第四空 新人研修はぶっつけ本番で

大空を二羽の鉄の鳥が飛ぶ。


羽ばたきはせず、頭に付いたプロペラを回して。


天気晴朗なれども風強し。

突然の新人研修をする事になったヴァンスの心中しんちゅうは大嵐である。


メアリーの操縦は実に丁寧だ。


急な加減速は行わず、上下への機首振れもしない。

気ままに飛ぶ時は、必ず機体を左右に何度か傾けて翼を振ってバンクを振ってから空路を外れる。


魔導通信機の故障を想定した訓練も含んだ飛行フライトなのだが、律儀に実行していた。

飛行機乗りの初心者らしい、微笑ましい真面目さだ。


肩に力が入っているであろう事は容易に想像できる。


「ま、言う事聞かないよりは百倍マシだわな。」


軽く笑ってヴァンスは操縦かんを引く。

高度を上げて、風に乗った。


それに気付いて、メアリーも後に続く。


今日の初の実地研修。

と同時に、ぶっつけ本番の配達である。




「ちっくしょう!メアリーはこういう事を引き込む匂いでも出してんのか!?」


空賊による襲撃である。


四つの敵機が次々と上から、襲い掛かってくる。

まだ未熟なメアリーは敵機よりも更に上へと逃がして、戦闘から遠ざけた。


「徹底的に一撃離脱してきやがって、鬱陶うっとうしい!」


ヴァンスは吐き捨てるように言い放つ。


ディバランサ社『DiLa1.85 テスエラーダ』


細い機体フォルムと長く伸びた機首が特徴的な高速機だ。

そして、主翼が後方に向けて口を開けたV字のような形の後退よくが目立つ機体。

上から見た姿はまさに剣である。


左右の翼の下に二十一ミリ機関砲を一門ずつ搭載。

機銃を完全に廃した、挑戦的な航空機である。


それはつまり、設計当初から格闘戦ドッグファイトを想定していないという事。

今まさにヴァンスが食らっている、一撃離脱戦法を想定した機体なのだ。


「うおっと。ま、そう簡単には当たらねぇよ。」


突進してきた一機が、すれ違いざまに機関砲を撃つ。

右翼を上に向けるように機体を傾けて、ヴァンスは敵砲の射線から自機を逃がした。


続いて上方から敵機が急降下して襲い掛かってくる。

重力も相まって先程よりも更に速く、そして鋭い。


機体が傾いた事でそれをいち早く認識し、エンジンを全開フルにする。

一気にトップスピードとなった七式は、振り下ろされた剣を躱した。


撃っては離れ、撃っては離れの攻撃。

最低限の動きで、瞬く間の回避。

それが何度も何度も繰り返された。


一機が見せた隙を他の一機が埋め、次なる一機が攻撃態勢を取る。

そして、最後の一機が敵の動きを仲間に伝える。


連携を取ったしっかりとした戦術だ。


「こりゃ防衛隊崩れか?それとも、元傭兵か?」


都市には、町を人を財産を守る者達がいる。

それが防衛隊。


金銭によって輸送機などの護衛を行う者達がいる。

それが傭兵。


前者は規則に縛られ、後者は契約に縛られる。

それを嫌がった者達が道を外れ、空賊へと身を落とすのだ。


そして、それらはどちらも実戦経験を十分に積んでいる。

つまり、総じて強敵なのだ。


「ま、関係ねぇけど、な!!」


機体を元の姿勢に戻し、トップスピードのまま操縦桿を命一杯引く。

機首は上へと向き、大地に対して垂直となり、そしてひっくり返った。


空が下に大地が上に。

そして、敵機は正面に。


横に倒したU字を描くように、ヴァンスは機体を動かしたインメルマンターンを行ったのだ。


再び姿勢を元に戻し、それと同時に操縦桿の引き金トリガーを引いた。


だららららっ


急降下途中だった敵機の機体下部どてっ腹に風穴が空く。

勢いのまま、その一機は白煙を纏って墜落ちていった。


それで決着となった。


残る三機はすぐさま戦闘を切り上げて退散していく。

損切りが早いとでも言うべきだろうか。


二度と来んなバーカ!と、ヴァンスは逃げ去る敵機の背中に言葉を投げつけた。


「す、凄い。」


一連の戦闘を上から俯瞰ふかん的に見ていたメアリーは、思わず口に出した。


敵の翻弄を最低限の動きで躱し、戦法の隙を見つけ出す。

相手が絶対に対応出来ないタイミングで仕掛けて、確実に排除した。


百八十度上昇旋回インメルマンターンは確かに高度な技術だ。

しかしそれは結果でしかない。


敵機は機首の長い機体だ。

それは操縦席コクピットから下方向が見えにくい、という事と同義。


急降下する際に下を向こうとすると相手が視界から消える。

ある程度、勘に頼って操縦桿を操作するしかないのだ。


その一点をヴァンスは突いた。


撃墜される事になる敵機が上方で下を向こうとしたその瞬間。

最大加速して敵機の死角に入り続けたのだ。


それによって敵機は一瞬、急降下が遅れた。

おそらくは仲間からの通信でヴァンスの動きを知り、逃げるために急降下。


だが彼はそれを許さず、急降下途中のその敵機に弾を放った。


上昇旋回技術は、あくまで結果としてそうなっただけ。


だからこそ、空賊はそこで逃げ去ったのだろう。

敵は自身たちよりも上手うわてだと気付いたから。


メアリーは改めて理解する。

彼の下でならば十分な経験が積めるであろう、という事を。


「おーい、もう降りてきても大丈夫だぞー。」

「あ、はい!」


ヴァンスの呼びかけにメアリーは答え、操縦桿を前に押す。

機首は下を向き、高度が下がっていく。


そこで気付いた。


(私の機体も下方の視認性が悪い。)


先程の敵機ほどではないにしろ、メアリーの乗機も機首が長い。

更に二重反転プロペラによって、視認性は悪化する。


天候が良ければ問題ないが、もし大雨だったら。


一瞬の戸惑いでやられる可能性があるのだ。


(もっと色々知って、経験しないと!)


メアリーは更に決意する。

と同時に、ある事に思い至った。


同じ高度まで降りて、ヴァンスと並んで飛ぶ。


「あの、少々よろしいでしょうか?」

「ん?んなかしこまらんでもいいぞ?もっと砕けろ砕けろ。」

「え、あ、で、では。あ、違う、じゃあ。」

「そうそう、それで良い。」


隣で飛ぶヴァンスが左手でグッドサインを送る。

上機嫌な彼に対して言うべきか、少し迷った末にメアリーは伝えた。


「あの、荷物は大丈夫、なんですか?」

「あ。」


ヴァンスはそれを聞いて、バッ、と勢いよく背後を見た。

綺麗に積載されていたはずの木箱は片方に偏り、一部崩れている。


あちゃあ、とヴァンスは苦い顔をした。


「ま、まぁ、中身は割れ物じゃねぇから!着陸後に整理すれば大丈夫だ、うん!」

「そ、そうですか?」

「そうなの!」


メアリーの疑問をヴァンスは勢いでかき消した。


運送中に襲撃を受けて荷が損壊するなど、良くある事だ。

今回は損壊までには至っていないのだから、及第点きゅうだいてん以上を取っている。


送り届ける先で減額交渉をされるような事は無いだろう。


「っと、それよりも時間の方が問題だ。ちょっと飛ばすぞ、ついて来な!」

「あ、はいっ!」


エンジン出力を上昇させる。


二機は目的地へと向かって、急ぎ飛んでいった。

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