コーディネート

「ふふふ……」



 紙袋にぎっしり詰まった何冊かの本に笑みがこぼれる。こんなに本を買ったのは久々だ。月曜日に学校を休んででも読もう。



「戸国がこんな笑っとんの初めて見たわ。」


「何、悪い?」


「そうとは言ってへんて……」


「尋ちゃん!約束忘れてない?」


「忘れてないよ。読み終わったら交換、でしょ?」


「うん!私のも読み終わったら交換だからね!」



 浮は嬉しそうに私のと同じ紙袋を掲げた。浮の方もかなりの重さに見える。相当買い込んだようだ。



「さてと……次はウチ行きたいところあんねんけど、ええかな?」


「ええかなって……どうせ服屋でしょ。さっきも行かなかった?」


「それは戸国の服探すためやろ?ウチらだってゆっくり服見たいもん。なぁー?」


「そうだね!粧奈ちゃんにオシャレな服選んでもらいたいし!」


「おー、浮ちゃんはええ子やなぁ。……チラ。」


「こっち見んな。行けばいいんだろ。」



 これみよがしにチラ見してくる古舘に舌打ちして、私は先導する古舘に追従した。



 

 目的の店は案外近くにあり、時間もそこまでかからなかった。私たちは中に入って、私以外の二人はこぞって目を輝かせた。私も適当に物色することにする。



 ……お、このシャツ良いな。デフォルメされた金剛力士像が最高にイカしている。



「いらっしゃいませー!そちらの商品にご興味が?」


「うわっ。」



 あまりにもぬっと出てくるものだから、思わず短い悲鳴をあげてしまった。店員はそんなことを意にも介さず続けた。



「当店ではそのようなダサTから本格ファッションまで、幅広いジャンルの服を取り扱っております。」



 ダサT?いや別にダサくないだろ。渋谷とかでこんなの来てる人いそうだし。



「あぁ、せっかくやし店員さん。この子に似合いそうな服見繕ってあげてください。」


「は?ちょっと。」


「どうせ自分でやっとったら悲惨な結果になんのは目に見えとんねん。大人しく任しとき。」


「……」



 なんで私がセンスないみたいになっているのか不服でならない。とはいえ確かに服屋の店員に任しておけば失敗することもないだろう。自分で断行するか、専門家に任せるか……合理的なのはどちらか、考えるまでもない。



「分かりました。それではこちらに。」


 

 店員の案内で試着室へと連れて行かれ、私は店員に手渡された服を着ることになった。



 ◇◇◇



「えぇやん!」



 スチャ、とカメラを準備しながら興奮する古舘を、試着室から出て来た私は冷たい目で睨む。

 いわゆる地雷系に近い服装だろうか。フリルが多くあしらわれた黒と桃色で、ハートのバックルが付いている。



「メイクはタレ目でピンク系のアイラインで髪型はストレートハーフツイン……」


「分かんない分かんない。何語?」


「女子高生ならメイクくらいしろ!」


「校則でメイク禁止だからな?」



 普段外に出掛けることもないし、あったとしてもメイクとかが必要な場所に行くつもりもない。つまり覚えるだけ無駄である。



「ご着用なされていた服がとても大人っぽいコーデでしたので、敢えて別の角度から攻めてみようかと思いまして。」


「うーん……媚びすぎじゃないですか?」



 その一言にアテを外された店員は驚愕し、目を丸くしてこちらを向いた。



「媚びすぎ……?」


「ちゃうちゃう、媚び過ぎぐらいが丁度えぇねんて。こういうの男ウケええんやし。」


「男ウケはいらない、むしろ狙ってると思われるのは耐えられない。」


「サバサバアピールは女子から煙たがられるで。」


「そもそも煙たがられるような相手いない。」


「アッ……」


「周囲からの評価とかウケとか、とにかくそういうのはどうでもいいんで。それよりももっと自己主張が強いような服ありませんか?」


「それもうオシャレの目的真っ向から全否定してるんとちゃうん?」



 自分の個性の発揮もれっきとしたファッションの意義だ。環境への適応が服飾の全てではない。古舘も勉強が足りないようだ。



「尋ちゃん、粧奈ちゃん!」



 私が使っていた試着室とは反対側の、別の試着室から声が聞こえた。振り返ってみると、新たに服を着替えた浮がこちらに歩いて来ている。



「りょ、量産系や……!」


「えへへ、似合うかなぁ。」



 浮の服装はどことなく、今の私の服装と共通点が多く見られた。「量産系」と呼ばれたそのコーディネートは、私の「地雷系」とどう違うのだろうか。



「戸国、あんまピンと来てへんような顔やな。」


「うん。浮と私の服ってなんか違うのかなーって。」


「量産系と地雷系、言葉だけやと同じように見られがちやけど、実際結構違うもんやで?」


「え、そう……?」


「よう見てみ?一般的な量産系は『ゆるふわガーリー』って感じ。対する地雷系は『病み闇ガーリー』って感じや。」



 うーん、よく分からん。ってか『病み闇』ってなんだ。そんな単語聞いたことねーよ。結局どっちもガーリーだし。



「例えて言うなら、オタサーの姫が量産系、ヤンデレとかメンヘラが地雷系のイメージやな。偏見やけど。」


「あー、なるほど。結構分かる。確かに今の浮はオタサーの姫。」


「おたさー……?」



 私の服が黒を基調とした物なのに対し、今の浮の服は桃色があしらわれているところが目立っている。ダークな雰囲気は感じられず、いかにも男に群がられることを目的とした可愛らしさが透けて見える。

 言われてみると、確かに雰囲気が違うように思えた。



「浮ちゃんそれ普通に似合っとるで。どうする?」


「うーん……他のも見て決めてみようかな。」


「そうだね、私もそうするつもりだし。すみません、他に何かありませんか?」


「あ、はい!媚びないタイプの服も当店は揃えておりますよ!」


「じゃあそれをお願いします。」



 ◇◇◇



「確かに媚びては無い。でもそうはならんくない?」



 古舘は構えていたカメラを降ろして呆れ果てた。



「いやこれなかなかいい線ついてるよ。」


「どこが!?」



 私は現在着ているヒョウ柄のシャツとシンプルなジーンズを見せて首を傾げる。どうやら古舘のお眼鏡には敵わなかったらしい。



「媚びずに我を貫く、そして自己の心をより頑強にする野性的なファッション。人呼んで『大阪スタイル』です。」


「大阪偏見スタイルの間違いちゃうん!?今どきヒョウ柄着てるおばちゃんなんて……おるにはおるけど!」


「ポケットには飴ちゃんも常備されてあります。」


「それファッションとちゃうわ!!」


「ん、このキャンディ美味しい。」


「あそうなん?ならええや……じゃないねん!」



 文句ありげな古舘を前に、私は口の中でシュワシュワと泡を生む飴玉を転がした。



「でもこれなんか守りに入ってない?」


「は?」


「いや、こんな如何にもって感じの大阪のおばちゃんだと、なんかオシャレで失敗するのが怖くて定番所を抑えてるみたいな感じじゃない?」


「定番所ではないやろこれ。」


「もっと個性を出したいよね。元からある価値じゃなくて、独創性のある美?それが欲しい。」


「言ってることが前衛芸術家なんよ。」


「それ、もっと前衛的な感じ。」


「なるほど、前衛的で攻めたコーデですか……」


「この店大丈夫なん?」



 指を顎に添えて考え始める店員を見る古舘は、この店のセンス自体を危ぶみ始めていた。



「尋ちゃん、粧奈ちゃん!」


「おー浮ちゃん、次はどんな服を……」


「大阪と言えば、だよね!」



 そこにはくいだおれ太郎が立っていた。



「……うん、分かった。別の店行こか。」


「お客様!?」



 古舘は頭痛に苛まれているかのように指を額に当てた。当然店員は慌ててそれを止めに入り、私は浮の服を改めて見た。



「……うん、なかなか良いんじゃない?」


「あはは、お家で着る分には良いかもねー。」



 浮はそう言って自分のセンスを謙遜しながら頬をかいた。高級ホテルとか行くときに着ていくような服だぞこのレベルは。



「にしても……良いよねぇ大阪。一回行ってみたいなぁ。」


「えー……あんまり良いイメージ無いな。古舘のせいで。」


「だってだって、大阪といえばグルメだよ!串カツにたこ焼きに……」



 幸せそうな顔で大阪名物を挙げていく浮。先程のスタミナ丼はもう消化されたらしい。



「古舘の会社の本社、大阪にあるらしいよ?お願いしたら連れてってくれるかもね。」


「ホント!?粧奈ちゃーん!」



 冗談半分で言ってやると、浮はすぐさま古舘に突撃しに行ってしまった。

 店員の粘着からやっと解放されていた古舘は、突進してくる浮に反応することが出来ず、吹っ飛んで行った。



 ◇◇◇



「あのな……確かに前衛的で攻めてるで?でもこれもはや言葉遊びの領域や思うねん。」



 ガシャン、と重苦しい鉄塊の擦れる音を伴って試着室から出てきた私は、瞳から光がなくなった古舘にため息をつかれた。



「どうですかっ!!前衛にて味方を守りつつ、攻めの姿勢も崩さない!」


「失格。」


「えええええええええ!?」


「当たり前やろぉぉぉ!?」



 中世の騎士が着用しているような、いわゆるプレートアーマーと呼ばれる装甲を身にまとい、その重厚感を前にした古舘は、崩れ落ちる店員を一喝した。



「もうこれふざけてるやろ!?渋谷ハロウィンでもこんな仮装せぇへんぞ!?」


「で、ですがお客様のご要望にはしっかりと……」


「あくまで前衛的な!?前衛の騎士とちゃうねん!!」


「いやでもこれデザインとしては悪くないよ。」


「美的センスが壊滅的!!」


「ただまぁちょっと重すぎるかもね。ここまで重いと私じゃビクとも動けない。戦場じゃあ格好の的になる。」


「ウチら別に戦争の準備しとるわけちゃうんやけどね?」


「尋ちゃん、粧奈ちゃーん!」



 そうこう言っているとまた浮がやってくる。私たちはその声の方へと振り向いた。


 そこには甲冑を着込んだ武士がいた。



「誉は浜で死にました……」


「対馬の亡霊!?これアカンやろ色んな意味で!」


「鎌倉武士を選ぶのはなかなか良いセンス。」


「別にそこはどうでもええやろ!!」


「チェストぉぉぉぁ!!」


「ゴーストオブサツマ、とちゃうねん!!」



 度々大声を出している古舘は息も絶え絶えに、それでも何やら訴えかけていた。



「店員さん!?コスプレにしてももっと他にあるでしょ!?猫耳メイドとか振袖とかドレスとか!」


「その品揃えは、ありませんでした。くっ……」


「発注してる服のセンス偏りすぎやろぉぉぉ!」



 うーん……でもまぁ確かにピンと来るような服は無かったんだよなぁ。なかなか悪くないところまでは来てるんだけど、なんかこうビビっと来ないというか……

 仕方ない、少し惜しいがここでの購入はやめさせてもらおう。



「別の服屋も見てみよっか。元の服に着替えてくるからちょっと待ってて。」


「お客様ぁ……」


「おぉ、是非そうして欲しいわ。ここの服はちょっと奇抜過ぎてもう……」


「じゃあ私もー!」



 店員には悪いが今回はご縁がなかったということで諦めて欲しい。そもそも私、今のところそこまで服には困ってないしね。

 私と浮はそれぞれ試着室に戻った。



 ◇◇◇



「……なぜ?」



 私の目の前にいる古舘は、もはや古舘の原型を留めていなかった。

 プレートアーマーの上からゆるふわガーリー系の服を着用し、鉢金を巻いた侍スタイルの頭には十字架付きのリボンもつけられていた。



「いやぁな、さっきえらいイケメンがここ来てな?『えなに、めちゃ可愛いじゃん。こんなん着てる子いたら惚れるわ。』って言ってさっきの服見ててん!」


「はぁ。」


「いやはや、お買い上げありがとうございます。」


「こちらこそありがとうなー。ええ買い物出来たわ。」



 あいつ、本当に経営者の一人娘なのだろうか。古舘が社長になったらすぐさま会社イケメンに乗っ取られると思う。



「さすがに大荷物ですので、ご自宅に配送致しますね。」


「せやな、頼むわ。こんなん持ってウロウロ出来へんし。」



 そう言って古舘はガシャンガシャンと試着室へと入り、やがて着替えて元の姿に戻って出て来た。古舘はとても満足そうにしていた。











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