頷くと、次はきっちりと封のされた立派な手紙を渡された。

「よろしくお願いいたします」

恭しく頭を下げるマルク。

「ま、エリーゼにも挨拶してくるか」


あの妖怪は、何も変わってないだろうな。


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