第十空 大鷲と黒薔薇

アルドメレ社『アルドメレ=イロン Mark.Ⅳ』


傑作機との呼び声の高い機体。

メアリーの乗るMark.Ⅴの前身とも言える存在だ。


しかし、その姿は全く違う。


堅実な設計の下に産み出されたスマートな胴体と主翼。

胴体後方へ流れるように設置された排気配管は、各側一本ずつ。



左右の主翼に八.五ミリ機銃が一門ずつ、胴体下部の十八ミリ機関砲が一門。


格闘戦ドッグファイトを想定した旋回性能の良さと十分な武装を両立したのだ。

相手の背後さえ取れれば、圧倒する事も可能な機体なのである。


傑作機たちはメアリーからの助言アドバイスを受けて、その真価を発揮する。

一時圧倒された敵機を、今度は逆に封殺し始めたのだ。


「おお、連中もやるじゃねぇか。」


ヴァンスは友軍機が盛り返してきたのを見て笑う。


そして、何かに気付いて操縦桿を左に倒した。

急角度で乗機が進行方向を変える。


直進していたらそこにいたであろう場所。

その一点を正確に貫く機関砲弾と、真っ黒な何かが下へと通り抜けた。


「残念だったな『黒薔薇』」

「はっ、この位はやってもらわなければ困るよ『大鷲』」


因縁のある相手との大舞台での邂逅かいこう

否、それは事前の筋書き通りだ。


都市側に『大鷲』がいる事は事前に分かっている。

その場所を攻撃すれば、巣を脅かされた鷲は自衛のために飛び掛かってくるだろう。


鷲のかぎ爪を防ぐために『黒薔薇』の棘を用意したのだ。


急降下により高度を下げた黒薔薇テュルスのエレ=シュヴァン。

今度はヴァンスが急降下し、機銃弾を浴びせていく。


再上昇をしようとすれば速度が落ちる。

そう考えた黒薔薇は急降下した速度のまま、大きく旋回して攻撃を躱す。


グルグルと、次第に高度を下げつつ両機は渦を巻いた。


ヴァンスの照準に黒薔薇の機体が入る。

機銃の引き金に指をかけ放つ、その瞬間。


操縦桿を緩やかに引いて横に倒す。

黒薔薇の機体が進行方向に螺旋を描くような軌道を辿ったバレルロールを行った


螺旋の中を突き抜けるようにヴァンスの機体が前へと出る。


攻守逆転だ。


下方後ろに付いた黒薔薇の二門の二十ミリ機銃が火を噴く。

しかし、ヴァンスもそう簡単に被弾しない。


今度は上へ上へと渦を巻く。

ある程度の高さまで至ると、今度は下がり始める。


「おらよっ!」


ぐいっ、とヴァンスは操縦桿を押し下げる。

機首が下がり、機体が急降下を始めた。


黒薔薇もヴァンスを追って急降下する。

再び機銃が火を噴いた。


操縦桿を右に倒し、螺旋を描くように機体を回転させる。

先程やられた螺旋軌道バレルロールの仕返しだ。


回転によって急降下速度が落ちる。

黒薔薇の機体が前へと進み出た。


急降下から復帰するために機首を持ち上げ、それによって黒薔薇の機体が減速する。


急降下からの上昇ダイブアンドズーム

ここが勝機だ。


「これでも食らいやがれっ!」


だががっ、と七式ヴァンスの機銃が火を噴く。


「はっはっは、当たるものか!!」


操縦桿を思いっきり前へと押し下げる。

上昇を諦め、再度の急降下を選択したのだ。


機銃弾はむなしく空中に散った。


今度は明確な軌道の無い追いかけっこが始まる。


急旋回ブレイク


急旋回ブレイク


急旋回ブレイク


左に右に機体が動く。

右に左に操縦桿が倒れる。


攻守は目まぐるしく変わり、空の上での曲芸大会が繰り広げられる。


エンジン全開で機首を持ち上げ、空中でぐるりと一回転ループ


急上昇し、旋回する敵機に上から襲い掛かるハイ・ヨー・ヨー


急降下し、旋回する敵機に下から追随するロー・ヨー・ヨー


技量と機体性能を合わせた、両者の力比べ。

二人の戦いには他者が入り込む隙間は存在しない。


彼らの猛烈な空戦軌道を横目に、互いの友軍機は自身の戦いを継続する。


「ヴァンスさん、どうか、どうか、勝って下さい!」


極限の集中をしているだろう。

だから通信は入れない。


現時点で自分が出来る事など、ただ祈る事と自分の身を守る事だけだ。


メアリーは敵機を追って撃ち落としつつ、ヴァンスの勝利を祈る。


空戦における決着とは、一瞬の隙において決まるもの。

先に集中を切らした方が敗者だ。


それに直結するのは予想外の出来事。


太陽光に目がくらんだ、他の敵機に気を取られた、撃墜された友軍機を心配した。


一瞬で自分が白煙を吐く事になるのだ。


そしてその予想外は、作り出す事が出来るのである。


操縦席の左前方、片手でしっかりと持てる大きさのレバーを引き寄せる。

ひじが九十度になる状態で、ガチン、という音と共にレバーは停止した。


その先端には親指で押す事が出来る、赤に着色されたボタンが一つ。


それ即ち、機体に内蔵された三つ目の武装の機動スイッチだ。


右。

左。


上。

下。


敵機は背後を取られるのを嫌って逃げ続ける。


だが一瞬。

そう、一瞬だ。


水平に、真っすぐ飛行した。


好機。


左親指で赤のボタンを押した。


胴体下部、二つの三十八ミリ機関砲の間。


元々閉じていたその場所に、今は空洞が口を開けている。

レバーを引いた事で蓋が開いたのだ。


そしてボタンが押された事で、それは発射される。


自らに推進剤を内蔵し、火の尾を引いて真っすぐ飛んでいく特殊武装。

僅か三発しか搭載できない切り札だ。


一二〇ひゃくにじゅうミリ魔導ロケット。


実験兵器である。


「ぬぅおおぉっ!!!!」


一瞬。

そう、一瞬だ。


後方を見たその瞬間。


黒薔薇の真っ黒な機体の胴体下部。

そこに見慣れない空洞が見えた。


大鷲の直感が猛然と警鐘を鳴らす。


その瞬間、弾かれるように考える前に操縦桿を右に思いっきり倒した。


ぐぁっ、と右に傾き、四十五度。

胴体下部ギリギリをそれが通り過ぎ、しばらく行った所で爆発した。


「ちぃっ!あれを躱すとは!」


黒薔薇が左拳でガンッ、と機体内部を一発殴る。


絶対必殺の一撃だったはずだ。

それを躱されるとは。


ギリリ、と歯ぎしりをする。


だが、まだだ。

まだヴァンスの機体は前にいる。


自身の方が有利な立場である事を、黒薔薇は再認識した。


エンジン出力を上昇させてヴァンスを追う。

予想外の出来事で思考が止まったのか、ヴァンスは真っすぐ飛んでいるだけだ。


もう一度、左のレバーに手をかける。

そして、ボタンを押す。


その瞬間だった。


「かかったな!!」


ヴァンスは身体を大きく屈め、座席左下にあるレバーを思いっきり引き上げた。


それは着陸時に無理やり減速するための装置。

エンジンを動かすための蒸気を強制排出するレバーだ。


それを引くとどうなるのか。


「なにぃっ!?」


片側三つの屈曲排気配管から蒸気を排出する。

それは猛烈な白煙が後方に吹き出されるという事だ。


後方、つまりは黒薔薇の機体に向かって。


予想外。

それが起きると隙が出来る。


白煙に突っ込んだ黒薔薇は、ヴァンスの機体を見失った。


「ぐっ、奴はどこに!?」


白煙が晴れる。

だが、前方にいたはずのヴァンスの機体が姿を消していた。


だがんっ


衝撃が響く。


「がぁっ!?馬鹿な、いつ後ろに!!」


いつの間にか後方にヴァンスが回り込んでいた。

彼が放った機関砲が主翼と排気配管を破壊する。




先程の一瞬。


エンジン出力の元となる水蒸気を排出した事で、ヴァンスの機体は推進力を失った。


その瞬間、ヴァンスは操縦桿を引いたのだ。

機体は上を向き、風の抵抗を腹で受ける。


空中で急減速。

それによって、相対的に黒薔薇を前に行かせる。


推進力を無くしたならば、今度は再起動が必要だ。

しかし、通常の機体であればどれだけ早くとも一分以上はかかる。


ヴァンスの機体は彼が作り上げた特別製。

その最大の特徴はエンジンパワーと再起動性の良さである。


それが意味するのは、再起動速度が圧倒的に早いという事。

そして、そこからトップスピードになるまで十秒しかかからないという事だ。


つまり今この瞬間、最も必要とする要素である。


エンジンを再起動し、推進力を取り戻す。

操縦桿を引いたまま前進する力を吐き出した。


後方宙返りクルビット

そして速度を取り戻す。


白煙はすぐに消え去る。

だが、その目くらましは十分な効果を発揮した。


すぐに黒薔薇の後方に接近し、がら空きの背中に照準を合わせる。

そして。


「くたばりやがれっ!」


右手で握る操縦桿上部のボタンを親指で力を込めて押した。

重い発砲音と共に、機銃とは比べ物にならない破壊力が敵機に突き刺さったのだ。




白煙を吐き、黒薔薇が墜落ちていく。


「クソッ!クソッ!!ヴァンス、貴様ァッ!!!」

「ハッ、これで俺の勝ちだな。クソ野郎が!!!」


呪詛の言葉を吐き続ける黒薔薇。

ヴァンスはそれを鬱陶しく思い、通信機の受信スイッチを一旦切る。


凱旋するかのように、ヴァンスは白い軌跡を空に描いた。


「ヴァンスさん!」


メアリーの機体が近寄ってくる。

彼女も無事だったようだ。


受信スイッチを元に戻し、通信機を僚機通信プライベートチャンネルに切り替える。


「おう、そっちも無事で何よりだ。強くなったな、メアリー!」

「あ、ありがとうございます。真っすぐ褒められると照れますね。」


教え子の様子にヴァンスは笑う。


戦局は友軍有利。

敵の英雄操縦者エースパイロットも消えた。


これで勝敗は決しただろう。


そう、誰もが思っていた。


戦場の中心を上から何かが猛スピードで通り過ぎ、遥か下の大地へ突き刺さる。


そして。


轟音と共に、天高く土の柱が舞い上がったのだった。

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