第二空 腕の良さは性格に比例しない

だがんっ


嫌な着弾音と衝撃が機体を揺らす。

当たったのは左翼だ。


「うっ!?」


身体を大きく揺さぶられ、メアリーは思わず声を漏らす。

左を見た彼女の目に映ったのは。


「嘘!?そんな、有り得ない!」


翼に大きく空いた風穴だった。


五.五ミリの機銃でこんな大穴は空かない。

彼女の驚きももっともだ。


機銃で穴が空かないのであれば、別の武装による仕業である。


彼女は後方わずかに上を位置取った敵機に目を向けた。


「ネルラン十八ミリ!?あんな無理やり取り付けるなんて!」


小型とも言える機体には不釣り合いな、機体下部に取り付けられたその物体。

黒々として長い砲身が特徴的な『ネルラン十八ミリ単装機関砲』だ。


一切の複雑な機構を排除した単純設計で頑強かつ整備も容易。

外付けも比較的簡単に行える。


でありながら、一発の威力は最新鋭機すら撃墜する。

反面で連発は出来ずに射撃反動もかなり強いという、博打ばくち要素の大きい機関砲だ。


単純な設計は古くとも現役であり、今なお使われる武装である。


「くぅっ!」


穴が空いた事で左翼に風が引っ掛かり、機体が左に傾く。

この状態で最高速度を出せば、左翼が断裂する可能性もあり得るだろう。


それはつまり。


「逃げられない!」


メアリーの顔に絶望の色が浮かぶ。

相手は空賊、捕まれば何をされるか分からない。


逃げるにも戦うにも、この状態は最悪だ。


(誰か、誰か助けて!)


操縦桿を握りながら、目に僅かに涙を浮かべてメアリーは祈る。


その時。



ががんっ



後方で衝撃音が響いた。


彼女の機体に衝撃は無い、それよりも後ろだ。


「え!?」


先程メアリーの機体を撃った敵機が、水蒸気の白い煙を上げて墜落ちていく。

何が起きたのか分からない。


そう思っていた彼女の脇を大きな影が通り過ぎた。


緑で三本の屈曲配管が特徴的な大型機だ。


「何、あの機体。どこの会社の?」


遥かに古い機体と秘匿の最新鋭を除けば、各社の機体はおおよそ知っている。

そんなメアリーの記憶にも、あんな機体は存在しない。


そんな事を思っている間に更に一機、白煙を吐いて墜落ちていった。


残った最後の敵機はその光景に驚いたのか、あっという間にその姿を消した。


ホッと胸を撫で下ろす。

だが、まだ安心できない。


あの機体が敵でない証拠は無いのだ。


万が一、敵機であれば先程までの旧式とはワケが違う。

空中分解上等、フルスロットルで逃げるほかない。


ざざっ


ノイズが魔導通信機から鳴る。

そして。


「あー、あー、無事でしょうかー?」


野太い男の声だ。

通信をしてきたならば、少なくとも今すぐに撃墜される事はなさそうだ。


「はい、怪我はありません。ありがとうございます。」

「おや驚いた、随分若そうなお嬢さんだ。」


垂直尾翼に大鷲を描いた機体の操縦者パイロットは、思った事をそのまま口にした。


その通りなのだが、子供に見られたようでメアリーは少しムッとする。

沈黙がそれを表していると理解した男は、取り繕うように話題を変えた。


「その、あー。そのまんまだと墜落ちるかもしれんので近くに着陸おりましょう。」




近くの岩島に着陸する。


滑走距離は無かったが、魔法で無理やり停止させた。

翼がへし折れるかと思ったが、幸い無事だった。


風防キャノピーを開け、互いに操縦席から降りる。


「改めて、先程はありがとうございました。メアリーと申します。」


優雅さすら覚える仕草で、メアリーは頭を下げる。

家名は言わない、相手に自分から弱みを見せる必要は無いのだ。


「こりゃご丁寧に。ヴァンスって言います。」


頭を掻きつつ、ヴァンスと名乗った男は会釈した。


身なりはそれほど悪くないが、顔つきは荒くれ者に見えてしまう。

自身より二十センチ以上大きい相手にメアリーは警戒した。


それを感じ取り、ヴァンスは言葉を続ける。


「しがない運送屋をやっとります。流石に手は出さないんで、まあ、ご安心を。」

「あ、いえ、そんな事は。」


思っていないと言いたい所だが、その通りの事を考えていた。

そのせいで途中で言葉が止まってしまう。


「とりあえず、その機体どうします?」

「あ、そうでした。」


指摘されて思い出す。

自分の機体は翼に風穴があき、離陸したら空中分解するかもしれないのだ。


「救助信号、っと、ここは結構空路から外れてるか。ってか何でこんなとこに?」

「それは、その。」


言い淀みつつ、メアリーは質問に回答する。


小型機が空賊に空路外へ追われているのを見かけた。

見過ごせないので後を追った。


だが岩島の陰に隠れて見失い、速度を緩めた所で先程の敵機に囲まれてしまった。

逃げようにも巧みに退路を遮られ、逃げようが無かった。


完全に罠にめられたのだ。


「空賊がよくやる手だねぇ。引っ掛かる奴、久しぶりに見たわ。」

「うぐっ。」


ヴァンスの言葉がメアリーに突き刺さる。


「で、修理すればまだ飛べるんじゃないっすかね。」

「修理、ですか。」


メアリーは少し表情を曇らせる。

ヴァンスはそれですぐさま理解した。


「出来ない、と。」

「うっ、はい。」


再び言葉がメアリーの胸をえぐる。

修理は習っていなかったのだ。


今回の飛行フライトは、練習と機体の慣らしがメインの目的。

まさか空戦をする事になるとは、更に言えば損壊するとは夢にも思っていなかった。


多少相手が強くとも最新鋭機なら勝てる。

そう思っていたのだ。


「はぁ~、しょうがないな。んじゃ、俺がやりますよ。」


大きな溜め息を吐いて、肩をすくめながらヴァンスはそう言った。

少し不快に思いつつも今は頼るしかない、メアリーは文句をグッとこらえる。


「よ、よろしくお願い致します。」

「はいよ。あ、修理代と救助費用はキッチリ貰いますよ?」


一切抜け目ない。

だが、それについては元々支払うつもりだった。


不満も文句もあろうはずがない。


「勿論です。ただ、今は手持ちが無いので、家まで付いてきて頂けますか?」

「まあ、そうっすよね。んじゃ、それで。」


ヴァンスは自分の機体から修理道具を取り出す。


大柄の身体でありながら、軽い身のこなしでメアリーの機体に飛び乗った。

左翼に乗った状態で道具を取り出し、修理を始める。


それから三十分、瞬く間に応急処置が終了した。


「は、早いですね。うち、じゃなかった、知り合いの整備士でもここまでは。」

「まあ、慣れてますからね。コイツも自分で組んだんで。」


道具を自身の機体に片付けつつ、ヴァンスはそう言った。


「組んだ!?ご自分で作られたのですか!?」

「ええ、まあ。」


さも当然のように言い放つ。


資金も技術も時間も無ければ、そうそう出来るものではない。

メアリーにとっては、ヴァンスは常識外れの存在だ。


そうして、二人は岩島を後にした。

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