第七空 なんだか気になる内緒話

都市の飛行場というのは大きいものだ。


事務所の小さな滑走路と五機しか入らない格納庫とはわけが違う。


五十機以上が一気に着陸でき、数百機が収まる格納庫。

整備士の数も多く、依頼すれば洗機せんきも武装整備も思いのままだ。


ヴァンス機は自家製でメアリー機は最新鋭機なので整備は無理だが。


両機を見る整備士の目が輝いている。

どちらもそうそうお目に掛かれる代物ではないので、当然と言えば当然だ。


特にメアリーの機体は、アルドメレ社の最新鋭。

整備を担当する者にとっては、隅々まで見てみたい代物であろう。


整備依頼はしないと伝えると、あからさまに肩を落としていた。

少々悪い気もしたので、洗機だけ頼む事にする。


運搬してきた荷物を降ろす。

先の手紙とは訳が違う重さ、手押し運搬機を借りる事にした。


「この道を右、ですね。」

「はい、よっ、と。」


全身の力を使って右折する。

周囲は部品工場ばかり、行先も部品工場である。


「ちわーっす、お届けモンでーす。」


ガンガンと機械が騒音を奏でる工場内に大声で伝える。


二人に気付いた工場の主と思しき、年の頃五十程度の男性が近づいてきた。

筋骨隆々、まさに鉄と向き合う職人たる外見だ。


「おう、ご苦労さん。と、こ、ろ、で。」


工場長は、がばっ、とヴァンスの肩に腕を回す。

そのままメアリーから距離を取る様に工場の隅に追いやった。


「ヴァンス、あのお嬢さんどうしたんだ?ま、まさか誘拐して。」

「んなわけあるか!うちの従業員だよ。」

「従業員~?お前のちまっこい運送屋にかぁ?あんな品のある娘がぁ?」

「そうだよ、悪いか。」


アルドメレ社の社長令嬢だ、などとは流石に言えない。


だからこそ単なる従業員と伝えるが、ヴァンス自身も苦しいと思っている。

何せ、品とは縁遠い自身の下にいるにはあまりにも可憐なのだから。


「まぁ、そういう事にしといてやるよ。」

「しといてやる、ってどういう事だよ。ったく。」


ようやく解放され、二人はメアリーの下に戻ってきた。


何かの商談だと考えていたメアリーは、二人の妙な様子に、こてん、と首を傾げる。

この場に有り得ない可愛らしい存在と仕草に、工場内の若手が作業の手を止めた。


それに気付いた工場長の怒声が響く。


代金を受け取り、二人はその場を後にした。




「あの工場長さんとは知り合いなんですか?」

「ああ?まぁ、うん、昔馴染みって奴だな。頑固だが腕の良い職人だよ。」


歯切れ悪く、ヴァンスは答える。

何か隠していると勘付いたメアリーは疑いの目を向けた。


すいっ、とその追及から逃れるようにヴァンスは視線を明後日の方向に逃がす。


「おぉ、そうだ!旨い飯屋があるんだ、そこへ行こう。な?」

「な~にか、誤魔化されている気がします。」

「そ、そんな事はねぇよ?ささ、ご案内しますぜ、お嬢様?」


すっ、と手で進行方向へメアリーを促す。

まるで執事がやるかのように、ヴァンスは優雅な仕草を心掛けた。


「やめて下さいよ。ヴァンスさんにはそれ、似合わないです。」


直球で否定されてそれなりに傷付き、ヴァンスは苦い顔をする。

自身の倍の歳である大男の様子に、メアリーはくすくすと笑った。




食事を取り、ヴァンスは珈琲、メアリーは紅茶を注文して休憩する。


「どうだ?上手かったろ。」

「はい。それに雰囲気も落ち着いていて、いいお店ですね、ここ。」


そうだろう、そうだろう、とヴァンスは得意げだ。


店の女将さんと思しき四十半ばの女性がヴァンスの事を手招きした。

メアリーにひと声かけて席を立つ。


「ヴァンス、アンタあんな綺麗な娘に手を出して!いつからそんな感じに。」

「違ぇよ、うちの従業員だっつの!親方とおんなじ事言いやがって!」

「従業員~?アンタんトコの~?あんな礼儀正しい娘がぁ?」

「そうだよ、悪いか。」


また疑われ、ヴァンスは鬱陶しそうにそう言った。


「ま、悪い事してなければ良いわ。とりあえず安心しておく事にしておく。」

「とりあえず、ってなんだよ。失礼な。」


くっくっ、と笑う女将さんに背を押され、席へと戻る。


再び疑いの目を向けるメアリー。

追及を躱すために、ヴァンスはデザートを追加注文した。




ヴァンスは肩を落としつつ、操縦桿を操作する。


それも当然、帰りの依頼が見つからなかったのだ。

行き帰りで依頼が入れば実入りは二倍、それが空振りだったのだから。


「はぁ~。そう上手くはいかねぇモンだなぁ。」

「仕方ないですよ。切り替えていきましょう。」


残念そうな上司を部下が励ます。

普通逆だろうと思われそうな構図である。


行きは積み荷が有ったので安全重視だったが、今は空荷からに

速度を上げて急ぎで帰る事にした。


旅の宿はただの休憩地点として、今日は岩島で機中泊。

明日は事務所に戻って寝て、明後日は休日だ。


行きと違って気が楽である。

二人で雑談しつつ、進んでいく。


が、それも長くは続かなかった。


十機。

二人の機体よりも小さめの機体だ。


襲われてしばらく、互いに旋回して格闘戦ドッグファイトが続いていた。


「ちっ、こいつら中々の手練れだぞ。気を付けろ、メアリー!」

「は、はい、きゃっ!?」


ばばば、っと敵機の主翼に搭載された、二門の九ミリ機銃が火を噴く。

幸い狙いが外れたようで、メアリーの機体には一発も当たらなかった。


今度はメアリーの番だ。

相手の背後を取り、二門の八.五ミリ魔導機銃が放たれる。


命中。

全弾とはいかなかったが、数発は敵機の主翼と胴体に当たった。


が、墜落ちない。

一瞬ふらついただけで、先程と変わらずに飛び続けている。


チェラペンテ社『CP.324 ヴィロティグ』


いかなる戦場においても戦える、頑強かつ墜落ちない機体。

操縦者を守る事を最重要とした堅実な設計。


両主翼の九ミリ機銃と胴体下の二十粍機関砲は信頼性の高い武装だ。


短く太い胴体とこれまた短い主翼を持つ、小柄なシルエット。

唯一の特徴が片側一本の屈曲排気配管だけ。


特徴が無いのが特徴とも言える、何とも面白みのない機体である。

しかし、その堅実さは設計思想の通りの活躍をもたらした。


息の長い運用と程々の活躍。

目立つ事は無いが優秀な機体である。


敵とすると非常にな相手だ。


実際、十機に群がられた二人は、地味に苦戦していた。


「ちょろちょろちょろちょろ、鬱陶しいんだよっ!」


照準に敵機を捉えて、ヴァンスは操縦桿の引き金を引く。

だがががっ、と両主翼の十八ミリ機銃が鳴り響いた。


頑強さを誇る機体でも大口径機銃には敵わず、胴体から白煙を吐いて墜落ちる。


「機銃で駄目ならっ!」


だっ、と短い発砲音。


メアリーのMark.Ⅴ主翼下部の二十ミリ魔導機関砲だ。

機銃とは格別の威力であるそれに撃たれ、敵機が墜落ちる。


二人は着実に空賊を叩き落していった。


数が五となった所で、敵機は撤退する。

二人の機体に傷は無い、完全勝利である。


「メアリーもやるようになったな。」

「ふふふ、ヴァンスさんに負けてられませんから!」


操縦席で少しばかり胸を張る。

親に褒められて得意げな子供の様だ。


「敵機に後ろを取られて気付かない、まだまだ未熟者だがな。」

「そ、それはまあ、否定できません。」


受け入れる所は受け入れる。

メアリーは聞き分けの良い優等生だ。


「さってと、時間を食っちまった。急がないとな。」


ヴァンスがそう言った、その時だった。


どがんっ


衝撃音。

そして。


「きゃあああっ!」


悲鳴が通信機から響いたのだった。

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