二章(2) 邪鬼狩り
何の合図だろうか。初めて聞く音に、ミオはそわそわと落ち着かなくなる。鋏と杖を拾い上げ、追われるようにして帰路につく。途中でスルギと行き合った。
「スルギさん」
「ああミオ、良かった。俺はこれから西区に出向くから、しばらく家で一人になるが大丈夫か? シムリがすぐに来てくれるはずだ」
早口に言う声はいつも通り穏やかだが、陰に緊張が潜んでいる。手には往診用の鞄。全身の毛がいつもよりピンと立っているような気配。
ミオは悟って、顔をこわばらせた。
「邪鬼が出たのですか」
「誰かに聞いたのかい? うん、さっきの鐘は邪鬼狩りの準備にかかる合図なんだ」
「スルギさんも、行かれるのですか」
尋ねる声がかすれた。ミオはまじろぎもせずスルギを見つめる。彼はやや驚いたような顔をしたが、ふっと目元を和らげて応じた。
「俺は医師として行くから、狩りに加わることはないよ。爪も削っているしね」
ほら、と改めて見せた指は、初めて見た時と同じく爪の先端が丸くなっている。スルギはその手を軽くミオの肩に置いた。
「大丈夫、心配ない。朝には帰れるはずだから、シムリにもそう伝えておいてくれ」
「はい。お気をつけて」
ミオは素直に納得し、返事をした後で、彼の言葉の意味に気付いてぎくりとした。目をみはり、驚きを漏らす。
「素手なのですか」
「うん?」
「皆さんは、素手で邪鬼と戦われるのですか」
大人でさえ下手をすれば喰い殺されるほどの敵を相手に、なぜ武器を使わないのか。ジルヴァスツの爪が鋭いことは知っているが、間合いを取ればそれだけ、喰いつかれる危険を減らせるだろうに。なぜわざわざ、自ら邪鬼に近付くのか。
青ざめた彼女に対し、スルギは端的に答えた。
「邪鬼にとどめを刺せるのは、ジルヴァスツの爪と牙だけなんだ。詳しいことはシムリから聞いてくれ。それじゃあ」
当然のことを説明するかのような口調だった。そうして、そのまま急ぎ足に西の方へと去ってゆく。ミオはその場で凍ったように立ち尽くしていた。
家に帰ってしばらくすると、スルギが言った通り、シムリがやって来た。
「ああ、戻っていたのね。今日はスルギが西区に出かけるから……」
「はい、そこで行き合いました。邪鬼狩りがはじまるのだと伺いました」
ミオはいつものように淡々と、しかし不安を滲ませて答える。シムリは束の間、身をこわばらせて彼女を観察したが、ややあって慎重に口を開いた。
「ええ。スルギは何か言っていた?」
「朝には帰れるはずだから、そう伝えて欲しいと。……シムリさん、ジルヴァスツの皆さんは、素手で邪鬼と戦われるのですね。スルギさんは、爪と牙でなければ邪鬼を倒せないのだと教えて下さいましたが、どういうことですか」
「うーん、あまり怖がらせたくないんだけどな……。どういう理由かはわからないんだけど、邪鬼にとどめを刺せるのは、あたし達ジルヴァスツの爪か牙だけなのよ。それも、生きている者だけ。死者の爪と牙を使った武器も何度か試されたんだけど、息の根を止めるには至らなかった。探せば他にも方法があるのかもしれないけれど、今のところ見付かっていないの。だからこそ、女神があたし達に関の守りを任せたんだ、っていう神話にも信憑性があるわけだけどね」
聞いていたミオの肌が、ぞわりと粟立った。
おぞましい生き物が地を埋め尽くして押し寄せる、陰惨な光景が脳裏に広がる。まるでいつか見た悪夢のように。ざわざわごそごそ、蠢く音が閉ざした扉の隙間から忍び込む。いやだ、来ないで、懸命に祈る人々の願いも虚しく扉の端が少しずつ掘り崩され噛み砕かれて、穴が空く――
ミオはぎゅっと我が身を抱いた。寒い。どうしてこんなに寒いのだろう。
「つまり……もし、万が一、この『関』を破られてしまったら、私達『弱きもの』には、どうすることもできないと……?」
一言一言、押し出すようにして確かめる。シムリが慈愛のこもったまなざしを向け、温かい手でミオの背をそっとさすってくれた。
「大丈夫よ。そんなことにならないように、あたし達は常に鍛練を怠らないし、女神も霊峰から見守って下さっているんだから。怖がることはないわ」
なだめられても、まだ恐怖の塊が溶けない氷のように、腹に沈んでいる。ミオは無意識に両手を口の前へかざし、息を吐きかけた。シムリが訝しむ。
「寒いの? おかしいわね、熱でもあるんじゃない?」
気遣わしげにミオの手を取ったが、特段熱くもない。むしろ冷たいほどだ。しばらく両手で包み込んでいると、細い指のこわばりが解け、温もりが戻ってきた。
「ありがとうございます」
ミオが肩の力を抜き、ほっとして礼を言う。シムリは手を離し、もう一度、弱々しい背をさすってやった。
「スルギがいれば、少しは不調の理由もわかるんでしょうけど。ごめんなさいね」
「大丈夫です。時々ちょっと、手が冷たくなるだけで……不調と言うほどのことは。私の命など、既にあの崖の前で、必要ないと断じられたのですから。それよりも、狩りに出られる皆さんが怪我をされることの方が心配です」
「ミオ、あなた……」
シムリは何か言いかけ、はっと顔を上げて戸口に目をやった。同時にばたばたと外から足音が迫り、荒っぽく木戸が開かれる。
「シムリ! ここにいたのか、すまん、酸の甕はどれだ?」
いきなり用件を怒鳴ったのは、明るい黄色の毛並に茶色の縞が入った大柄な若い虎だった。ぎょっとなってシムリが立ち上がる。
「酸を使うの?」
「ああ。数は少ないんだが動きがおかしくて、仕留め切れない。急がないと。甕はどれだかわかるか」
切迫した口調で答えを急かしながらも、虎はミオを見ると琥珀色の目を優しく細め、のしのしと歩み寄った。
「大丈夫だからな、ミオは何も心配しなくていい。俺達が守るから任せてくれよ」
いい子だな、とばかりに、大きな手でミオの頭を撫で回す。邪鬼がどうの以前に、親愛の情から首をもがれそうだ。
「ヤティハ! 乱暴にしちゃ駄目だって何回言わせるつもり? 酸の甕は三番商舎の地下倉庫、壁際にある赤い蓋のものよ。言うまでもないと思うけど、持ち出して向こうに着くまで、迂闊に開けないでね」
「わかってるって。それじゃ、行ってくる」
ちょっと遊びに、とでも言いそうな陽気さで軽く手を上げ、若虎は素早く走り去る。シムリは不安げに見送っていたが、その心中はまなざしのほかには表さず、わざとらしく呆れた態度でやれやれとため息をついて、開けっ放しの木戸を閉めに行った。
「毎回ごめんなさい、ヤティハったら本当に雑なんだから。首、大丈夫?」
「はい。咄嗟に力を入れましたから」
ミオはうなずき、くしゃくしゃにされた髪を手で整えた。初対面で同じことをされた時は首の筋を違えそうになり、悲鳴を上げてしまったのだ。それよりは手加減してくれるようになったが、雑なのは相変わらずなので、ミオも反射的に身を守ることを覚えた。
「里長の息子さんでも、狩りに出られるのですね」
ヤティハは現里長の息子だ。長の役割は世襲と決まっているわけではないが、他に適当な人物もおらず、ヤティハ自身も昔から長の仕事を手伝ってきたため、まあいいかとそのまま将来を受け入れている。
普通ならそうした『若様』は危険な戦で前線に出ることはないだろう。ミオはなんとなくそう思って口にしたのだが、それが低地人の常識であり、ここでは非常識だということに、すぐ気が付いた。シムリがきょとんとして目をぱちくりさせたからだ。
食い違いの生み出す奇妙な沈黙の後、ああ、とシムリが納得した。
「ミオの感覚では不自然なことなのね。あたし達にとっては、力のある者が狩りに出るのは当然だし、それは別に普段の役割が何だとかいうこととは関係ないんだけど。むしろ、邪鬼狩りでの役割の方が本来の務めで、里の中の仕事とかは、余暇にやっているような感じかしら?」
心持ち疑問形で話したのは、ミオにも通じるかどうか、適切な説明かどうか自信がないのだろう。ミオはふむと真面目にうなずいた。そして、互いの常識が違っていても恐らくは相通じるであろう感情を、ぽつりと口にする。
「シムリさんも、心配でしょうね」
一瞬、シムリは虚を突かれたように怯んだ。それから苦笑いを作り、明るい口調を取り繕う。
「そりゃあ、ね。あの通り、調子のいいことばっかり言う割に、肝心なところが抜けてたりするから、毎回心配でたまらないわよ」
低地人ほど表情が豊かでなくとも、声の調子や尾の動き、些細な仕草が雄弁に語る。本当は、とても笑って話せないほどに心配でつらくて苦しいのだ。それほどに、かの虎青年は彼女にとって大切な存在なのだ、と。
「スルギさんは、狩りには出られないのですよね」
ミオが内心の複雑な安堵を隠して言うと、シムリは「ええ」とうなずいた。
「もちろん、最悪にして里にまで攻め入られたら、一人残らず戦うけれどね。爪は削っていても牙を抜いてはいないんだもの。だけど、あの子は今でもちょっと怖がりだから、医師になったのは良かったと思うわ」
シムリは言葉尻で優しい笑いをこぼす。あの子、と言われたのが誰のことか、ミオはすぐにはわからず目をしばたたいた。
「えっ……あの、もしかしてスルギさんは、とても、その、お若いのでしょうか」
動揺して珍しくしどろもどろになったミオに、シムリは面食らった顔をし、次いで朗らかに笑った。
「あはは! ごめんなさい、そうよね、わからなくなるわよね。子供って歳じゃないわ、れっきとした大人よ。ただ、スルギはあたしとヤティハのひとつ年下だから、なんだかいつまでも弟みたいな気がしちゃって」
「幼馴染みなのですね」
「そうなの。近所だし歳が近いしで、小さい頃からいつも三人で遊んでたわ。ヤティハが冒険ばかりしたがって、スルギが怖がって泣いて、あたしがなんとか釣り合いをとっていたの。本当、ヤティハには苦労させられたわ。彼が無事に今の歳まで成長できたのは、ひとえにあたしのおかげだと言っても過言じゃないわよ、まったく」
ころころ幼い三人が駆け回る様子が目に浮かび、ミオも口元をほころばせた。
「きっと、可愛らしかったんでしょうね」
今は大きな体と力強い腕でミオの世話をしてくれるスルギも、昔は彼女の両手で軽く抱けるような、ふわふわの仔狼だったのか。そんな様を想像すると、どうにも微笑ましくなってしまう。
シムリの方はミオの言葉が一人だけを考えているとは気付かず、恥ずかしそうに尻尾を床の上で揺らした。
「ああ、ミオは子供好きだったわね。でもね、昔のヤティハの世話なんか頼まれたら、絶対に、いくらミオでも我慢できなくなって、首をつまんで川へ投げ捨てるわよ。それも一回じゃない、五回や十回は間違いないわね」
「そんなにやんちゃなお子さんだったのですか」
「やんちゃなんて域じゃないわよ! やってはいけない、行ってはいけない、触ってはいけない、そういう言いつけを片っ端から破るのが使命だと勘違いしてたんだもの。ちょっと知恵がついてきたら、昔の伝承にゆかりの場所を見付けようとして崖から落ちたり、廃れた儀式の真似事をして、真冬の霊峰に登って雪に埋まって死にかけたり」
思い出語りで往事の動転と恐怖がよみがえったのか、シムリは耐えがたいとばかりに顔を覆う。ミオは小首を傾げ、訝しげに繰り返した。
「儀式、ですか?」
この里で暮らすようになって二月ほど、儀式祭礼の類にはまだお目にかかったことがない。朝な夕なに人々が霊峰を拝んでいるのは見かけるし、ミオも自然と霊峰に一礼する習慣がついたが、それだけだ。
単に、たまたま今の時期は何も行事がなかったのか。それとも、自分が低地人で、ジルヴァスツの祭礼には加われないから、知らされてもいないのだろうか。
どうやら前者だったらしい。シムリは特に気後れや配慮の様子もなく、いたって普通に答えた。
「ええ。昔はもっとたくさん、いろんな機会に行う儀式やお祭りがあったらしいの。時代につれて少しずつ簡略化されたり、廃れちゃったりしたんだけどね。成人の儀式も、今は同じ生まれ年の人をまとめて済ませてしまうけれど、昔は一人一人に合わせて段取りや内容が違ったみたい。勇気の証に『女神の裳裾』と呼ばれる霊峰の斜面を、橇で滑り降りるとかね」
「……ヤティハさんなら、儀式とは関係なく、喜んで挑戦しそうですね」
「まさに、その通り。全身の毛に雪玉をくっつけて、正体不明のありさまで帰って来た時は、里じゅう大騒ぎだったわよ。それ以来、危ない儀式の内容はあいつに教えるな、って箝口令が敷かれたぐらい」
笑いながら話すシムリの声は温かく愛情深い。やはりこれは、とミオが確信すると同時に、彼女はふっと息をついて言った。
「昔はね、求婚の儀式に、『女神の喉』から紫水晶を採ってくる、っていうのもあったんですって。霊峰の頂上近くまで登るし、ものすごく急な崖だからあまりにも危険で、そんなことで命を落とすなんて女神もお望みにならない、って廃止されたんだけど。……なんていうか、儀式のようなきっかけがひとつ失われると、踏ん切りがつかないことってあるのよね。何も宝石を採ってこなくてもいいんだけど。花一輪だって充分なのに」
言葉尻はほとんど独り言だった。そのままシムリは日が落ちたように黙り込む。ミオもしばしその横顔を見つめ、それから、これは言っても良いのか、それともやはり今までのように不適切な言動とみなされるのか、迷いながら口を開いた。
「シムリさんは、ヤティハさんと結婚されるのですか」
あまりに直截な質問に、シムリは戸惑ったように耳を震わせた。短い沈黙の後、寂しげに微苦笑する。
「あたしは、そう考えているんだけど。ヤティハがはっきりしなくて」
「そうなんですか。この里でも、いろいろと難しいのですね」
低地のように、身分家柄だのしきたりだの世間体だのといった面倒なことはないだろうが、それでも互いの気持ちや時機といったもので上手く行かないこともあるのだろう。
ミオがしみじみと納得していると、シムリが話題を変えた。
「それよりミオ、ここでの暮らしにも馴染んできたみたいだけど、不自由や困ったことはない? まだ足りないものがあるとか、この習慣は困るとか……子供じゃないんだから頭を撫でないで、とか。我慢しないで、いつでも何でも言ってね」
「我慢は、していません」
ミオは答えてちょっと考えた。シムリは疑わしげだが、多分、家族や同僚がこの里でのミオの振る舞いを見たら、あまりの慎みのなさに呆れるだろう。
大怪我を治療してもらったばかりか、その医師(しかも男だ)の家に、相手が勧めてくれたからとそのまま住みついて、衣食の要望も遠慮しない。なんと厚かましい、少しは相手の迷惑も考えろ、と言われるに違いない。
「食事の味付けが薄すぎるから塩気が欲しいだとか、夜は冷えるから肌掛けが欲しいだとか、そんなことは……低地で誰かのお世話になっているのであれば、口には出せなかったでしょう」
どうしてだかわからないが、そうした感想や困り事を言うのは、贅沢で失礼なことであるらしい、というくらいは学習している。
正直であれと教えられるのに、そのように話すと、何を言うのか、口を慎みなさい、と叱責されたものだ。なぜいけないのですかと問えば、そんなことは常識です、当たり前でしょう、とにべもなくはねつけられるばかりであった。だからミオは大体、黙っていた。何が言っても良いことで、何がいけないことなのか、その判断はいつも難しい。
だがこの里では違う。
「低地人同士なら、言わなくても通じたり察したりするんでしょうけど、あたし達はそうはいかないもの。生活習慣どころか、身体のつくりからして全然違っているんだから、まず言葉にして伝えてくれないと対応しようもないわ。あたし達の方からもミオに対する要望は正直に言うし」
シムリは屈託なく、当然のことのように言った。あれこれ先回りして客をもてなす低地人とは異なる。見知らぬものを相手にして、慎重に用心深く、それでも善意と親愛の情をもって誠実な手を差し出す態度だ。
ミオがうなずくと、シムリはにこりとして続けた。
「ただ、お互いそれぞれの暮らしで当たり前だと思っている前提とか常識は違っているから、言葉に出しさえすれば何でも了解できるわけじゃないわよね。だからミオも、一度で早々と諦めてしまわないで、通じなくてもじっくり話しましょう。そういう点では、スルギがあなたの世話を見ているのは適任だと思うわ」
「スルギさんには親切にしていただいて、感謝しています」
ミオはいつも通りの平静さで、真面目な謝意だけを込めて言ったはずなのに、シムリは何かを嗅ぎつけたようだった。ひく、と鼻を動かしてミオの顔を覗き込む。
「ふーん?」
「……何でしょうか」
たじろぎながらミオが尋ねると、シムリはなおしばらく考えた末、くふんという妙な音を喉の奥で鳴らした。何を納得したのやら。ミオは訊くべきか否か判じかね、ふいと目をそらして戸口を見やった。
「いずれ私も、何かお手伝いできるでしょうか」
「うん?」
「スルギさんは狩りには加わらないとおっしゃいましたが、医師として手伝いに行かれました。シムリさんも、本当は何か務めがあるのではないですか。私の世話をするために、ここに留まっていらっしゃるのでは?」
「それは気にしないで」
不意にシムリの態度が硬くなった。失言だったか、とミオは頭を下げようとしたが、より早く彼女が続けた。
「ミオは絶対に、狩りにかかわっては駄目。万一の危険があるし、狩りの時は皆、気が立っているから、そばへ近寄ってもいけないわ。あなたを西区へ連れて行かないのも、そのためなの。もし西区にいる時に警鐘が鳴ったら、すぐに逃げなければ身の安全は保証できない。でもあなたのその足では、まともに走れないでしょう? だから、絶対に近寄っては駄目よ」
いつもなら、ミオが何か場違いなことを言っても笑って安心させ、なだめるように、気にするなというように取り成してくれるのだが、この時ばかりは違った。シムリは身をこわばらせ、尻尾の毛を膨らませている。怒りだろうか、恐れだろうか。
これほど強く戒められることに少し違和感を抱いたが、ミオは素直にうなずいた。彼らにとっては、守るべき『弱きもの』が剣呑な狩りの場に居合わせるだけで、相当な緊張を強いられるのだろう。
ミオが「わかりました」と承諾すると、シムリはほっとした様子で腰を上げた。
「さてと、それじゃ話はこのぐらいにして、そろそろ夕食の用意をしましょうか」
「はい」
応じてミオも立ち上がる。里では朝と夕に、隣近所が集まって食事を調え、共に食べるならわしだが、彼女は例外だった。ジルヴァスツの食事はほとんど味付けされておらず、しかもすべてが冷めてから供される。さすがにこれではやりきれない、ということで、ミオは自分の食事だけ別に用意することにしたのだ。
幸いスルギの家には職業柄、小さな竈の据えつけられた土間があり、調理ができるようになっていた。鍋に水を張り、火を熾す。
良い匂いの湯気に包まれると、この世には何ひとつ恐ろしいことなどないかのように、温かく幸せな心地になる。ミオはくつくつと煮える黍粥を杓子で混ぜながら、いつしか寒さを忘れていた。
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