上空一万メートルの航跡雲(コントレイル)
和扇
TAKE OFF
人類は敗北した。
大地に
だが人類は諦めなかった。
逃げる事を決めたのだ。
大地に居場所が無くなったのならば、空へ。
戦うために使っていた魔法を、今度は逃げるために。
大地が必要ならばそれごと。
人類一世一代の大魔法。
永続的に大地を浮遊させる奇跡を起こした。
都市は空へと浮かぶ。
人もまたそれと共に空へ。
上空と言うには低く、地上と言うには高い。
母なる大地から離れた、五百
だが問題があった。
都市間の連絡だ。
ある都市は工業が盛んであり人口が多い。
反面、食量と資源が少ない。
またある都市は広い土地があり農業畜産が盛ん。
反面、そこで使う農機や建材などが少ない。
全ての都市は単独で維持できるようには出来ていなかった。
だからこそ、人々は作り上げた。
魔法と機械を組み合わせ。
人が操り、空を駆ける。
そう、航空機を。
こおぉぉ、と高い排気音。
ぶうぅん、と低い回転音。
機首に取り付けられた四枚羽のプロペラは、機関出力に応じて
鉄の体は頑丈で、翼と機体に仕込まれた機銃と機関砲は敵を討つ。
足跡は白い
他の航空機よりも大柄で大馬力。
胴体と
木箱を掴んで羽ばたこうとする大鷲が垂直尾翼に描かれている。
その操縦席で操縦
「くぁぁ、今日も平和だねぇ。」
眠たげに大あくびをして、
首の後ろで縛ったそれほど長くない黒髪を持つ頭を、ばりばりと乱暴に
彼の
長袖白シャツは肘の少し手前まで腕まくり、そこから伸びる腕は筋肉を纏って太い。
胸板も厚いが、それを覆い隠すように焦げ茶色のベストを身に着けている。
下は年季が入って所々白くなった紺のジーンズだ。
爪先と靴裏に鉄板が入った黒のブーツが、リズムを取る様に操縦席の床を叩く。
男の名はヴァンス。
年の頃は三十半ば、自由気ままな独身貴族。
彼が
依頼主から荷を受け取り、それを待つ人へと届ける仕事。
言うは単純だが、空には危難が多い。
大地から人類を追い出した魔獣の一部は空を飛ぶ。
航空機を捉えられる者は少数だが、出会ってしまえば命がけだ。
荷と機体を狙う空の野盗、
奴らは、都市以外に浮遊した大型の
空を行く者すべてにとっての敵である。
そして何よりも自然だ。
風に雨、雪に
航空機にとっては全て敵。
それすら
ヴァンスもまた、その一人である。
巧みな操縦技術をもって、荷を確実に届ける事から一定の信頼を獲得していた。
「さぁってと。あと少し、頑張りますかねぇ。」
両脚の太ももに挟まれるようにして設置された操縦桿を僅かに前へと倒す。
プロペラが回る機首がそれに合わせて僅かに下を向いた。
高空から少しずつ高度を下げていく。
長く飛ぶときは高く、目的地周辺になったら低く。
空を行く者の
青の魔石による水の供給と赤の魔石による熱の供給。
二つによって蒸気を生み出し、
その出力を僅かに下げる事で速度を緩めた。
翼後方の胴体から伸びる、片側三本の銀色
それに合わせて排気音も僅かばかり穏やかになった。
空にありながらヴァンスが座る機体内部は暖かく、息苦しくも無い。
魔法の恩恵はここにも生きている。
機関で外気を取り込み、それを赤の魔石の熱で温める。
内蔵された黄の魔石によって生み出された電撃で水蒸気を分解し、酸素を作り出す。
機械と魔法を合わせた機体機構。
まさに今の世界を表しているようだ。
遠くに空に浮かぶ大きな島が見えてきた。
今日の目的地はアレだ。
もう少しだけ機首を下げた。
機体後方に吐き出された水蒸気がその軌跡を描く。
道などない自由な空。
されど不自由も孕む空。
その青に白の航跡が弧を描いた。
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