恋愛成樹

渡貫とゐち

伝説の大樹

「先輩っ、卒業おめでとうございます」

「おう、ありがとな――」


 卒業証書を片手に、窓の外を眺める先輩は、大勢の後輩に囲まれる同級生を羨ましがっているのだろうか。

 胴上げされている生徒会長、たくさんのメッセージが書かれた色紙を大量に抱えている運動部の部長、そしてイケメンの先輩に群がる後輩の女の子たち――。

 比べて、小さな部活で、こうして卒業式の日に駆け付けてくれる部員は私くらいなものだった……――小さく見える先輩の背中に、そっと、私は手を置く。


「先輩、お伝えしたいことがあります」

「ん? なんだ、言ってみろ」

「裏庭の大樹の伝説はご存じですか?」


 この学園に通う者なら誰でも知っている。校舎よりも高くそびえ立つ桜の大樹だ。

 今が最も、多くの桜を咲かせている……満開とは、このことを言うのだろう。


 ニュースでよく見る満開の桜は、あれでは満開とは言えないだろう……、裏庭の大樹を見てしまえば、あれと同等か、それ以上を求めてしまうのだから。

 我が子が一番可愛いみたいな、贔屓ではなくて。


「知ってるよ、有名だろ。まあ、成功例しか伝わっていない裏では、多くの失敗例が横たわっているのかもしれないが……」

「……嫌なことを言いますね」


「だってお前、本当に伝説通りだと思うか? 大樹の下で告白をし、カップル成立した場合は一生、その相手と添い遂げるってさ――前向きに考えれば約束された好意なのかもしれないが、時代は変わるし、気持ちも変化する。状況が変われば行動だって同じく変わっていくものだ――、一生、その相手と添い遂げるってのは、添い遂げ『なければならない』呪いとも言えるだろ?」


「……もう一度言いますね、嫌なことを言いますね」


「何度でも言えばいいさ。俺の意見が変わることはないよ」


 先輩は肩をすくめながら、


「どこで告白し、カップル成立しようが、長く続くカップルは続くし、ダメになるカップルは一ヵ月で終わるもんだよ。伝説の大樹の下で告白したからどうとかって、結局、関係ねえってことだ。プラシーボ効果で長続きしても嫌じゃないか? 好意の上で成り立つ関係で、長く続くわけで――大樹の下で告白したから『好意』が続くわけじゃあるまいし。学生ってこういうの好きだよな……特に女子は」


「コイバナが一番盛り上がりますからね」


「男とは大違いだな。男は未だに、ゲームの『レアアイテム』がドロップしただなんだと言ってはしゃいでいるって言うのにさ」


 周りの男の子はそうだ――だけど先輩は違う。

 ゲームをしているところを見たことがない。スマホをいじっている姿も、最低限のメッセージのやり取りとしている時だけだ。

 今の時代に、スマホから長時間、目を離している先輩は希少な存在だ……、まさかあのアプリさえやっていないとは思わなかったし……。私のお祖父ちゃんでも使いこなせているのに……。


 でも、そこが良いと思ったのだ。

 少しばかり小難しい本を読んでいるから、理屈っぽいのかもしれないけど、その姿に惚れたのだから仕方がない。


 きっと、周りの子は先輩のこの姿を欠点とするのだろうけど、私の場合は加点にしかならなかった。嫌なことをすぐに言ってしまうところも、言い換えれば『芯』があるってことだ。周りに流されず、周りに嫌われてもいいから自分の意見をはっきりと言う。大衆に迎合して個性を失くしていく同級生よりは、全然、見ていられる人だから――。


 この人を私色に染められたら、どうなるんだろう……。

 そして、どうやって染めてあげようかとわくわくしている自分もいる。


 だから誘うのだ、私は。

 先輩を――伝説の大樹の下へ。


「で? ご存じだけどそれがどうかしたか?」

「一緒にいきましょう。伝えたいことがあると言いましたが?」


「……今はやめとけよ、どうせ混んでるだろ――まさかたくさんのギャラリーが集まっている中で告白するつもりか? そんな状況で断れるわけが――……ああ、だから成立する可能性が高いのか? 人の目を使って断りにくい状況を作って……数か月後に別れればいいやと後回しにしている内に、だらだらと長続きして、ってカラクリだったとしたら……。それでもすぱっと断るやつはいるのか」


 先輩の嫌ーな推理が走り出してしまったので、長くならない内に彼の手を取る。

 二人きりの部室から引っ張り出せば、文句を言いながらも先輩はついてきてくれるのだ。


「ほら、いきますよ!」

「待て、分かったから……。いくよ、いけばいいんだろ? ……大樹の下に呼んだ段階で内容なんて分かってるんだけどな……」


「私は雰囲気を重視するんです!!」


 二人きりの部室でも、そういう雰囲気は出ていたと思うけど、すぐ傍に伝説の大樹があるならそっちで告白したいじゃないですか!!


 なんて気持ちは、薄っすらとだけど、先輩にも伝わっているらしかった。


「まあ待て、撫子なでしこ


「……混雑時間を避けていたら夕方になってしまいますよ。それでも、まだ無人ってことはないでしょうから……」


「雰囲気が出ればいいんだろう?」


 はい?


「なら、いくべきところは裏庭じゃねえ――スタジオを借りるとするか」


 そして先輩はどこかに電話をかけ、数秒で話がついたらしい。


「あっちだ」


 先輩に先導され、裏庭とは逆方向へ向かう――手は繋いだままだった。



「えっと、ここは……?」

「言っただろ、放送部のスタジオだ。そんで、これはクロマキーと言う」


「知ってますよ……緑色の服を着たら背景と同化しちゃうんですよね……」

「まあ、そうだが、まず出てくるのがそれか?」


 先輩はパソコンをいじっており……なにをしようとしているのか分かった。

 確かに雰囲気は出る……出るのかな……?

 結局、教室で二人きりという状況のままな気もするけど。


 伝説の大樹の下にいるわけでもないし、今のところは、疑似的にも体験できていないのだ。

 雰囲気を感じられない。


「これで設定はできた……ほら、画面を見てみろ」

「……まあ、大樹の下にいますけどね、私たち」


「わざわざ本物の大樹の下までいってすることでもないだろ。ここで手軽に合成することで、その場にいると錯覚させることができるんだから。年々、技術も上がってる、分かりやすい合成ではなく、まるで景色に俺たちが本当に入り込んだように違和感なく溶け込んでいるはずだ――これで問題はないだろ?」


「確かに、他人を騙すには打ってつけの方法ですね……、海外へいってきましたー、なんて写真をSNSに投稿してもばれなさそうな気がします」


「暇人が解析するだろうから、ばれるだろうけどな。で、炎上するんだよ……もう読めてる」


「はぁ……そんな暇人、いますかね。芸能人ならまだしも、一般人の写真を解析して粗を探し指摘するなんて、誰がするんですか」

「俺だ」


 他人の粗を探させたら右に出る者はいないだろう……ほんと、嫌な人だ。

 でも別に、否定しているわけではないから、一概にも悪いだけとも言えなくて……。

 野暮なことをするなよ、とは思ってしまうけど。


「先輩は……『かまってちゃん』ですよね」

「……構ってくれることに越したことはないじゃないか」

「認めるんですか」


「否定しても、どうせその否定をお前は否定するだろう。水掛け論は無駄だから――認めてしまった方がいい。まあ、実際、寂しいとは思ってる……かまってちゃんなのは事実だな」

「やっぱり!」


「お前が引っ付いてくるようになってからは、露骨なアピールもしなくなったがな……どうせお前が俺に構ってくるだろ」

「もしかして、私が相手をしなくなったら、先輩は甘えてきたりするんですか?」

「その時によるな」


 しない、と言わないところは、先輩の可愛いところである。


 この言い方は十中八九、私が冷たくしたら猛烈にアピールしてくるだろうな……、見てみたい気もするけど、本当に嫌われたら笑い話にもできないし……。

 今はまだ、私が下でいてあげましょうかね。


「じゃあ、先輩——もう分かり切っていると思いますけど……」

「それでもやるのか? 無駄な問答な気もするが……」


「雰囲気ですから。それに、やっぱり……『はっきりと』言葉にしたいんです――わがままに付き合ってくださいよ」

「わがままだけでいいのか?」


 画面の中では、私と先輩は、伝説の大樹の真下で向き合っている――状況は整った。

 あとは儀式的な言葉を交わすだけだ。


 言葉にする。

 なあなあで先へは進めない。


「わがままだけじゃなく。――先輩のことが好きです、だから、私と付き合ってください」


「分かった。一生、お前を守っていくとここで誓おう」


 質問も答えも分かり切っていたけれど、それでもやっぱり、私たちはお互いに顔を真っ赤にしていた。


 互いに手の平を合わせて、くしゃ、とするように手を繋ぐ。

 今、できることは、これが精いっぱいだ。


「……あっ、ちょっと逃げましたね? ちゃんと言ってください――『分かるだろ』はなしですからね!」

「……なんのことだか」


「私を守ってくれるんですよね? 一生。なら……どうしてそう思ったのですか? 私のことを、どう思っているのですか?」


 先輩は観念したように、目を逸らしながら。


「……好きだよ、撫子」


「はいっ、その言葉が聞きたかったんですよ、先輩っ!」


 まったく、その言葉だけで良かったのに……。

 引き出すのにどれだけ手の込んだことをしなければいけないのだ。


 ほんとに、手がかかる人である。



 ―― 完 ――

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