第四十一話 王室への断罪

 戦闘を終えたリュデロギスは、アルカン軍の陣頭に立って戦っていたエセルバートとその仲間たちとの合流を果たした。エセルバートはアルカン軍を代表して素直に礼を述べる。


「リュデロギス、来てくれてありがとう。おかげでダルムト軍を追い払えた」

「礼ならシェリーンに言ってくれ。大した抵抗もなく勝てたのは、后の力のおかげだ」

「王女殿下、御礼申し上げます」

「いいえ、わたくしは何もしておりません」


 エセルバートは微笑した。


「シェリーン殿下は、本当に謙虚でいらっしゃる。……ところで、先ほど我が軍はアルカン国王夫妻を救出することに成功いたしました。今はイザドラ殿下とご一緒においでになりますが……お会いになりますか?」

「はい」


 シェリーンはうなずいた。自分はアルカンには戻らない。今は過去の遺恨は胸にしまい、ただそのことを伝えなければと思った。

 リュデロギスとエセルバートに付き添われ、テントの中で対面した父王スティーヴンと王妃キザイアは捕虜となっていたせいか、ずいぶんやつれて見えた。異母妹イザドラも、所在なく立ち尽くしている。

 シェリーンを前にしたスティーヴンはびるような目でこちらを見た。


「シェリーン、可愛い娘よ、久しいな。今までのことはわびよう。どうか、アルカンに戻ってきてはもらえまいか。考えてみれば、そなたを大魔王に嫁がせたこと自体が間違っていたのだ。そなたを次期女王とし、婿は勇者エセルバートとしよう」


 リュデロギスは殺気を放ち、エセルバートはなんとも言えない表情になる。イザドラとキザイアは「そ、そんな……」と顔を真っ青にしている。

 スティーヴン以外、ここにいる全ての者の意向を無視したその申し出に、シェリーンは頭を振った。


「わたくしと魔帝陛下は正式な婚姻を結んだ身。今さら、お父さまだけのご都合で離婚するわけには参りません。それに、これは食糧援助の要請を快諾し、アルカンの危機に援軍を送ってくださった魔帝陛下のご厚意を踏みにじるご発言です。どうか、魔帝陛下に謝罪なさってください」


 スティーヴンの顔に怒りの色が浮かぶ。


「その魔族はそなたが国を去ればアルカンが滅ぶと分かっていながら、そなたをかすめ取ったとんでもない詐欺師であるぞ! 謝罪すべきはどちらだ!」

「詐欺師か。国民や妻子に『大魔王に勝った』と吹聴したことは、詐欺にはならぬのかな」


 リュデロギスの言葉に、スティーヴンは顔色を変えた。既に事実を知っているイザドラはスティーヴンに刺々しい視線を向ける。キザイアはスティーヴンとエセルバートを交互に見た。


「ま、負けた……!? 勇者さまが大魔王に……!?」


 シェリーンは悲しい思いでスティーヴンを眺めた。


「確かに、アルカン王室が・・・・・・・滅ぶとあらかじめ分かっていれば、わたくしは嫁ぐことをためらったでしょう。ですが、わたくしに魔帝陛下に嫁ぐようご命令なさったのがお父さまである以上、全てが手遅れです。何より、わたくし自身が魔帝陛下のお傍にいることを望んでおります」


 言葉に詰まったスティーヴンに代わるように、キザイアが罵声を浴びせた。


「さっきから生意気な口を利いて! アルカンがこうなったのは全てお前のせいよ! さっさと戻ってきなさい! そんなに勇者さまと結婚するのが嫌なら、また離宮に幽閉してもらうがいいわ! そうすれば、もうお前は逃げ出せないし、わたしの可愛いイザドラが次期女王になれるのですもの……!」


 シェリーンはキザイアのほうに顔を向けた。


「わたくしは魔族の先祖返りです。人族より長い一生の間、わたくしはずっとアルカンに飼い殺しにされるのですか?」


 シェリーンの静かな問いに、キザイアは唾を飛ばさんばかりに叫ぶ。


「当たり前よ! 他国に嫁ぐことさえできないお前に、他になんの価値があるというの!」


 悪霊のような形相の継母を前に、この人もイザドラと同じだ、とシェリーンは思った。未だにシェリーンの中に、邪魔者として一方的に憎んでいたであろう、シェリーンの実母であり前王妃アナベラの姿を見ている。


 イザドラが自分を虐げていた主な理由が嫉妬であることに、様々な経験を積み、自信を持つことを覚えた今のシェリーンは気づいていた。

 キザイアも娘と同様に、どうにもならない劣等感を憎い相手にぶつけることでしか、己を慰められないのだ。一国の王妃にまで上り詰めたのに、いつまでもアナベラへの嫉妬に駆られている。

 嫉妬の対象をおとしめても、その人を超えられるわけではないのに。


(かわいそうな人たち……)


 そう思いはしたが、今まで自分を痛めつけてきた彼女たちに従う義理は、シェリーンにはない。だから、シェリーンはこう告げた。


「わたくしはアルカンには戻りません。ディンゼこそ、わたくしがこれからも生きていく国です」

「何を勝手なことを――」


 なおも言い募ろうとするキザイアの前に進み出たのは、今まで事態を見守っていたリュデロギスだった。


「それ以上、我が后を罵倒することは赦さぬ。本来なら夫婦ともども消し炭にしてやりたいところだが――」


 スティーヴンとキザイアがおびえたように顔を引きつらせる。


「そのようなことを后は望まぬ。たとえ自分を理不尽に痛めつけた相手であってもな。それにエセルバートとの事前の取り決めもあるゆえ、予は手を出さぬ。だが、覚えておけ。外に駐留している我が軍に予が命令を下しさえすれば、アルカンなど、いつでも滅ぼせるのだぞ?」


 真顔のリュデロギスはその完璧な美しさも手伝って、凄絶なまでに冷たく恐ろしい。さすがのキザイアも押し黙った。


(リュデさまはわたしの意をくんでくださった……)


 シェリーンの胸は震えた。彼は妻のために本気で怒りながらも、命までは奪いたくない、というシェリーンの意思を尊重してくれたのだ。

 エセルバートが苦笑する。


「リュデロギス、それくらいにしておいてくれないか。わたしの出番がなくなってしまう」

「ふん、そうだったな」


 リュデロギスはうしろに下がり、エセルバートに場所を譲った。これからエセルバートが大切な話をしようとしていることを察し、シェリーンもリュデロギスの隣に並ぶ。

 エセルバートは口を開いた。


「これから、魔帝リュデロギスや仲間たち、それにわたしの支援者たちと話し合って決めたことを国王王妃両陛下にお伝えいたします」


 エセルバートの口調は淡々としている。


「こたびの災いの原因は、シェリーン王女殿下ではなく、王室にございます。今この時をもって、両陛下を廃位及び廃妃といたします。お二人には辺境の古城に移り住んでいただきます」


 慌てたのはスティーヴンとキザイアだ。


「な!? エセルバート! そなた、なんの権利があって……!!」

「そうよ! あなたをアルカン公認の勇者としたのは国王陛下でしょう!!」

「もし、おとなしく従っていただけない場合、『両陛下はダルムト軍によって亡き者にされた』と公式発表してもよろしいのですが、いかがでしょうか?」


 勇者らしくないエセルバートの問いかけに、スティーヴンもキザイアも黙り込んだ。代わりに泡を食ったのはイザドラだった。エセルバートに対し、必死に訴えかける。


「わ、わたしは次の女王よね!?」

「イザドラ殿下、あなたとの婚約を破棄します」

「な、なぜ!? 王配になったほうがあなたにとっては得でしょう!?」


「わたしが旧王家の血を引いていなければ、そのほうが賢い選択だったかもしれません。ですが、わたしの支援者たちは、元々庶子でいらっしゃったイザドラ殿下よりも、旧王家の王女の血を引くわたしを次の国王にしたがっているのです。先の――いえ、もう先々代ですね――の王妃陛下の弟君に当たるカラムセナ国王も、以前から、わたしが国王になることを支持すると表明してくださっています」


 リュデロギスが愉快そうに明言した。


「むろん、予もエセルバートの即位を支持している」


 エセルバートはリュデロギスに向けてうなずいたあとで、穏やかな彼には珍しく厳しい顔をした。


「それに、わたしはあなたのような性格の悪い女性を妻にすることは御免こうむります」


 イザドラはその場にへたり込んだ。


「そ、そんな……王位簒奪さんだつじゃない……」

「そうですね。あなたがたがシェリーン殿下のもたらした幸運にあぐらをかかずに国を治め、国民からの支持を得ていれば話は違ったのですが、残念ながら、そうはなりませんでした。イザドラ殿下はご両親とは別の辺境にお送りします。年金をお出ししますから、慎ましやかに暮せば、生活には困らないでしょう」


 それは、スティーヴンとキザイアも同じだろう。彼らは生涯、新王エセルバートにクーデターを起こさぬよう、古城に幽閉されて暮らすのだ。シェリーンの生家は完全に没落した。これで、アルカンを襲った数々の災難も終焉しゅうえんを迎えるだろう。


 父たちに会う前から聞かされていた処遇とはいえ、シェリーンの胸を感慨のようなものが去来した。リュデロギスはそんなシェリーンを気遣うように、そっと肩を抱いてくれた。

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