ラノベのタイトルが長いのは戦略
「面白かったー!」
「な、なんとか耐えきった……」
映画を見終えた私たちは、今は店内のフードコートで昼食を摂っているところだった。
浮はスタミナ丼、古舘はタコスを食している。
「にしても、ごめんね尋ちゃん。結構スプラッタ系だったよ……」
「……」
完全に意気消沈した私は何も食べる気も起きず、自分の世界に閉じこもるために机に突っ伏している。きっと今の私の目はこれ以上無いくらいに虚ろになっていると思われる。
「戸国ぃ、人に散々言っといてこのザマかいな?おぉん?」
「ごめんなさい……」
「あら素直。」
「ダメだよそんなこと言っちゃ!誰にでも苦手なことの一つや二つあるんだからさ。」
う、浮……天使か?
「いーや、乗せられたのは確かにウチやけど、戸国の口の上手さにも問題あると思うわ!少しくらいやり返したってバチは当たらんやろ。」
古舘……悪魔か?
「まぁあんまりイジると地雷を踏み抜くとも限らんし、こんくらいにしておくとして……次はどこ行くんや?」
「んー、そうだなぁ……」
「まぁ戸国がこれやから、しばらくは休憩になりそうやけどな。」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「いや怖っ。」
「あ、そうだ!先に本屋さん行く?」
「!」
本!私の心の拠り所!今のひび割れた私の心を救ってくれるのは本以外にはない!
「あぁ、まぁええんちゃう?戸国のメンタル回復になるやろし。」
「大分助かる……!」
「そうと決まれば尋ちゃんもなんか食べときなよー。お腹が空いてたら元気も出ないからさ!」
浮、お前映画観ながらポップコーン食べてたよな?なんでそんなに入るんだ?
「分かった。じゃあ適当にナクドマルドでポテトでも買ってくる。」
希望を与えられた私はまともな会話が出来る程度には立ち直り、二人を置いて昼食を調達しに行くことにした。
ナクドマルドは世界的な規模で展開されているファストフードのチェーン店である。フライドポテトやハンバーガーなど米国発祥のジャンクフードを取り扱っており、手軽で安くて美味いのが特徴だ。
そんな店だと当然人気もあり、フードコートのナックエリアでは長蛇の列が形成されている。
最後尾に並んで先を見た私は、来るならもう少し早い方が良かったか、と後悔した。
そんな行列から私が解放されたのは、大体十五分ほどが過ぎた頃だ。
「ありがとうございました。いらっしゃいませ――」
間髪入れずに次の対応をする店員さんを背に、私はバーガーセットを持って二人のいる席へと戻る。
「――あの子……」
浮たちがいる席の更に向こう、フードコートの入り口付近に小さな子供が一人、ポツンとその場に立ちすくんでいるのを見つけた。近くに大人の気配は、無い。
……迷子、だよね。多分。可哀想に。
そう思いながら視界から外し、私は二人の待つ席へと戻った。
その内誰か他の、親切な人が声を掛けてくれるだろう。これだけ広いモールならば迷子センターのような場所もあるだろうし、そこまで心配する必要も無いだろうし。
席に帰ると二人は、お盆を持った私に気づいて笑いかけてきた。
「お、おかえり!」
「ガッツリ頼んだな……」
「元気出たらお腹空いちゃって。」
「あー分かる!しんどい気分が治ったときってその分の食欲が波みたいに押し寄せてくるんだよね!私それで一回連れて行ってもらった回転寿司屋さんで二十皿食べちゃった。」
「それはバケモンだろ。」
「よぉ太らんかったな……」
驚きの食欲だ。二十皿は正気の沙汰じゃないぞ。
「あ、そうそう。戸国な?ご飯の食べ方なんか小動物っぽくてめちゃくちゃ可愛いねん。」
「そうなの?見てみたい!」
「やめろ、適当なこと言うな。」
「適当ちゃうし!戸国、昼飯無しで基本昼休みは読書してんねんけど、たまにプロテインバー買って持ってくるときあんねんな?それの食い方がもうこれ……狙ってるやろって感じやねん。」
「へぇー!」
まーたよく分からんことを吹き込みやがって……狼だけでは飽き足らず、私を動物にしないと気が済まないのか。
私はため息をついてバーガーの包み紙を開けると、さっさと食べてしまおうとした。
浮と古舘が、私のことをじっと見つめている。
「……何?」
「あぁ、気にせんといて。」
「といて!」
いや食べにくいんだけど……
◇◇◇
「これからは戸国に毎日餌付けしようと思う。」
書店への道すがら、古舘は先ほどの話題を掘り返して呟いた。
「いい加減にしてよ……」
「あはは、良いじゃん可愛いんだしさ!」
「せやせや。褒められとんやから素直に喜んどき。」
「馬鹿にしてるのが見え見えなんだけど。」
「してないしてない!戸国ホンマに顔はえぇねんから、それだけは自信持ちぃや!」
「はぁ。」
仮にそうなのだとしても、私にとって顔が良いことはなんのメリットにもなり得ない。自尊心や恋心なんぞに現を抜かしている暇があるなら本を読め、本を。
「……と、着いたよ!本屋さん!」
浮が指した向こうには確かに、他の店と同じよう立ち並んでいる本の店があった。それを見て、私はにわかに心が躍る。
「戸国は今なんか買いたい本とかあるん?」
「んー……これと言ったものは無いけど、たまにはラノベみたいなのにも触れてみようかなって思ってる。」
純文学のような芸術としての物語とは打って変わって、多くの人が求める形に沿って生み出されたライトノベルは、さながら文学にとってのナクドマルドのようなものだ。
「ラノベは挿絵なんかも付いて読みやすいって言うし、浮に紹介するにはピッタリかと思ったんだけど……私自身読んだことなかったから。だからまず私が読んでみようかなって思って。」
「なるほどなー!ラノベやったらウチも、ドラマから入って読んだりするわ!」
「どうせ『青春ー』とか『恋愛ー』とかでしょ。古舘の好きそうなジャンルとか大体想像つく。」
「なぜバレた……」
予想は見事的中したようで、古舘は信じられないと言った様子で唖然とした。
「そんなことより早く行くよ。」
「公園着いた犬みたいやな……」
「飼い主の自分は苦労している、とでも言いたいわけ?」
適当な言葉のやり取りをして、私たちはその店に入った。
下町の本屋とは違い、やはりモール内に設置される書店はモダンな内装になっていた。産まれてこの方、本を買ったのは行きつけの本屋かネットショッピングくらいである。
だから壁一面に並べられている本を見て、あるいは山積みにされた話題の一作たちを見て、私がいちいち目を丸くしているのも無理はないことだろう。
「桃源郷はここにあったんだ……」
「一般的な高校生とは思えへん反応。」
「広ーい!すごーい!」
「え、おかしいのウチ?」
「……はっ!そうだラノベ。この景色を楽しむのも良いけど、やることはやっとかないと。」
危うく時間の許す限りここに滞在しそうになっていた。
モールの本屋、恐るべし……
私は新書や文庫本が所狭しと並べられているコーナーを抜けて少し行った場所にある、ライトノベルブースへと移動した。
ライトノベルブースはそこだけで店内五分の一の場所の面積を占めており、他のジャンルと比べて優遇されているような広さだった。
おそらく若者も多く訪れるこのモールで、その年齢層の需要に合わせようとした結果なのだろう。経営というのも大変そうだ。
「んー……題名が全部身も蓋もない。」
そんな優遇措置を受けているラノベに対する私の感想がそれだった。いやそういうものだって言うのは分かっていたけど……
「『外れスキル【天日干し】で作った干物が全ステアップの効果付きで、しかも普通に食うより何倍も美味いって知った元勇者パーティーの俺は、後から擦り寄ってきた勇者たちに戻ってきてと言われたけど、もう既に可愛い女の子たちとハーレムを築いて田舎の村で大人しく生きようとしているところなのでもう遅い!ついでに今までの仕打ちをマブダチの国王に愚痴ったら、勇者の称号なんかを取り上げられててこの世の終わりみたいな顔してるけど、俺はお前にもっと絶望を味わわされたから自業自得でざまぁ』……タイトルだけで表紙埋まってるんだよなぁ。」
また一つ手に取ったラノベを棚に戻し、私は胸焼けするような気分を落ち着かせた。
随分と個性的な作品名は、やはり今まで読んでいた本のジャンルでは見たこともないようなものだ。同じ本でもここまで違う、という点では確かに興味深い。
「尋ちゃーん、何か面白そうなの見つけた?」
「ん、まだ何も。これだけいっぱいあるんだから、一冊くらいは掘り出し物とかあるとは思うけどね。」
「へぇー……全部面白そうだね!」
「え、そう?ほらこれとか、『外れスキル【天日干し】で……」
「おぉー!タイトルながーい!すごーい!」
「感心するとこそこ?」
これにはブラック企業のイエスマンもニッコリである。ここまで来れば人生の全てを楽しんで過ごすことが出来るんじゃなかろうか。
「あ、これとかどう?」
興味深そうに近くの本棚を眺めていた浮は、そこから背伸びして一冊を取り出すと、私の方へと差し出した。私はそれを受け取り表紙を見る。
「『羊と聖書』……?」
これまで見てきたタイトルとは打って変わってシンプルに収まっている。そのためタイトルだけでは内容を把握出来ず、私は裏表紙のあらすじの方にも目を通した。
――その偉大なる権威と財力を持つ教会で、神父たちはお互いに権力のための闘争を続けている。オーエンもその内の一人であり、泥沼のような欲と嫉妬の争いに日夜傾倒していた。そんな中、自身の教会に一人の少女が懺悔に訪れる。その少女の華奢な体は今にも朽ち果てそうで、その綿毛のような白髪からは羊のような角を覗かせていた。少女は悪魔だったのだ。
「……良いじゃん、面白そう。」
「だよねだよね!」
玉石混交の玉が出た。
面白そうだと思う物は人それぞれだと思うし、どれも一概の基準を以て『面白い』ということも言えないものだが、私はこれを読んでみたい。これは買いだ。
「私もこれ買って読んでみよっかな!」
「良いんじゃない?読んでないから私からオススメは出来ないけど、多分面白いと思う。」
長年の読書経験から来る勘がそう告げている。これは名作の匂いがする。
ということで、私と浮はその本を持って引き続き本屋を散策する。買うラノベは決まったため、普通の方も見てみることにしたのだった。
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