最終話 わたしの自慢の旦那さま

 魔都ギルガには、市民たちに愛されている名物がある。

 夕方、診療所での勤務を終えたシェリーンは院長や看護師、事務員たちに「お疲れ様です」と挨拶する。挨拶を返してくれた事務員が封筒を差し出す。


「シェリーンさま、先月分のお給料です。お疲れ様でした」

「まあ……もうそんな日なのですね。ありがとうございます」


 お給料を何に使おうか考えながら、シェリーンは診療所の外に出た。

 週に二日、こうして診療の現場で働いて積んだ経験は、医学の勉強に大いに役立っている。既にシェリーンは準白魔道士の資格を取り、法的にも医療行為ができるようになっていた。


 子どもを授かったら勉強を中断せざるを得ないかもしれない。でも、時間がかかっても国家資格を取り、医師になるのが今のシェリーンの夢だ。

 もちろん、リュデロギスとまだ見ぬ子どもたちとともに、幸せな家庭を築くという夢もある。


「魔后陛下、お疲れ様でございます」


 ナンヌとカチャが異口同音に出迎えてくれた。


「お疲れ様。……そろそろかしら」


 自ら選び、自分のお給料で買った腕時計をシェリーンが確認していると、突然、空から降ってきたように人影が現れた。リュデロギスだ。彼はこうして、シェリーンが帰る時間になると移動魔法で診療所まで迎えにきてくれる。


「シェリーン、帰ろう。今日は宮殿の庭園でサクラが咲き始めたぞ」


 いつものことなのに、シェリーンの胸はじんわりと温かくなる。


(――初めて会った時も、あなたはわたしを迎えにきてくれた)


 あれから、もう一年がたとうとしている。シェリーンはうなずいた。


「はい、楽しみです。帰ったら一緒に見ましょう」


 あとから馬車で戻ってくる予定のナンヌとカチャにしばしの別れを告げると、シェリーンはリュデロギスとともに歩き出す。リュデロギスが手をつないできた。指を絡めてしばらく歩くと、リュデロギスは歩みを止め、移動魔法を詠唱する。


 リュデロギスがシェリーンを迎えにきてから帰るまでの一連の風景は、今やギルガの名物となっており、市民たちもぞろぞろと見物に詰めかけることはせず、遠くから温かく見守っている。


 二人はあっという間にギルガ宮の前に着いた。衛兵たちの敬礼に応えながら、夕暮れの中、庭園に向かう。

 サクラの木の下まで来ると、リュデロギスが枝の一本を指さした。


「あれだ」


 そこには一輪のサクラが咲いていた。すぐ傍には膨らんだつぼみが並んでいる。


「まあ……可愛らしい。満開になるのが楽しみですね」

「そうだな。毎日一緒に見よう。サクラが散ってしまうまでな」

「ふふ、そうですね」


 来年は一緒にサクラを見よう、とリュデロギスが言ってくれたことを思い出す。その約束が果たされて、とても、とても幸せだ。照れてしまうから口には出さなかったけれど。


「来年も再来年も、こうしてあなたとサクラを見たいです」


 代わりにそう言うと、リュデロギスに固く抱きしめられた。彼の体温を衣越しに感じていると、リュデロギスがシェリーンの両肩に手を移動させ、そっと身体を離した。


「来年、再来年と言わず、千年後も二千年後もと言ってくれ」

「はい、リュデさま。この命が続く限り、あなたと毎年サクラが見たいです」


 答えると、唇を塞がれた。今夜も求められるであろうことを想像してしまい、シェリーンは顔を赤らめる。

 ようやくシェリーンを解放したリュデロギスが再びサクラの花を見上げる。


「この花は、本当にシェリーンによく似ているな。はかないのにりんとしていて、美しくて潔い」

「そうですか? わたしはこんなにきれいかしら」


 シェリーンの問いかけに、リュデロギスはほほえんだ。


「ああ。あなたは美しい」


 シェリーンは、はにかみながらリュデロギスと一緒にサクラの花を見上げた。彼に肩を抱かれながら、心ゆくまで。



   完



*****



最後までお読みくださり、ありがとうございます。様々な形での応援にも御礼申し上げます。


銀髪美形魔王が書きたくて考え始めた本作ですが、書いていてとても楽しい作品でした。


この作品を読んで、「シェリーンとリュデロギスが幸せになってよかった」「おもしろかった!」「糖度過剰」と思ったら、レビューから★評価をしていただけると、作者の励みになります(★一個からでも)。


それでは、またお会いできることを祈って。

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