第九空 大鷲と雛鳥は共に羽ばたいて

ヴァンスの様子を見て、メアリーは気付く。


「もしかして、あの神社の長椅子は。」

「あいつが部隊のために、つって宿舎前に置いた物だ。形見分けに受け取った。」


神社の境内の端に静かにたたずむ、えらくお洒落な椅子。

その過去は悲しい物だった。


「『黒薔薇』テュルス=ペルトネラン。奴は戦中に何度も会敵かいてきした相手だ。」


遭遇と戦闘は十回は超えていたはず。

互いの機体性能も操縦技術も互角、決着は付かなかった。


「戦後、奴もまた姿を消した。あの黒い機体と一緒にな。」

「そして、今日また現れた。」

「ああ。奴は言った、良い舞台でまた会おう、ってな。近日中に何か起きる。」


わざわざ姿を現し、挨拶代わりの攻撃をして去って行った。

それが意味するのは、次なる戦いの幕開けだ。


根拠地とする都市が無い以上、先の大空戦ほどではないだろう。

だが、確実に恐ろしい事になるはずだ。


「ま、ここで考えていても仕方ねぇがな。」


周囲は森と湖だけ。

ざわざわと音がするが、それは人のざわめきでは無く木々の声だ。


「メアリーの機体の修理と魔石機関の再起動も考えると、今日はここで野営だな。」

「また、機中泊ですか。」


先日の事を思い出し、メアリーはげんなりする。

しかしヴァンスは何かを企んだようにニヤリと笑った。


「今日は一味ひとあじ違うぞ?」

「え?」


自身の機体に戻ったヴァンスは、何かを手にして戻ってきた。




パチパチと炎の中で焚き木が燃える。


メアリーはヴァンスから、熱い茶を注いだカップを受け取った。

ふぅふぅ、と息を掛けて冷ましつつ、ゆっくりとそれに口を付ける。


「熱っ!」

「はっはっは、熱々だから気を付けろよー。」


舌を火傷してメアリーはより慎重に茶をすする。

今度は大丈夫だったようだ。


既に空には星が輝いている。

光の源は空に輝く月と星、そして目の前の炎だけとなっていた。


ヴァンスが持ち出したのは野営道具。

それも簡素な物では無く、大きめのテントも用意されていた。


「それにしても、こんな物があるなら初日に使って下さいよ。」

「馬鹿言うな、吹きっさらしの岩島で使ったら飛んでくだろうが。」

「あー、確かに。」


納得したメアリーは茶をこくりと飲んだ。


「念のため、と思って持ってきて正解だったな。」

「それって、私が墜落すると思っていたって事ですか?」


じとり、とメアリーは疑いの目を向ける。

そんなわけないだろ、とヴァンスは否定した。


「機中泊にを上げるだろうな、と思ってな。」

「う。ヴァンスさんに見透かされていたみたいで、何だか不満です。」

「みたい、じゃなくてドンピシャだろ。帰りの一泊はこうする気だったわけだ。」


くいっ、と顎で上を指す。

それにつられてメアリーも空を見上げる。


暗い空に瞬き広がるのは無数の綺羅星きらほし

まるで宝石をぶちまけたような、無軌道な輝きだ。


「さて、飲み終えたらそろそろ寝るぞ。メアリーはそれ使え。」


ヴァンスは、ぴっ、と指をさす。


そこには大型のテント。

彼女一人には大きすぎる位の代物だ。


ヴァンスは自身の機体の中で寝る予定である。


「んじゃ、俺は自分の機体に。」

「待って下さい。」


背を向けたヴァンスをメアリーが引き留める。


「魔獣が溢れる森の中で、私一人を寝かせるつもりですか?」

「いや、仕方ねぇだろ。流石に俺も屋根なしでは寝れねぇよ。」

「そうじゃありません。」


頭に疑問符を浮かべているヴァンスを尻目にメアリーはテントに入る。

少し端に寄って。


「一緒に寝ましょう。」

「いやいや、駄目に決まってんだろ。」

「駄目じゃないです。」

「駄目だ。」


ヴァンスが何度否定してもメアリーは引かない。


「何かあった時にヴァンスさんが万全じゃないと困りますから。」

「まあ、あの野郎がまた襲ってくる可能性はあるが。」

「だから、隣へ。」

「いや、それとこれとは。」


じっ、とメアリーは強い意志を宿した目でヴァンスを見続ける。


「はぁ、仕方ねぇな。端によって寝るからな。」

「くっついて寝ても良いですよ?頭なでなでしてあげます。」

「大の男を子ども扱いすんな。ギリ親子くらいの歳の差だろうが。」


くつくつと笑うメアリー。

確実に分かっていてヴァンスをからかったのだ。


二人は背を向け合い、一つの寝床の中で夢の中へと旅立った。




それから一週間後。


ヴァンス達が住む都市の中央政庁に突然通信が入ったのだ。

内容は宣戦布告。


すでに消滅したはずの、ボルヴ社の社長を名乗る者から。


律儀な宣戦布告の理由は一つ。

ボルヴの技術と力が優秀かつ圧倒的である事を知らしめるため。


馬鹿馬鹿しい内容だが、社の再建を考えるならば確かに分かる。

善悪を横に置けば、最大規模の宣伝効果はあるだろう。


だが、それは逆も同じだ。


こちらの都市の中心企業はアルドメレ社。


当然防衛隊にも、お抱えの戦闘隊にも、十二分な戦力がある。

機体とその関連部品の全てを都市内で用意できる。


この状況で押し負ける事など有り得るはずがないのだ。


であれば、自社の機体の良い宣伝になる。

他の都市からもその効果を狙って増援が来ていた。


戦いが始まった。


他に類を見ない特殊な形状の機体が戦場を支配する。

驚異の速度と圧倒的な旋回性能をもって、次々と敵機を撃ち落とした。


だが、それはアルドメレ社の機体では無い。


ボルヴ社『BoLV G-46 フルムエール』


既存の機体と比べて一回り小さく、旧式機と並ぶ程の旋回性能を有する。

完全に格闘戦ドッグファイトを想定した機体である。


何よりも特徴的なのはその主翼だ。


機首側に口を開けたV字形状の、尾翼から伸びる前進翼。

各社で過去に実験的に設計された事はあれど、正式採用された事は無いよく形状だ。


そしてその形状を活かすために設計された排気配管。


片側二本の極細配管は主翼を上下に挟み込むように、尾翼よりも後方まで伸びる。

その口から吐き出される蒸気が推進力を生みだし、高速飛行を可能としていた。


高速化を図るために極限まで機体は軽量化されている。


そのため、武装は胴体下部の十五粍ミリ連装魔導機銃が一門のみ。

敵機後方を確保し続ける事を前提とした設計思想である。


ヴァンスとメアリーも苦戦していた。


「面倒くさい連中だな、まったく。はえみたいだ。」


群がる蝿を引き連れたまま右旋回を繰り返す。

当たらないと分かっているのか、いないのか、敵機は機銃を乱射し続けた。


段々と近付いてくる敵機。

だが、それはヴァンスの手のひらの上の機動だった。


旋回方向とは逆、左の方向舵ラダーを操作する。

横滑りする感覚を覚えつつ、機体が右に急角度で横回転した。


後方から迫っていた敵機の操縦者は、急なヴァンスの機動にその姿を見失う。

どこに行ったのか、それを確認している内に後方から機銃の音が響いた。


一機、二機、三機。


瞬く間に後方から迫っていた敵機が墜落ちていく。


「はっ。機体性能に頼りすぎだ、バーカ。」


白煙を吐いて大地へと向かう敵機にヴァンスは吐き捨てるようにそう言った。


「冷静に、冷静に。」


メアリーは操縦桿を右に左に操作する。

後方に付いた敵機も自身を追って左に右に蛇行した。


操縦桿を少しずつ引き、敵機に気付かれないように上へ上へと進んでいく。


戦闘を繰り広げる友軍機と敵軍機を下に見る。

そこで戦いの状況が変動した。


上昇限界による失速。

先にそれが発生したのは敵機だった。


遂にメアリーがその後方に付いた。

機銃の引き金を引き、風穴が空く。


ばがっ、という音と共に主翼が破断し、敵機は墜落ちていった。


多少上昇した事で戦場をある程度、俯瞰ふかんできる。

そして、友軍機が苦戦しているのがよく分かった。


敵機の特徴を思い出す。


軽量化による高速飛行と小型ゆえの旋回性能の良さ。

つまりは、速くて小回りが利く、という事だ。


だが、欠点も見えた。


防御性能と上昇限界。

どちらも既存機より低い。


格闘戦をするにしても、その欠点を突く形にすればいい。


メアリーは通信機を友軍通信フレンドチャンネルに切り替える。


「敵機は上昇限界高度が我々より低いです!敵機を吊り上げて下さい!」


その言葉に、友軍機の機動が変わった。


いきなり上昇する事はせず、メアリーが行ったようにじわりじわりと上昇する。

戦場となっている高度が段々と高くなっていった。


それと同時に敵機の速度も僅かに下がる。


戦場の風向きが変わっていく。


「ほー。やるもんだな、メアリーも。」


雛鳥だと思っていたメアリーの活躍に、ヴァンスは感心の声を漏らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る