第八空 過去ってのはどこまでも

「メアリー!!」


メアリーの機体が主翼から白煙を吐いて墜落ちていく。


上方からの攻撃だ。

咄嗟に操縦桿を引き、急上昇する。


「墜落の時の定石セオリーを思い出せ!必ず助けに行く!」


それだけ伝えて、ヴァンスは上を見る。


太陽を背にした黒い影がそこにいた。


いや、影では無い。

機体自体が真っ黒なのだ。


その敵機の横を上へと通り過ぎ、今度はヴァンスが上を取る。


「お前は!」


正面から見ると主翼がV字を描く、逆ガル翼。

片側二本の細めの排気配管が機体上部から垂直尾翼後部まで伸びている。


一度見たら決して忘れない程に特徴的な姿だ。


主翼内に二十ミリ機銃を二門。

機体に沿うように胴体下部に内蔵された二門の三十八ミリ機関砲。


ヴァンスの機体以上の重武装だ。


ボルヴ社『エレ=シュヴァン』

ある一人の為に特注された特殊機である。


何もかもが黒一色の機体、いや、その垂直尾翼に書かれた白の薔薇。

それには見覚えがある。


忘れるはずもない。


「やぁ『大鷲』ヴァンス=ライフェンダール。久しぶりだねぇ、八年ぶりかな?」


全機開放通信オープンチャンネルで敵が話しかけてくる。


忌々しい声だ。


「ああ。死んでいてくれると嬉しかったんだがな。」

「そう邪険にするなよ、お互いよく知る仲だろう?」

「ふざけるなよ『黒薔薇くろばら』ペルトネラン!」


吐き捨てるように敵の名を口にする。

くっくっくっ、と黒薔薇と呼ばれた男は含み笑いで返した。


「覚えていてくれて光栄だよ、お互い壮健で何よりだ。」

「てめぇ、今度こそ叩き落してやろうじゃねぇか!」

「おやおや?そんな事をしていていいのかい?」


あざける様にペルトネランは言う。


墜落ちていった機の操縦者パイロットは大丈夫かねぇ?」

「ぐっ、ちぃっ!テメェに構ってる暇はねぇ!」


操縦桿を前へと押し倒す。

機首が下を向き、猛スピードで急降下を開始した。


「はっはっは!また会おう!今度はでな!」


通信機から響く仇敵きゅうてきの高笑いを無視して。




突然の衝撃。


ぐんっ、と機首が下を向き、遥か下の緑の大地が見える。

見えるだけじゃない、そこに向かって墜落ちていく。


操縦桿を引いて機首を上に向けようとしても、機体が言う事を聞かない。

力を入れて握っているにもかかわらず、前後左右にそれが動き回る。


確実に墜落する。


翼が破断する事は無いようだが、それは今がそうであるというだけ。

あの大地に突き刺さったら翼どころか、機体が木っ端微塵になる。


そんな時。


「墜落の時の定石セオリーを思い出せ!必ず助けに行く!」


通信機からヴァンスの声が響いた。


墜落時の定石。

それは。


「魔法で機首を可能な限り上に!」


機に搭載された緑の魔石。

それは、通常は決して使わない緊急用。


起動すれば機体に満ちる魔力を放出してしまい、しばらく再飛行出来なくなる。

だが今はまさに、その緊急時だ。


自身の魔力を操縦桿から魔石へと流す。

緑の魔石に宿った風の魔力が放出され、真下を向いていた機首が持ち上がっていく。


水平にはならない。

だが、大地と垂直に対面するような形でもない。


落下速度が多少緩やかになっていく。

グライダーのような形での滑空だが、速さを減衰するにも限りがある。


大地に満ちる木々を目視で一本一本を認識できる距離まで降下した。

今だ。


「機体を守るために障壁を!」


機体に内蔵された、赤、青、黄、緑の四種の魔石の力を解放する。

虹色を思わせる魔法障壁が乗機を包み込んだ。


その姿は大気圏に突入する隕石のよう。

森の木々をなぎ倒し、大地を削り、轟音と共にメアリーは墜落した。




大丈夫だ。


かなり遠いが虹色の魔法障壁が見えた。

それが描いた軌跡は垂直では無い。


ならば定石セオリーを守ったという事。

メアリーは真面目な優等生だから、教えた事はしっかり覚えている。


ならば確実に無事なはずだ。


だが、魔石の魔力を放出してしまった以上は急がなければならない。

大地には魔獣が溢れているのだ。


機体内部の魔石は魔獣を遠ざける力を持つ。

魔力を放出しきったという事は、魔獣から身を守る方法を無くしたという事だ。


その状態で大丈夫かどうかは、最早運任せ。

墜落地点の周囲に強力な魔獣がいたらアウトだ。


かつて、自分の目の前で命を落とした相棒の顔が浮かぶ。

縁起でもないとヴァンスは、その姿をかき消した。


次第に大地が近づく。

そして、そこに刻まれた破壊の痕跡を発見した。


森を壊し、大地を削り、そしてその先。

綺麗な青を湛える小さな湖の目前に、形を保ったままのMark.Ⅴがいた。


「よし、上手く墜落ちられたみたいだな。さて。」


滑走路は存在しない。

だが、幸いにして平らな場所がある。


ヴァンスは機をそこに向けて、緩やかに滑空させていく。


着陸脚ランディングギアを出し、そこに魔石から魔力を纏わせる。

墜落防御ほどの放出ではない、車輪周辺だけを守る魔法だ。


ざざっ、と着陸脚が平面を変形させる。

滑走路よりはずっと短いその場所、無理やり機体を止めるしかない。


再び魔法を起動し、速度を大幅に減衰させる。

メアリーの機体と対面するような形で、ヴァンスはした。


操縦席から湖の浅瀬に飛び降りる。

メアリーの機体へ駆け寄って主翼に飛び乗り、操縦席を覗き込んだ。


力無く身体を前に倒した状態のメアリーがいた。

少なくとも死んではいないだろう。


安心しつつ、ヴァンスは風防キャノピーをノックする。

暫くすると、音に気付いたメアリーが目を覚ました。


慌てつつも彼女は風防を開く。


「あ、あの、私はどうなって!?」

「おうおう、落ち着け落ち着け!」


操縦席の縁に手を突いて、上体を持ち上げるようにヴァンスへと迫った。

勢いに押されつつも、メアリーを落ち着かせる。


二人で機から降りて破壊された丸太を長椅子にし、並んで腰を下ろした。


「そ、そうですか。無我夢中でしたが、何とかなって、本当に良かった。」


心底安堵した様子でメアリーは、ほぅっ、と息を吐いた。


「よく出来ました、二重丸っと。」

「滅茶苦茶、子供扱いするじゃないですか。」


けっけっけ、と笑うヴァンスの脇腹をメアリーが肘で小突く。


「で、あの黒い機体の操縦者パイロットと何があったんですか?」

「おおう、墜落してる中で良く聞いてたな。」


観念したようにヴァンスは昔話を始めた。


「今日出発した町、俺はあそこ出身なんだよ。」

「あー、だから皆さん親しげだったんですね。」


随分と気安く対応されていたヴァンスを思い出し、メアリーは得心する。


「ついでに言うと、防衛隊の小隊長、少佐な。」

「はい?誰が、ですか?」

「俺。」

「え?ええ?ええぇ?」


理解出来ない事を言われ、メアリーは困惑の声を上げた。


「失礼過ぎんだろ。」

「いや、誰が聞いても同じ事になりますよ?小隊長、ヴァンスさんがぁ?」

「まだ言うか、この。」


どすっ、と人差し指でメアリーの頬を突いた。


「ちょ、やめて下さいよっ。」

「年上をからかうからだ。話の腰を折るな。」


こほん、と咳払いして、ヴァンスは話を元の軌道に修正する。


「んで、知ってるよな?八年前の、鳥の墓場。」

「過去最大規模の大空戦だいくうせん、ですよね。え、まさか?」

「おう、俺もそれに参加していた。都市連合側でな。」


鳥の墓場。


それは戦後に名付けられた蔑称べっしょうだ。

それほどまでに、無意味に航空機が大地に墜落ちた戦い。


とある企業に掌握された都市が、周辺都市へと軍事侵攻を開始した。

それに対し、周辺都市は連合して立ち向かったのだ。


合計機数、六千機。

三ヶ月以上に及んで続いた大激戦。


最終的に都市連合側が押し勝った。

敵企業の社長独裁者と幹部経営陣は行方をくらます事になる。


「一応、英雄操縦者エースパイロット、になるのか、俺は。」


撃墜した敵機は数知れず。

部下共々、勇戦した。


「まあ、その辺は良く知ってるだろ?メアリー。」

「やっぱり、気付いていたんですね、ヴァンスさん。」

「当然だ。救われた恩があるからって、ただの運送屋に娘を預けるわけがない。」


アルドメレ社の社長から、いきなり提示された依頼。

娘を預かり、現場教育をしてほしいという話。


これは方便だ。


最大の目的は『大鷲』の確保。

自由に飛び回るヴァンスの首に、メアリーという首輪を付ける事である。


「知っていて、なぜ私を?」

「それはそれ、これはこれ。メアリーは一生懸命に学ぼうとしてたからな。」


そこまで言って、また話がそれている事に気付く。

再び過去に、話を軌道修正する。


「当時、俺は真面目一筋でな。」

「え?今なんて言いました?真面目一筋?ヴァンスさんが?」

「もう突っ込まねぇぞ。」


残念そうなメアリーに構わず、ヴァンスは続ける。


「副隊長がいた、良い奴だった。優男だが度胸があってな、相棒、って奴だった。」


懐かしむように悲しむように。


「終戦条約締結の日だ。戦闘停止が発表された、その後。事が起きた。」


当時の自身の油断、それが招いた結果。


「奴は戦闘停止宣言を破って攻撃してきた。俺をかばって、あいつは。」


ヴァンスは目を瞑り、小さく息を吐いた。

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