第六空 遠征するなら休む所を決めよう
都市間の距離はさまざまである。
目視で確認出来るほど近い所もあれば、海を跨いだ向こうという場合もある。
となれば当然発生するのは長距離の運搬。
移動時間が長ければアクシデントも多いもの。
天候悪化による迂回や空賊による襲撃、
でありながら、大型輸送機は頻繁には飛ばない。
だからこそ、
つまり運び屋にとっては稼ぎとなるのだ。
腕に覚えがあって時間に余裕があるならば、これほど良い依頼は無い。
ヴァンスにとってもそれは同じである。
「と、いうわけで、遠征だ!」
「ええと、どういうわけですか?」
何の前振りも無しに放たれた言葉に、メアリーは至極当然の疑問を返す。
そりゃそうだな、と納得し、ヴァンスは手にした契約書を突き出した。
「ええと、長距離の輸送、ですか?」
見せられた書類を読み、メアリーは言う。
それに対して、ヴァンスは大きく頷いた。
「いやー、ひっさびさの実入りが良い依頼だ!俄然やる気になるってもんよ!」
「信頼して任された、という事ですもんね。頑張りましょう!」
仕事に対してやる気になっている二人。
だが、
「さって、となると計画を立てねぇとな!」
机の上の書類を脇に寄せて、そこに地図を広げた。
今いる都市から見て、東から北にかけての都市が描かれている。
最北は雪が吹き荒ぶ極寒の地、だが今回はそこまでは行かない。
最北まで直線距離で結んだ時に、大体半分くらいの距離にある都市だ。
二日半程度かかるだろうか。
通常の依頼が日帰り、長くとも一泊なのを考えれば、結構な距離だ。
陸路と違って障害物が無い空、そこを真っすぐ飛んで二日半。
本来、地を這う人間にとっては途方もない彼方である。
「計画、というと何をするのですか?」
「簡単に言やぁ、休む場所の選定だな。」
長距離の移動となると問題となるのは休憩。
事前に決めておかなければ、まだ大丈夫と考えて無理をする可能性がある。
また、日を跨ぐ以上は寝る場所も必要だ。
岩島に降りて機内で寝る、というのもアリだが、そればっかりでは疲れが取れない。
せめて一回はちゃんとしたベッドで寝なければならないのである。
もしもの時に踏ん張れなくなってしまっては、元も子もないのだ。
そして二人連れ立つとはいえ、手を繋いでいるわけでは無い。
何かあって片方が遅れたりする事もあるだろう。
その時の合流地点ともなるのだ。
そうした事からルートを先に決め、その途上に
行程に影響しない程度で、可能な限り多めに。
運び屋にとって最大の悪は、荷が届かない事。
だからこそ、効率よりも安全と確実を重視する。
それがヴァンスの運び屋としての流儀だ。
「んで、ここが空の宿だ。」
とんっ、と人差し指で地図の一点を突く。
大まかに見て、全行程の三分の二の距離にあるようだ。
「空の宿、ですか?」
「お、初体験か。まあ行ってのお楽しみって事で。」
「は、はぁ。」
そんなこんなで、計画を立てた二人。
翌日、長い空の旅が始まった。
「うう、身体中痛いです。」
「はっはっは、お嬢様には辛かったか?」
「むぅ。そう言うヴァンスさんだって、さっきから関節がバキバキ鳴ってますよ。」
「ま、そうそう慣れるもんじゃねぇからな。身体は正直、って事さ。」
操縦桿を握り、機体を操りながら二人は談笑する。
彼らの身体が悲鳴を上げている理由。
それは昨晩、岩島での
「機中泊は初でしたが、ここまで身体にくるものだとは。」
「まー、好んでやりたい事じゃねぇな。だからこその今日の宿なわけだが。」
「空の宿、でしたっけ。ベッドで寝られるんですか?」
「そりゃ当然。宿って言っておいて足伸ばして寝られねぇ、は無いさ。」
その言葉にメアリーの表情が、パッと明るくなった。
思わず操縦桿を引いてしまい、機首が上を向く。
慌てて前へと押し込み、ヴァンスの機体と同じ高度に戻った。
まるでスキップしているようだ、とヴァンスは含み笑いをする。
それを聞いてメアリーはむくれるのだった。
美少女が売店を巡ってあれやこれやと品を見て、はしゃいでいる。
饅頭を売る露店のおばちゃんの客寄せトークに捉えられ、大量におまけされている。
若き従業員が楽しんでいるのを、ヴァンスは少し離れて微笑ましく見ていた。
時折
ここは空の宿。
だがその名とは異なり、ただの宿泊施設ではない。
売店に酒場、露店に見世物、そして当然ホテルもある複合施設。
周囲の都市から様々な品と人が集まる、
「おーい、走り回ると転ぶぞー。」
「ヴァンスさん、子供扱いはやめて下さい!って、わたたっ。」
ヴァンスの呼びかけに振り向いた勢いでメアリーはふらつく。
ほれ見たことか、と笑われ、むくれた彼女はそっぽを向いた。
娘がいたらこんな感じなんだろうな、とヴァンスは思ってしまう。
そもそも子供以前に相手がいないのだが。
「飯食ったらとっとと寝るぞ。明日も早いからな。」
「ま、まさか同じ部屋ですか!?」
「違うに決まってんだろ!ってか、ホテルで部屋取るとき横にいたじゃねぇか。」
仕返しが出来て満足そうにくすくすと笑うメアリー。
彼女の事を起こる気にもなれず、ヴァンスは頭を掻いた。
翌日。
二人は朝日が昇ると同時に出発する。
目的の都市まであと半日。
あっという間の距離である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます