第三十六話 アルカン、侵攻される(イザドラ視点)
「隣国のダルムトが侵攻してきた……!?」
母キザイアと一緒にお茶を飲んでいたイザドラは、父王スティーヴンからその話を聞き、呆然とした。スティーヴンは
「ああ。国境の要塞が突破されたそうだ」
キザイアが信じられないといった表情でスティーヴンに詰め寄る。
「どうして!? ダルムトは確かにアルカンとは敵対していましたけれど、今までおとなしくしていたはずではないのですか!?」
「我が国が
強張った顔でイザドラとキザイアは互いに目を見合わせ、うなずき合う。
そこへ、扉を叩く音が響いた。
「国王陛下、エセルバートでございます」
「入れ」
入室してきたエセルバートは、珍しく顔に期待をにじませ、スティーヴンに告げた。
「陛下、ワーズワース殿が到着された由にございます」
「ワーズワース? あの無礼な予言士?」
イザドラが眉をひそめると、スティーヴンが応じる。
「……
キザイアが不安げに問う。
「まさか、陛下、あの予言士の言うことを信じるおつもりですの?」
「信じるしかあるまい。あまりにも不運が続きすぎる。このままではあの者が予言した通り、我が国は滅ぶ。なんとか解決法を聞き出さねばならぬ」
イザドラは嫌な予感がした。自分の記憶が正しければ、あの予言士はこう言っていたのだ。
――国王陛下、このままいけばアルカンは凄惨な末路を迎えてしまいます! 今からでもシェリーン王女を連れ戻すべきです! 王女がお戻りになれば、違う未来が――。
スティーヴンの指示に従い、エセルバートがワーズワースを連れてきた。
エセルバートはワーズワースの予言の正しさを早いうちから見抜き、彼が宮廷に戻れるようスティーヴンに働きかけてきたのだが、もちろん、そんなことをイザドラが知るはずもない。
急に呼び出されたというのに、ワーズワースはきちんとひげを
「申し上げます。アルカンの崩壊を止めるには、以前も申しました通り、シェリーン王女をディンゼから呼び戻すしかございません」
スティーヴンが苛立たしげに詰問した。
「であるから、なぜ、シェリーンを呼び戻す必要があるのだ。今アルカンを見舞っている事態と王女は無関係であろう」
「わたしはつい数日前まで東大陸におりました。そこで得た情報によりますと、シェリーン王女は幸運の子と呼ばれる存在であり、魔族の先祖返りでいらっしゃるのだそうです」
「先祖返り……それで、シェリーンはあのような容姿で生まれてきたというのか……」
シェリーンが不義の子ではないかとスティーヴンが疑い続けていたことは、イザドラも知っている。スティーヴンの様子は
ワーズワースは淡々と続ける。
「さようでございます。幸運の子は生まれながらに、家を中心とした周囲に富や幸運をもたらす能力を持っております。シェリーン王女がお生まれになってからアルカンが繁栄し始めたのが何よりの証拠でございます」
(そ、そんな! お姉さまがこの国を豊かにしていたというの!?)
そう思いつつも、イザドラは心の隅で
スティーヴンが硬い声を出す。
「……つまり、幸運をもたらしていたシェリーンが嫁いでしまったから、我が国はこれほどの不運に見舞われているということか?」
「半分は正しく、半分は間違っております。幸運の子の力には反作用があるのです。幸運の子は家や周囲に繁栄をもたらす一方で、自然死以外の理由で住んでいた家から永久に去る――つまり、他家に嫁ぐことも含まれます――と、その家はそれまで享受していた幸運の分まで不運に見舞われるのです」
スティーヴンの指先はブルブルと震えていた。
「では――では、どうすればよい……?」
「先ほども申し上げました通り、シェリーン王女にお戻りいただくのが最善でございます。さもなければ、アルカン王室が滅ぶまでこの国は不運に見舞われ続けるでしょう」
スティーヴンはうめいた。
イザドラもキザイアも呆然とするしかない。
ややあって、スティーヴンは乾いた笑い声を上げた。
「ハハ……そうか……シェリーンを第一王位継承者のままにしておき、婿を迎えていれば、アルカンの繁栄は長きに渡って約束されていたというわけか……」
キザイアがおびえたような声を出す。
「へ、陛下……」
(わ、わたしは悪くない! 悪いのはお母さまだわ。お姉さまから第一王位継承権を奪ったのも、幽閉して大魔王に嫁がせたのも、全部お母さまが主導したことじゃない!)
国王一家がそれぞれにこれまでの誤った選択を後悔し、あるいは責任をなすりつける中、エセルバートだけが冷静にワーズワースの言葉に耳を傾け、建設的な思考を巡らせていたことに、彼らは気づいていなかった。
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