第4話
「僕の恋人は、随分、可愛らしい人だと思わないかい。
いつになく、上機嫌である。二人で、白砂の湖畔に立つ。海のように、打ち寄せる波。湖上には、観光用フェリー。湖水にせまる山の端。
「何だ、知らなかったの。
こいつ、馬鹿なのかと思われていることだろう。今回の旅の課題図書。『パッチ・アダムスと夢の病院』。
「だってね、色気のある誘い方をしろと言ったら、この本を赤面しながら渡してきたのだよ」
ふっと、息を吐く。
「そう言えば、
含み笑いする。すると、背後から足音が近付く。
「この本、まだ借りていていい?」
「いいよ。あげる。でも、捨てないでね」
少女は、頷いた。
「実は、今の
少女は、月岡の生徒なのだろう。俯いて、唇を噛んでいる。顔を上げて、四木タロウの服の裾を掴む。
「これ、弾いてちょうだい」
腕を伸ばして、『白夜を旅する人々』の下になっていた本を見せる。『いちご同盟』。
「ああ…」
私は、得心した。確かに、コンサート会場でリクエストするには、勇気のいる曲だ。「亡き王女のためのパヴァーヌ」。四木タロウは、ヴァイオリンを取り出す。重い旋律に、夢見るような少女。暗さと明るさが反転する。行ってしまう。私は、いや、我々は理解していた。
「私、フェリーに乗ってくるね!」
少女は、弾むように歩いていった。
馬鹿みたいに立ち尽くす男性陣。
「あの子、きっと…。いいのかな…」
石矢君が、ぽつりと呟く。
「いいさ。お別れは、済ましたから」
くるりと踵を返す四木タロウ。病児のためのコンサート。きっと、今までも、送ってやることがあったはずだ。
「ここが良いのはね、沈んだら浮かび上がらないところだよ。きっと、湖の奥深く、綺麗な蝋燭の身体になることだろうね」
私との出会いが、あの本との出会いが、あの子の救いになってくれたらいいと強く願った。
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