第3話

 明治だか、大正だかに文豪たちが、「ここが大変良いよ」とおすすめしたので、国立公園にも定められた湖及び渓流。それからと言うもの、戦前から戦後に至るまで、映画やらドラマやらで、殺人事件が起こりまくりの特異点となっている。何故、殺人事件限定。

「人を殺すなよ、人を…」

 思わず、呟く。実際、人は死にまくりらしい。景勝地というところは、どういう訳か、死にたくなってしまうようで。地面と同じ高さで流れる清流。自然破壊とは何ぞやとつっこみたくなる新緑の暴力、何十もある滝、苔むした岩石から芽生える生命。ただし、人は多い。観光バス、マイカー、遠足の子供たち。写真を撮る人、油絵を描く人も多数。

 昔、万博とかいうお祭りで何か作ったらしい芸術家が作ったこれまた何か。説明されても、「ほう…」としか言いようがなかった。「縄文っぽいね」と石矢いしや君が言うと、実際、縄文時代が大好きな人だったらしい。ふうん。

 歩き疲れたので、ロビーで持ってきた本を読む。顔を上げると、今にも消え入りそうな少女が居た。大きな窓から新緑を眺めても、表情が明るくならない。すると、石矢君が言っていたほうか。どう見ても病人らしいので、呉碧くれあおいの祖父らのコンサートに招待されてきたのかもしれない。一方は、病児のためで、他方はその資金を得るためのものなのだ。まあ、放っておいても良いのだけれど。呉碧の祖父らに、感化されたのかもしれない。少女と目が合ったときに、微笑んだ。少女は、そろりと立ち上がった。

「本は好き?」

 隣に重ねて置いた文庫本を示す。『魍魎の匣』、『押絵と旅する男』、『白夜を旅する人々』。

 少女は、白い表紙の本を選んだ。

「借りてもいいの?」

 私は、頷いた。

「馬車…。昔の話かな」

「そう。でも、この近くのお話だよ。このお話を書いている人が、生まれる日から始まる」

「ええ、自分の…」

 少女は、物語に没入する。これは、希望の話だから。


 そして、私はモダンボーイの装いに身を包んだ。

「何これ…」

「モダンボーイです! 略してモボ!」

「それは、知っている…」

 眉根を寄せる。呉碧は、銘仙など着ている。モダンガールである。石矢君は、書生風。首を傾げる。

「だって、坂木さかき君、服装に無頓着すぎるのだもの…」

 服なんか清潔で着られればいい。年配の家政婦が選んだ服は、浮世離れしていた。散々、私服がダサイとののしられた。結果、まあ、モダンボーイなら似合うのではということに落ち着いた。うきうきして、パナマ帽だの、蝶ネクタイだの、サスペンダーだの、懐中時計など、寄せ集めてくる石矢君と呉碧。そんなもの、どこから集めてくるのやら。

「石矢君、やっぱり可愛い! 後で、写真撮ろうね!」

「ああ、やっぱり、モガって、今風に言ったら、ギャルだものなあ…」

 ギャルでは、風情がない。しかし、心持ち的には、共通するものがあると思われる。

 開演前に、会場にいれてもらった。

 ずらりと並ぶ紳士が四人。カルテットである。

「私の祖父は、誰でしょうか?」

 二人とも、見事に外した。

「ええ、呉さんのおじいさんって、四木しきタロウ…さん、なの?」

 石矢君が、口を手で覆って驚いている。世界的に有名なチェリスト。まあ、当然、私は知らなかったけれど。呉碧がくるりと、カルテットに向き直る。

「私の彼氏は、どっちだ?」

 何故か、全員正解。これが、大人と子供の人生経験の差か。

「だって、碧ちゃんだしねえ…」

和華わかさんの孫で、小華こはるちゃんの娘だしなあ…」

 どんな血筋だよ。ふと、一人と目が合う。

「才能ある男子を見抜く力だよ」

「才能…?」

 才能なんか、本当にあるのだろうか。頭をかく。

「大丈夫。石矢君は、彼と違って、生活力がありそうだから」

 落ち込む石矢君を励ましている。それもどうなのか。

「まあ、とにかく楽しんでいってね」

 四木タロウは、微笑んだ。

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