DEBESO
7/27 一部不適切と思われる部分を修正しました
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外出するときの服装で気をつけるべきなのは、それが動きやすい服かどうか、それと肩肘張りすぎていないかどうかだ。
そもそも服というのは主に三つの目的で使われているのは分かるだろう。一つは保温などによる体温調節。二つは体を隠すための社会的用途。三つに自分の身分だったり、自分がどのような人間なのかを伝える自己表現。
だから服とは最低限、この三つの基準さえクリアしていれば何であろうと同じなのである。
……家を出る前の私は、そう自分に言い聞かせていたはずなのだが。
私はこれまで、誰かと共にどこかに出掛けるというようなことを、家族と以外したことがない。つまりこれが初の友達とのおでかけになる訳だ。二人は友達とは少し違うけれど。
だから、少しだけ見栄を張りたくなったのかもしれない。それか、私を見て驚いて欲しかったというのもあるだろう。たまにはいつもと違う、私のセンスを見せつけて古舘を黙らせてやるのも悪くない。
そんな気持ちで、私は自分で選んだ一番の勝負服を着て集合場所へと赴いたのだが……
「……まさか、こんなに驚いてもらえるとは。」
完全に思考が途切れているかのように、目を大きく見開いたまま動かなくなってしまった二人。視線は絶えずこちらを追ってきているため、命に別状があるわけではないだろう。
「ふふ、確かにこれは楽しいかもね。たまにならこうしてオシャレしてみるのも悪くないかもしれない。さすがに古舘が着せてくるような服はあれだけどね。」
「……」
「……さ」
「え?」
「……だっっっっっっっっっっっっっっっっさ。」
◇◇◇
「ごめんって……いや、マジでごめん。」
「……」
いつもと違い、古舘は本気で申し訳なさそうに私の隣で謝罪を口にする。それだけで先程の言葉は本心であったというのが見透かせてしまうのが辛いところだ。
「まぁ……あれやん?よくよく見たら愛嬌良く見えるというかさ。」
「そ、そうだよ!それに何が好きかなんて人それぞれなんだから!出べそが好きな人もいるよ!」
「別に出べそが好きなわけじゃないです……」
そんな不毛なやりとりをしている間に、改札を通り過ぎて駅から出た私たちは、目の前にある大きなショッピングモールを目にした。
「これが、舞方モール……」
「え?戸国もしかして来んの初めてなん?」
「だって、本なら近所で事足りるし。」
「いやいやいや、家族とかに連れてきてもろたり……」
「面倒だったから留守番して本読んでた。」
「えぇ……」
「ほらら目的地にも着いたしさっさと座席予約しに行こ。」
そう言って私は話題を切り替えて歩き出すと、古舘が肩にポン、とその手を力強く置いて来た。一体何のつもりか、と聞く前に古舘は答えた。
「戸国、それダサいから着替えよか。」
「……」
私は古舘の奥にいる浮を見る。彼女も困ったような顔をしながら、しかし古舘側に同意をしているらしい。それならば古舘の趣味云々は関係なしに、本当にダサいから着替えて欲しいと思われているのだろう。
なにそれ普通に傷つく。トラウマ物なんだけど。
「……やっぱりオシャレって分かんない。」
「出べそがオシャレではないことは分かって欲しかったかもしれへん……」
こうして私たちはモールに入った。当初の予定の映画館よりも先に私の服をマトモなものにするため、二人(主に古舘)はモール中の服屋に私を連れ回した。
「見てこれ、『肥満オジサン』のTシャツだって。」
「国語の先生に似てる……じゃなくて、それは買わへんからな?」
「どうして……」
あるところでは古舘に戸国チョイスが却下され……
「うーん?なんて書いてあるの……?ふぁ、ふぁくきん……」
「やめなさい。」
あるところでは教育上よろしくない言葉を覚えようとする浮をたしなめたり……
「きゃあああ!ハジュンくんのシャツ!あかんこれ無理好き抱いて……」
「しょ、粧奈ちゃーん?」
「『返事が無い、ただの屍のようだ。』」
「変なナレーションつけんな!」
あるところでは古舘の好きな韓国アイドルのコラボデザインが施された服を見つけて、古舘が返事をするただの屍となり……
色んな場所を巡りに巡って、それぞれの場所から数点ずつ服などを買った。代金は『元から戸国に服を買い与えるつもりでお金持ってきたし』とか抜かしていた古舘が払ってくれた。
そしてここに来てからおよそ一時間半ほどが経ち、私はトイレでそれらの服に着替えて鏡を見た。
薄手の白いセーターの上に黒い紺色のニットジャケットを肩に掛けてある。優しいベージュのテーパードパンツに、靴はそのまま私の持っていたやつだ。そして首には小さな装飾のネックレスが、自意識を磨き上げたかのように鋭い輝きを放っていた。
うーむ……これが良いのか?
「尋ちゃーん、着替えおわ……」
「ん、浮?」
次の瞬間、浮はまるで今朝と似たような様子で全身をフリーズさせると、その口を金魚のようにパクパクと動かした。
「……あ、人違いでしたすみません。」
「いや無理あるだろ。」
「尋ちゃん?尋ちゃんなの?」
「服変わるだけでそこまで?私の顔面没個性的過ぎるだろ……」
「い、いやぁその、余りにも……」
目線を泳がせ人差し指でポリポリと頬をかく浮に、私は怪訝に思いながらもトイレを出ようと足を進めた。
「あ!ちょ、ちょっと待って。」
「え、何。」
「多分そのまま出て行ったら粧奈ちゃん興奮し過ぎて発狂しちゃうと思う。」
「私はクトゥルフ神話に出てくる神話生物か。」
見ただけで発狂とかかなりの物だぞ。オーバーなリアクションが多い古舘とはいえ、さすがにそこまで行くとは考えにくい。精々屍になる程度だろうに。
「なんや浮ちゃん偉い遅な……い?」
「あ。」
私の後ろのトイレ入り口から、痺れを切らした古舘が入ってきた。古舘は私を見るや否やピタリと数秒動きを止めた。
「……え、何。」
古舘はゆらりと静かに佇まいを直し、一度咳払いをして私の方を見た。
「――抱かせろ。」
「……!」
それから生まれる、数瞬の沈黙。
古舘っていつもそうですね…!私のことなんだと思ってるんですか!?
「――って、乗るか馬鹿。」
「おっけー……ってコト?!」
「きゃんゆーすぴーくじゃぱにーず?」
「OH ! I like sushi too !」
流暢に喋りながら話通じてないの何なんだ。
「はぁ……にしてもやっぱ元がええよな。学校でも一人ずば抜けて顔面優勝しとるし、まぁ当然っちゃ当然やねんけど。」
「顔だけなら古舘の方が良いと思うけど。顔だけなら。」
「戸国にだけは言われた無いけど!?」
「うーん……どっちもどっちな気がする。」
「浮ちゃん?」「浮?」
古舘と同じ仕草で浮に反応してしまったことを少々悔しく思いながら、不平の気持ちを視線に込めてそちらへと向けた。浮は楽しそうに笑うばかりだ。
「まぁつまりあれや。ウチが言いたいのは可愛ええ女の子二人が見れて眼福眼福、ってことやな。」
「それを言うなら私もだよ!尋ちゃんと粧奈ちゃんってやっぱり仲良しなんだね!見てるだけでもとっても楽しい!」
「冗談よしてください。ほら、鳥肌立ってきた。」
「生理レベルで拒絶反応出さんといてくれる!?」
鳥肌鳥肌と浮に見せつけ、浮は「わぁ鳥肌だー」と私の腕を擦りながら感嘆する。古舘は「ウチにも触らしてー」と艶かしい手つきでもう片方の私の腕を掴んだ。
それを避けて私が後ずさりすると、後ろにあった壁に勢いよくぶつかって――
「――ヨソデ、ヤッテモロテ。」
否、壁ではなく人だった。それも全身がバキバキに鍛え上げられた、身長が二メートルほどもあるアフリカ系の方だった。
「「「あっはいすみません。」」」
私たちは声を揃えて謝った。このときが私にとって、生まれて初めて死を覚悟した瞬間だった。
◇◇◇
「戸国……いくらガタイのいい相手やからってあそこまでビビることもないやろ。」
「さっき一緒になって震え上がってただろお前。」
「筋肉凄かったね……私もあれくらいムキムキになってみたいなぁ。」
「浮ちゃんはそのままが一番良いと思うわ……」
逃げるようにその場を後にした私たちは、当初の目的である映画の座席予約のために四階へと向かっている。私の元の服は古舘がLaicaで買ってきたカバンを貰ってその中に入れた。ここまでしてくれたら本来頭が上がらなくなるはずなのだが、相手の人柄が人柄だから素直に頭を下げることが出来ない。こういうときは自分の性格を憎らしく思う。
「そういえば浮が見かった映画って何なの?なんだかんだで聞いてなかったよね?」
「あれ、言ってなかったっけ?『DEBESO』っていうパニック系ホラー映画なんだけど……」
「……」
「……」
「……あれ?」
私と古舘は揃って目を逸らし、明後日の方向を眺める。私の背中を一筋の冷や汗が流れた。
「……もしかして、ホラーとか苦手?」
「に、苦手というか……ね?」
「ウチは苦手、無理、死ぬ。」
「なっ……わ、私も無理、です……」
私がまだ小さい頃、『一人で見るのはなんか寂しいからー』と寝ていた私を叩き起して来た母と一緒に、真夜中のホラー映画を鑑賞したことがある。
内容はもう詳しく覚えてはいないが、確か人間を繋げてムカデ人間を作る……みたいな感じだった気がする。
当時の私にはとてつもなく刺激の強い作品で、トラウマを植え付けられた私はあれからしばらく、グロ描写のある小説さえも受け付けなくなってしまった。さすがに今では読めるようにはなっているが、それでも苦手であるのは確かなのだ。
「あれだよ?多分グロ要素は少なめだよ?」
「あそうなんですか?それならいけます。」
「ちょ!?」
「何してんの古舘、早く行こうよ。」
「嫌やー!ウチは戸国と浮ちゃんがキャッキャウフフイチャイチャチュッチュしてるところを眺めてたいだけなんや!何が哀しくてそんなん見なアカンねん!」
「そんなん……」
「あーあ古舘、お前他人の好きな物けーなしたー。」
「あ!いや!うん!ごめんっ!」
足をガクガクさせながら目に涙を溜める古舘。一向に動く気配が無く困った浮が、助けを求めるようにチラリとこちらに目を向ける。
そんな目をされたって、私には何も……
……いや、いけるかもしれない。
「……へぇー、本当に良いんだ。」
「良いも何も無理やて!堪忍して!?」
「ふーん……でもさ、もし気になる男子とホラー映画観に行くってなったとき、克服しとかないと不味くない?」
「へ?そ、それは……」
「古舘が可愛く怯える姿を期待してホラー映画に誘う男……その期待に応えられず、汚い声で絶叫する古舘……幻滅した相手はその日を最後に連絡を寄越すことはなく――」
「ギィィィィィェェェァァァァァァァア!!!」
古舘は汚い声で絶叫した。
「ね?だから今日ここで克服しといた方が良いと私は思うよ。彼氏いない歴イコール年齢なんでしょ?」
「せ、せやかて戸国ぃ……」
「一緒に観てくれたら浮が好きなポーズで写真撮らせてくれるって。」
「「 え? 」」
急に名前を出されて困惑する浮に、私は無表情でウインクする。多分できてなくて両目を瞑っただけになった。浮は余計に訝しげな顔になるが、そこに古舘が詰め寄った。
「う、浮ちゃんそれホンマ!?」
「え?ま、まぁ別に良いけど――」
「決まりや!ウチも行く!行ったろやないかっ!なにわ育ちのど根性見せたるで!」
「うんうん、それは何より。」
務めは果たしたぞ浮。後で死ぬほど写真を撮られるかもしれないけど、必要な犠牲だということで割り切ってくれ。
「行くで二人とも!ウチがまたヘタレへん内に!」
「粧奈ちゃんまだ足ガクガクしてる……」
「怖くなくなったわけではないからな!」
声を張り上げ気味なのは緊張を紛らわすためか。先行する古舘に着いていくように、私と浮はそれに着いて行った。
その後、私たちが着いたときにはその映画が上映寸前で、席がガラ空きだったためにそのままそこで見ることになった。浮は右でポップコーンを貪り、古舘は左で念仏を唱えていた。
「……そんな怖がらなくても。」
「無理無理無理無理やっぱ帰りたい。亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無……」
『Wellcome to HouTou Cinema !』
「ピギィッ!?」
兎が猛獣の牙にかかったときのような断末魔をあげて、古舘の目から涙が零れてきた。なるほど、確かに世の男共が何かに怖がる女子を見たがる気持ちが分かる。なんとも痛快な心持ちだ。
「ほら、始まるよ。」
「うぇぇ……」
嗚咽を必死に堪える古舘に声を掛け、私は席にもたれながらスクリーンに目を移した。
『この映画には一部、過激な表現が含まれます。気分が悪くなった方はお近くのスタッフにまでお知らせください。』
私の運命が定まった瞬間だった。
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