趣味仲間
先生が去って行った後も私はバーに残り、加萩さんとの会話を続けていた。
「簡単なやつからで良いんですよ。それこそ、児童文庫の小説からチャレンジしてみるとかどうですか?」
「この歳でそれ読むのも勇気いるけどね……でも、そうだね。私も尋ちゃんみたいに本を読めるようになってみたいもん!」
加萩さんが本を読むと疲れる、と言っていたのでその原因を考えた結果、やはり小説自体の文量の多さによるものだと考えた。
「あとショートショートとかが良いかもですね。ストーリーが短くて読みやすいのでオススメです。」
「ショートショート……っていうのは?」
「単純に言えば、ものすごく短い小説ですね。星新一とか聞いたことありませんか?」
「うーん……ごめんだけど無いかなぁ……」
日常的に本を読んでる訳でもない人たちにとっては聞いたこともない名前なのだろうか。知名度で言えば坂本龍馬辺りと同じくらいだと思っていたが……
「でも今度それも見てみるよ。ありがと!」
「いえいえ。」
やっぱり自分の趣味のテリトリーの話をするのは楽しい。まぁ聞かされる相手からしたら退屈極まりないのかもしれないが、加萩さんの場合は向こうもハマろうとしてくれてる。そんなふうだから、ついいつもより口数が多くなってしまう。
……あれ?これ私結構面倒臭い奴になってる?自分の話したいことばっかり話しまくって気持ち良くなってる奴になってる?
うーん……まぁ向こうも私の話聞いてくれたし、少しは私も向こうの話に乗らないとマズイかなぁ……
「あ、そうそう。本とかとはまた別の話題になるんだけど……」
「ん、どうしました?」
仕方がない。普段なら人の会話になんかに耳は貸さないけど、今回は義理立てとしてその話題に付き合うとしよう。
「さっき尋ちゃんが『先生』って言ってた人いたじゃん?」
「中出先生のことですか?」
「そうそう中出さん。その人が来る度に、ここで尋ちゃんのこと話してたんだけど……」
「まさか、なにか変なこと吹き込まれてませんよね?」
あの先生は生徒の中でも『ゆるおぢ』の名前が定着するほどのマイペースだ。面倒なことの一切を後回しにする上に、生徒にタメ口を利かれたとしても決して怒ることもなく、その生徒相手に冗談交じりの会話を楽しんでいる。
そんな生き方すら適当そうな先生だ。面白半分で私のことを変に言い触らして面白がっているかもしれない。
「変なことっていうか……尋ちゃん、学校で友達一人しかいないの?」
加萩さんが憂いを帯びた表情で私の顔を覗いた。私はその質問に首を傾げた。
「友達……?いえ、一人もいませんが……」
「えぇ嘘ー!中出さんが言ってたよ?『一匹狼はいつも仲良くしようとしてくれてる古舘ってやつをサンドバッグにしてる』って!」
「私不良かなにかですか?」
やっていたとしても多分それは正当防衛だったり向こうが悪かったりだ。私は決して悪くない。
というか、古舘が友達としてカウントされてる?
「古舘は別に友達ってわけじゃありませんよ。」
「そうなの?」
「はい。私が中二の頃に転校してきた女の子で、そのときからやけに絡んで来るんですよ。」
「だから殴った……」
「殴ってねぇよ。」
「ほっ……良かった。」
ガチトーンの安堵?私そんな人殴りそうな見た目でもしてる?
「古舘は一言で言うと、『名前を知ってる知人』くらいの認識です。」
「人への興味無さすぎない!?」
「いえ、古舘への信頼が無いんです。」
「古舘さんなんかしたの……?」
「なんかしすぎてますね。」
学校で私が本を読んでいる横で、私の髪の毛を弄ったり、興味のない話題をひたすら振ってきたり、執拗に私に好きな異性について聞いてきたりと様々なことをしてきている。
学校に行きたくない気持ちの六割は、その古舘の存在と言っても過言では無い。
「その点、加萩さんも距離感は近いとはいえ、本を読んでいるときは静かにしてくれてますし、古舘とはまるで違いますね。」
「それはまぁバーメイドとしてのルールというか……お客さんの気を削ぐような真似しちゃってたらダメじゃない?職業柄。」
なるほど確かに。穏やかなバーでの一時を過ごす客にギャーギャー喧しく話しかけるバーテンダーかバーメイドかがいたら、その店の評判はだだ下がりになるだろう。
「そういえばバーメイドってあんまり聞かない名前ですけど、バーテンダーと何か違ったりするんですか?」
「あ、そういえば説明してなかったね。バーメイドは、言ってしまえば女性バーテンダーのことだよ。」
「じゃあつまり、性別の違いで呼称が違うだけで、職業としてはほぼ同質であるということですか?」
「うん、多分そんな感じかなー。」
今まで聞き馴染みのない単語だったから別物かと思っていたけど、実質的にバーテンダーと一緒なのか。もっとメイドみたいな給仕でもするのかと思った。
「それで確か、加萩さんはそのバーメイドの見習い、でしたっけ?」
「そだよー、まだ一人前とは言えないからね。」
「そうなんですか?まぁどの基準で一人前と呼べるのか分からないので、私は何とも言えませんが……」
「うーん……バーメイドになるのに必要な資格とかは特にないんだけど、やっぱりお酒の知識が凄く必要なんだよねー。この銘柄のお酒はどんな特徴があってどんなものと合うのか、とかを無数に覚えないといけないし、カクテルのレシピに至っては何千とあるから、覚えないといけないことがたくさんあるんだよ。」
「はぁぁ……だから加萩さんは昨日のシャリーテンプルについても詳しかったんですか。」
考えただけで気が遠くなりそうな数だ。英単語を覚えるのと同じ要領では、到底バーメイドになるのは難しそうである。それでもバーメイドになると言っているからには、彼女も相当な勉強を重ねていたのだろう。
「でも、数千とは言わなくても、ノンアルコールカクテルのレシピの一つくらいは覚えてたりしません?」
「まぁそれは一応覚えてるけど、なんで?」
加萩さんは不思議そうにこてん、と顔を傾げた。私はそれに答えた。
「せっかくなら振舞ってもらおうと思って。何か作ってみてくれませんか?」
「……え、私?」
信じられない、というふうに声を裏返しながら自分を指差す。彼女にとって想定外の事態らしく、しばらく考える時間をおいてからあたふたし始めた。
「わ、私のレベルはまだお客さんにお出しできるレベルじゃないし、それでお金を取るのも申し訳ないと言うか!ね?おじいちゃん。」
「……まぁ、確かに浮がカクテルを作るのは、まだ早いかもしれませんねぇ。」
「ほら!だから申し訳ないんだけど……」
「あーいえ、言ってみただけなのでお気になさらず。」
「ごめんねー。」
バーメイドへの道は険しいんだなぁ。カクテルを作るのに早いとかあるんだ。まぁ向こうも半端な物をお客さんに出せない、とかいうプロ意識なんかがあるのかもしれない。
「いえ、こちらこそ無理を言ってすみません。」
「代わりではありませんが、今日は一段と腕によりをかけて作りましょう。」
「あ、ならシャリーテンプルください。」
「かしこまりました。」
昨日飲んだものと同じものならば、失敗も無い。サッと注文を終わらせて完成を待つと、もう特に加萩さんと話すことも無くなってしまったので、電子書籍を読むことにする。
「どうぞ、シャーリーテンプルです。」
「ありがとうございます。」
昨日と全く同じようなオレンジ色のそれを受け取り、待ちわびた一口を傾けた。爽やかな酸味が口内に染み込む。
「やっぱりこれ美味しいですね。」
「お?尋ちゃんのお気に入りカクテル決定かな?」
「まだまだ、探せば案外見つかるものですよ。とはいえ、そう言ってくださるとこちらも嬉しい限りです。」
「どうでしょう。私はどちらかと言うと子供舌なので、大人の人を満足させるようなカクテルを好きになれるかと言われますと……」
「大丈夫だよ!カクテルのレシピはそれこそさっき言ったみたいに数千もあるんだから。きっと見つかるよ。」
加萩さんは熱意の込もった声でそう言った。その瞳は輝きに満ちていている。
きっと本当に、カクテルが好きなんだろうなぁ……
「……そうやって次回の来店も促そうってことです?商魂逞しいですね。」
「え?あっいや!そういうことじゃないんだけど……」
「冗談ですよ。意地悪なこと言ってすみません。」
コロコロと忙しく表情を変える加萩さんを見て、私は微かに頬が吊り上がるのを感じる。
人前で笑顔を晒したのはいつぶりだろうか。
「次私が来るまでに……本、読んどいてください。感想とか聞かせてもらえると嬉しいです。」
「……!」
次の来店の予約をすると、彼女は驚いて唖然とするも、優しく肩を叩くバーテンダーさんに正気に引き戻された。
そしてまた、野原に一輪の花が咲いたような笑顔を見せると、加萩さんは嬉しそうに首肯してはにかんだ。
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