第一空 機体性能だけで勝敗は決まらない

「ちわーっす、お届けモンでーす。」


木製の両開き扉をノックし、気の抜けた声をかける。

住宅地の奥にある、とある場所が今日のお届け先だ。


足元には五十センチ角の木箱。

隣町からのお届け物だ。


中身はかなり軽く、むしろ木箱自体の方が重いのではないだろうか。


少し待っていると、はーい、という声と足音が近寄ってきた。

がちゃり、と鍵が開けられ、レバー式のドアノブが首を垂れる。


扉が開く。

二十代だろうか、黒いベールを被った女性が顔を出した。

ここは教会併設の孤児院である。


「隣町の教会からお届けモンっす。あ、これにサインか押印お願いしまっす。」

「ああ、はい。ありがとうございます。」


にっこりと笑顔を見せて、シスターは印鑑を取り出してポンと押した。

この孤児院の名前だろう文字と教会を表すマークが描かれている。


「あざっす。あ、コレ運びましょうか?」

「良いのですか?助かります。」


女性には優しく。

ヴァンスは紳士なのだ。


下心?

有るに決まってんだろ、そんなもの。


ひょいと木箱を持ち上げて、孤児院の中へと入った。


教会は街の住人からの寄付で成り立っている。

そして各都市の教会は連携して物資や資金を融通し合っているのだ。


だからだろうか。

孤児院という言葉の印象よりは施設がしっかりとしており、学校と遜色そんしょくない。


この世界、孤児が多い。

両親が病死した等もあるが、それよりも多い死因がある。


それが空に関わる死だ。


一つの都市の中だけで生活できる者ももちろんいる。

だがそれ以上に、都市間を行き来する仕事に従事する者が多いのだ。


となれば様々な原因で落命する事がある。

航空機の不調による墜落、天候の悪化に巻き込まれての事故。


そして、空賊による襲撃での死。


孤児たちは親の死にもめげずに、今日を生きているのだ。


「では、この机の上に。」

「はい、よいせっと。」


少し持ち上げて、指示された机の上に木箱を置く。

途中で開封されないように魔法で施された鍵をシスターが解いた。


良くやり取りをする依頼主と受取先では、双方以外解けない鍵をかける事が多い。

教会ではよくあるセキュリティである。


がたり、と音を立てて蓋が外される。

その中にはぎっちりと詰め込まれた手紙と封筒が入っていた。


その一つに書かれた内容が目に入る。

隣町の孤児からのお手紙だ。


「そんじゃ、俺はこの辺で。」

「あ、お待ちください。」


去ろうとしていた所で引き留められ、ヴァンスは振り返る。


「子供達もお礼を言いたいでしょうから。」




随分とずかしい思いをする事になった。


集められた三十人ほどの子供達の前に立たされ、声を揃えてお礼を言われたのだ。

年齢は様々で三歳程度から十五くらいまで幅広い。


十五の子供は何とも恥ずかしそうにしていた。

ヴァンスはその子と心を通わせた思いである。


居心地の悪さに背を押され、孤児院を後にした。

街で適当に買い出しをして、飯を腹に納めて飛行場へと向かう。


相棒に乗り、エンジンを掛ける。

七式は、ぼぼっ、と機体から伸びる屈曲配管から息を吐く。


プロペラが勢いよく回り出し、ゆるゆると車輪で前へ進む。

先客が飛び立ち、ヴァンスに番が回ってきた。


エンジン出力を上昇させる。

前方へと進む力もまた上がっていく。


十分に加速したところで、操縦桿を自身の方へと引いた。

大地を転がっていた車輪が宙に浮き、機体全体が空へと舞い上がる。


上げ下げ式の棒スイッチをパチンを上にあげた。

車輪が機体に格納され、空を飛ぶのに最適な形へとその姿を変える。


十分に上昇した所でヴァンスは操縦桿を元の位置へと戻した。


雲よりはずっと低く、地表からはずっと高く。


雲と大地の狭間をヴァンスは進む。

町から離れた所で機首を上に向け、漂う雲を見ながら上昇した。


空荷からには経済的じゃないが、ま、しょうがねぇか。」


背後の空間を一瞥いちべつする。


荷を運ぶために用意した、大人一人が余裕で寝転がれる大空間。

高さも座った人間がすっぽり入る程に広い。


今、その場所には何も載せていなかった。

先程の町で依頼が無いかを調べたが、運悪く何も出ていなかったのだ。


依頼を待って滞在するのは更に経済的ではない。

そう判断して、ヴァンスは自宅へと帰る事を決めたのである。


「あー、晴れやかで良い天気だぁ。俺の財布みたいに澄み切ってんなぁ。」


遠い目でヴァンスは空を見る。


帰りの依頼がある事を踏んで、教会のソレを受けたのだ。

まさか何もないとは、完全に想定外である。


当然、彼の今日の財政はかんばしくない。

流石に赤字ではないが、別方面の依頼を受けていれば大黒字おおくろじになっただろうに。


そう考えると、どうしても物悲しさを覚えてしまう。

ヴァンスは働き者ちょっと貧乏なのだ。


「ん?」


遠くを見ていた事で気付いた。

黒い点が複数、かなり離れた場所でグルグルと動き回っている。


観察すると、三つの黒い点が一つの黒い点を追い込んでいるかのように。

それはつまり。


「空賊か!」


誰かが襲われているという事だ。


ヴァンスは操縦桿を右へ傾けた。

機体が大きく右に、空中のダンス会場へと航路を変える。


「助けたら謝礼貰えそうだ!」


帰りがけの駄賃を目当てに、空っぽの大鷲は加速した。




「くぅっ!このぉっ!」


こちらはアルドメレ社の最新鋭機。

相手は固定脚の旧式機体が三機。


でありながら、連携してこちらを翻弄してくる。


その状況にいら立ち、操縦桿を握る手にも思わず力が入った。

だが、それでは相手の思うつぼだ。


メアリーは目をつぶり、息を大きく吸って吐いて、気持ちを静める。

僅かな時間だったが十分に心は落ち着いた。


透き通った赤の瞳を持つ目をゆっくりと開く。


汗で頬や首に張り付いた、背中まで伸びる茶が濃い金髪を乱暴に手でいた。

同じく汗が滲む薄青のシャツブラウスには構わない。


操縦桿が捲り上げた、黒赤のタータンチェック柄の膝丈スカートを元に戻す。

狭い操縦席で右往左往した事でずり下がってしまった、白のハイソックスも整えた。


焦げ茶の編み上げブーツの中で足の指をぐっと閉じて、力強く開く。


「よしっ!」


全身の強張こわばりを除去して、メアリーは周囲の状況を再確認する。


敵は三機。

完全に時代遅れの旧式。


低出力で武装も貧弱、だが小回りが利く。

ずんぐりとした機影から太った鼠とも呼ばれる機体。


たしか正式名称は『CP.201 クレドノラ』だったはず。

チェラペンテ社が随分前に売り出した、かなり古い機体だ。


それを使っているという事は、この空賊の懐事情はカツカツなのだろう。


武装も五.五ミリ機銃が二門だけ。

大型化が進んだ航空機相手では貧弱も貧弱な装備だ。


しかし決して侮れる相手ではない。


旧式であればこその小回りの良さとそれを活かして背後を取る格闘戦ドッグファイト能力。

熟練の操縦者パイロットが乗れば、最新鋭機ですら翻弄できる。


今まさに、それがメアリーの身に起きているのだ。


彼女が操縦する機体は『アルドメレ=イロン Mark.Ⅴ』

アルドメレ社の最新鋭機である。


機首と尾翼は黄色く、それ以外はマホガニー色。

主翼の付け根から翼端まで、進行方向に口を開けたV字の白線が描かれている。


垂直尾翼には白百合を咥えた空を舞うツバメ。

速く、そして可憐に。

それをそれを表す意匠である。


機首の二枚の三枚羽プロペラが右回転と左回転する二重反転式。

それによって高速性を得た機体だ。


主翼の八.五ミリ魔導機銃二門と胴体下部の二十ミリ魔導機関砲二門。

重武装とは言えないが、魔導武装は弾切れの心配がなく継続戦闘能力が高い。


高速性を保っていながらこれは、十二分に傑作機と言って良いだろう。


主翼後ろの胴体から後方に伸びる排気配管は各側一本のみ。

これもまた、軽量化のための設計である。


最高の速度を持つはずの機体だが、メアリーはそれを活かせていない。

陽動に引っかかって減速した所で、複数の敵に囲まれて翻弄され続けているのだ。


唯一と言ってもいい弱点の再加速性の悪さが、今まさに足を引っ張っていた。


「強行突破するしかない!」


思い切りよく決断し、メアリーはエンジンをフルスロットルで回す。


再加速性が悪くとも加速してしまえば振り切れる。

敵の攻撃による多少の損傷は最早避けられない。


ならば受けてしまえ。

操縦席への直撃弾を受けさえしなければ、五.五ミリ機銃など十分に防げる。


彼女はそう考えた。

だが、それは結果として判断ミスだった。


それを彼女は、この後知る事になる。

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