忠誠心溢れるネジぶっ飛び系奴隷のご主人様。「ん?お前どっかで見たことあるぞ?」

石の上にも残念

第1話

賑やかな館内には悲鳴と絶叫、そして、歓声が響く。


酒とタバコ、香水の匂い。


煌びやかな燭台が弾く、黄金色の輝き。

欲望の館、カジノ。


「チェックだ」

俺はクールに答え、手元のカードを伏せる。


テーブルを挟んで立つ黒いタキシード的な服装をバシィっと決めたオールバックのお兄さんは、ディーラー。


ここはエンディンというポーカーのようなカードゲームのテーブル。


テーブルに伏せられた8枚のカードから、5枚を使って役を作り、ディーラーの役と勝ち負けを付ける。


8枚のカードは1度に1枚から3枚、トータル2度、交換が可能だ。


出来上がる役にはジャンケンのような関係性があり、絶対に勝てる役が無いというのがこのゲームの魅力だ。


「オープン」

ディーラーが惚れ惚れするような手つきで自分の手札を返す。


リーフばかりで1、3、5、7、9。

「グリーンラダーです」


オーディエンスから『おおっ』と歓声が上がる。

なかなか珍しい役だ。


「ふぅ……手加減してくれよ」

肩をすくめると自分のカードを開く。

ファイヤーの3が2枚に、リーフの1、ウォーターの9、ロックの2。


「ファイヤーのペアだ」

「……」

俺の最弱の役を見て、ディーラーが固まる。


オーディエンスがどよめく。


リーフで作られた役は、ファイヤーで作られた役には勝てない。


「参りました」

すっと頭を下げるディーラー。

「もう1勝負行くかい?」

ハンチングのツバを軽く持ち上げ、目を合わせる。

「ご勘弁を」

ディーラーは初めて人臭い苦笑を浮かべた。

「いいゲームだったな」



倍以上に増えたコインを引き受ければ、すかさず猫耳の男が引き取る。

猫耳男の名前はジャン。

ネコ科の肉食獣よろしく引き締まった体を包む、上等な服。

隙の無い佇まい。

優雅な所作。


俺の直ぐ脇にジャン。

その後ろに3人の同じような服装の男が続く。


「さすがマスターです」

買った直後は反抗的な所があったが、今ではすっかり落ち着いた。


「褒めるな褒めるな」

おだてられれば、喜ぶ。

それが俺だ。


「ジャン、換金しといてくれ。ヒグ、付いて行け」

「はい」

「は」

優雅なお辞儀をしたジャンの後ろに、ひっそりと立ち、小さく頭を動かすのはヒグ。

声は小さいが、身体はデカイ。

縦にも横にも。

しかし、デブじゃない。

全身、鎧みたいなの筋肉の塊。


ヒグはヌボーっとしたデカブツにしか見えないけど、いざという時はこいつほど頼りになるヤツはいない。


「ラウンジで待ってる」

「はい」

「頼むぜ。行くぞ」


後ろに声を掛け、別れた。



☆☆☆



俺の名前は〖アクト〗。

〖アクト・ベルフェゴル〗。

先日23歳になったナイスガイだ。


俺は他の人間と少々違う。

それは記憶だ。

ここがどうやら『ディフォーチ』というアクションギャルRPGの中のようだ、と気付いたのは8歳の時。


主人公でも、ヒロインでもない、聞いたこともないキャラだったが、まあいいのだ。


俺はゲーム知識を活かし、自身の強化と金儲けに奔走した。


結果、22歳にして2000人を超える特級奴隷を持つ若手資産家へと成り上がった。


さすが俺!

頑張った、俺!


「おかえりなさいませ」

宿の入口ではずらりと並んだ6人の美女が迎える。


一般人は門に近付くだけで、逞しいお兄さんがさりげなく遠くへ案内してくれる超高級宿だ。

「おう」

鷹揚に手を挙げて応える。


美女のうちの1人、黒髪を腰まで伸ばした、つり目の大きな女が一歩近付く。

名前はリエル。

「いかがでしたか?」

声は冷たい。

これでもベッドの中じゃ甘えん……おっと睨まれた。


「いつも通りさ。土産がある。ジャン、後で配っとけ」

「はい」

帰り道に買った土産。


カジノでの荒稼ぎ。

俺の趣味だ。


たまにぼろ負けすることもあるが、まぁ大した問題じゃない。


カジノはディフォーチの中にもあったミニゲームコーナーだ。


このカジノで勝つにはそこそこ勝ち筋を知っていることと、圧倒的に運がいいこと。


そう、運だ。


ゲームシステムには運のステータスがある。

クリティカル発生や、ランダム宝箱の中身のランクに影響を与える。


ゲームシステム的には最大値は40。

マックスにしてもクリティカル発生率が+3%とほぼ誤差みたいな補正で、死にステータス……と思われていた。


しかし、ここには抜け道があった。

抜け道ってかバグだけど。


あるバグを使うと、表示は40で止まるが、内部管理値が上限255まで上がることが分かった。

ちなみに255まで上がると、クリティカル発生率は120%。

全攻撃がクリティカルになる。


それどこらか、オーバーした20%が引き起こすバグにより、本来、クリティカルが発生しない魔法にまでクリティカルが発生するようになる。


クリティカルが発生すると、相手の防御力とか属性とかを無視して――正確には無視じゃないんだけど――ダメージが入る。

まぁとりあえず無効になるはずの魔法が通るようになる。


話が逸れるが、ゲーム内には最強NPCがいる。ピエールという男で、全行動が3回攻撃というぶっ壊れ性能を持っている。

イベントで戦うNPCで、いわゆる負けイベだ。


このキャラはクロノスリングという専用アクセサリーを2つ装備している。アクセサリーの効果は攻撃回数を1回増やす。

それが2つなので3回攻撃。


普通は、このアクセサリーは手に入らない。

そう、普通は。


じゃあ普通じゃない方法を使うと?


もちろん、手に入るのだ。


スティールという技がある。

戦闘時に相手の持ち物を盗めるという技だ。

しかし、ピエールにスティールは効かない。


ここでさっきのクリティカル魔法のバグが活きる。

というのも、スティールは一見すると剣術、体術と同じ技のようなのだが、実は魔法だ。


魔法盗賊・フィーネが使う盗賊魔法という魔法なのだ。

なので、スティールをクリティカルでくり出せば、ピエールにスティールが通るようになる。


そして、スティールの成功率は、魔法攻撃力と運ステでバフがかかる。

そう、ここでも限界突破した運が仕事をするのだ。


強制負けイべはどうやってもひっくり返らないが、戦闘中に使ったアイテムは減るし、手に入れたアイテムは残る。


そして嬉しいことにクロノスリングは装備できる。

選んだように主人公と、超火力特化で〖紙装甲爆撃機〗の愛称で親しまれるエドワードだけ。


このバグにより、エドワードのクリティカル殲滅魔法、3連続!が可能になる。

その威力は裏ボスを1ターンで叩き潰す。

最速クリアには必須のバグだ。


まあ普通に遊ぶにはゲームバランスが壊れてつまらなくなるんだけども。

まあ、それはいいとして。


こんな風にディフォーチは、あらゆる場所にバグが潜んだバグゲーだったのだ!

バグがバグを呼び、更なるバグへと繋がる。


バグだらけのくせに、どんなにバグを吐き出してもエラーにならない変態システム。


最終的には、開発チームによる公式のバグwikiが立ち上がったという奇跡のゲーム、それが『ディフォーチ』!


記憶を思い出した俺が『まさかねー』と思いながら試したのもバグ。

ゲーム初期の金策とレベリングに使われるバグ。通称〖リンゴ島〗。


バグ自体はよくあるヤツで、ストレージに入れたアイテム・リンゴが無限に増える。

と言っても、増やしたリンゴを売る訳ではない。

売ってもいいけど、安いから。


ゲーム的には、主人公の家の近くにある湖にリンゴを同時に大量に浮かべる。正確には51個以上。

ちなみに、1つのアイテムの公式な所持上限数は50だ。

うーん、バグ。


すると、そのリンゴを食べに、ホーンディアというモンスターが集まってくる。

51個以上浮かべないと集まらない。

湖にリンゴが島のように浮かぶので『リンゴ島』。


するとバグはバグを呼び、集まったホーンディアの群れがリンゴ目掛けて湖に落ちる。

そして、そのままバットステータスの『溺れ』状態となり、時間経過で死に、経験値とドロップアイテムが手に配る。


上手く行った時は痺れた。

リンゴは増やせなかったが、最初アルバイトしてリンゴ60個を買い集められれば、後は、ボーンディアの素材の販売額で次のリンゴを買い集め、てか、面倒だったからリンゴ農家さんから直で仕入れて、を繰り返した。


リンゴ農家の天敵、ボーンディアの削減も出来て、なかなかいい仕事だった。

レベルも上がったし。


それはともかく。

俺がカジノでバカ強い理由。

それは、俺が鍛え上げだ運のステータスによるのだ。



☆☆☆



高級宿の最上階……言っても3階だけど。

ワンフロアを借り切るスイートルーム。


晩飯の後の酒を飲みつつ、目の前の柔らかな髪を撫でる。


「この後はどうされますか?」

見上げるのは、俺の膝の上に座った小柄なくせに肉感的な肢体を持つ、背中に真っ白な翼が生え、頭に光る輪っかを浮かべた美少女。

天使族で名前をミミ。


猫のように甘えているが、身の丈以上の剣を両手に持って振り回し、敵を殲滅する。

ゴリゴリの前衛アタッカーだ。

その戦いぶりから、ついた2つ名は吸血姫。


ヒグと真正面からやり合えるウチの二大脳筋巨頭の一角だ。


「このままベッドに行くか?」

「あら?いいんですか? 今日はリエル様の日じゃないですか?……ほら?」


ふと見れば、背の高い黒髪の佳人がこちらを睨んでいる。


「えー? じゃあ、リエルとミミを交換しようかな」

「まあ!」

大袈裟に驚いて、くすくす笑うミミ。

おっとイエティすら凍てつきそうな眼力だ。


「あれ? そういえばリエル様、前回もエリスと変わってませんでしたっけ?」

「そうだったっけ?」

2人でニヤニヤとリエルを見返す。


「そうですね! リエル様はご多忙ですからね、今夜はゆっくり休んで頂けば」

「優しいなあ、ミミは」

「えへぇ! 褒めて下さい!」

頭をうりうりと撫でる。

ついでに胸もうりうりと揉む。


「……ミミ……アクト様に……御無礼が無いよう……」

歯と歯の間から、ブリザードのような冷たい声を出すリエル。


「お任せ下さい! リエル様の名代として恥ずかしくないよう、リエル様の分も精一杯可愛がって貰いますから!」

はい!と手を挙げて笑顔で返すミミ。


「で、この後どうするか、って話だったな」

「はい」

「明日と明後日は観光して、明明後日には本屋敷に帰るよ」

「かしこまりました」

全員が綺麗にお辞儀をした。


「アクト様、リエルでお戯れになるのも程々にして頂きたく」

リエルをからかって遊んだ後、1人になった俺にジャンがそっと近付いて、囁いた。


「だって面白いんだ」

「分かりますが…」

分かるらしい。

ああ見えて、リエルはいじられキャラなのだ。


本人は不服そうだが。


「前回も、でしたが、機嫌が悪くなると、途端に仕事が細かくなるのです」

困り顔になるジャン。

「ああ……」

リエルは雰囲気からしてそうだけど、完璧主義だ。


掃除した場所にホコリが残ってるとか許せないし、服にシワがあるとかも嫌う。

そのチェックが、引くほど細かい。


本屋敷ならともかく、旅先とかだと、そこまで求められても無理な場面は多い。

しかし、彼女に言わせればそんなものは甘えなのだ。


ジャンが長い交渉の果て、妥協を覚えて貰ったのだが、機嫌が悪くなると、その辺りが元に戻るらしい。


「前回はエリスが集中砲火を浴びて、半泣きになってました。正論なだけに庇うのが困難です」

「うーん、愛が重いなぁ」

「今回はミミなので心配してませんが」

「ミミだからな」

「少しぐらい気にしろよ!と思う所もありますが」

「ミミだからな」

ミミは四角いテーブルを丸く拭くタイプだ。

いや、実際にはそこまで雑じゃないが。

とかく図太いから心配は要らない。


「とりあえず、程々にお願いしますね」

「明日はリエルを連れ出してやるか」

「我々は?」

「明日? 好きにしていいけど?」

「ありがとうございます。フェルナンド辺りはむくれるかもしれませんが」

「綺麗なお姉さんのいるお店でも連れ出して上げて」

金髪碧眼の美青年、フェルナンド。

大手商会の会頭秘書でも務まる妖精族の才人だが、忠誠心が高すぎてちょっと怖い。


妖精族って本来、1人で好き勝手するのが好きな種族なんだけどね。


「しかし、お前らも変わってるね」

「ん? 何がです?」

耳がピクリと動く。


「俺がお前らの立場なら、とっとと自分を買い戻してるよ」

「冗談でしょう?」

「それぐらいは渡してるつもりだがな?」

「マスターのお傍を離れることが冗談にしても出来が悪い話ですよ。皆、見限られないように必死なんですから」

「だから変わってるって言ってんだよ」

ジャンは肩を竦めた後、一礼して去って行った。


ミミの用意が出来たらしい。


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