第二十六話 お二人の関係は

 王宮に入ったシェリーンとリュデロギスは、青い絨毯じゅうたんの敷かれた豪奢ごうしゃかつ大きな食堂に招き入れられた。さすが元三大魔王国の王宮だ。シェリーンはその内装を感嘆しながら見回す。


 給仕に席を引いてもらったあとで着席すると、同じく椅子に座ったリュデロギスとマルキアドが、さっそく軽口の応酬を始めた。なお、シェリーンに気を遣ってくれているらしく、やり取りは全てアルカン語である。


「リュデロギス、こうして対面していると、決戦の日、貴様と三日三晩戦った日々のことを思い出すな」

「そなたは相変わらずだな。そんなことを思い出すくらいなら、予はシェリーンを見初めた時のことを一万回思い出すわ」


 シェリーンは白いテーブルクロスの上に突っ伏しそうになった。恨みがましい視線を夫となった人に向ける。


「……リュデさま、人さまの前で、あまりそういうお話は……」

「なんだ、これくらいで恥ずかしいのか、シェリーンは」


 甘くほほえむリュデロギスをマルキアドが呆れ顔で見やる。


「リュデロギス、新聞でお后と並んで浮ついた顔をしている貴様の写真を見た時は、世も末かと思ったぞ」

「失礼な。あれは浮ついているのではなく、『幸せすぎて破顔している』というのだ」

「そうかそうか。お后を溺愛しているようで結構なことだ。貴様の子をシェリーン殿が生んだら、その子が世継ぎになるのだな。ディンゼも安泰だ」


 シェリーンは真っ赤になった。確かにこのままいくと、子どもを授かるかどうかは別として、近いうちにそういうことになりかねない気がする。

 リュデロギスが不愉快そうにマルキアドをにらむ。


「マルキアド、后を恥ずかしがらせてよいのは、この世でただ一人、予だけだ。それに、あまり彼女にプレッシャーをかけないでもらおうか」

「フフ、俺の頭上でふんぞり返っていることへの意趣返しだ」


 マルキアドは運ばれてきたシャンパンに口をつけながら笑った。

 シェリーンは先ほどから気になっていたことを遠慮がちに口に出した。


「お二人は、以前から仲がよろしいのですか?」

「誰がこんな奴と!」


 リュデロギスとマルキアドは異口同音に互いを指さした。

 言ったあとで、リュデロギスはハッとしたようにシェリーンを見る。


「勘違いしないでくれ。今のはあなたに怒ったわけではないぞ」


 シェリーンは思わずくすりと笑う。


「はい、分かっております」


 リュデロギスは安心したようだ。マルキアドはそんな彼をやれやれといった風にちらりと見たあとで、シェリーンに顔を向ける。


「仲がよく見えるとしたら、おそらく魔族と人族では考え方が違うからだろう。魔族にとって強い力を持つ者は、強く気高い精神を持つ者だ。ゆえに、魔族は力ある者を尊敬する傾向にある。たとえ、自分を負かした相手でもな。人族にもそういう者がいる一方で、負かされたことを押さえつけられたと思い、強者を憎む者、そもそも強者を闇雲に恐れる者も多いだろう?」


「そうですね。人族にとって、力は手段である側面が強いと思います。ですから、強すぎる力を持つ者は何をしでかすか分からない、と思われがちなのでしょう」


「シェリーン殿は聡明そうめいだな。人族とは違い、魔族の間では争いがあったあとも遺恨が残りにくい。とはいえ、中には頑迷な者もいるにはいる。それでも、何かきっかけがあれば、素直に勝者を認めるものだ。俺はリュデロギスに一騎打ちで敗れたことで、ディンゼに従属することを受け入れた。もちろん、従属国になれば納税と兵役を課せられるが、それも無理のない範囲内だし、自治権も認められる。その上、今まで通り、リュデロギスに頭を下げる必要もない」


 リュデロギスが口を挟む。


「ガルデアの民全てが、そなたように物分かりがよいわけではない。種族同士の利害による反乱や予の統治を気に食わぬ種族の反乱は多い。元帥たちがしっかりしていなければ、新婚旅行にも出かけられなかったところだ」

「元帥といえば、いつもヘラヘラしているあのヴァンパイア族の男は同行していないのだな」

「当然だ。戦争に行くわけでもなし、あ奴にはディンゼの廷臣筆頭として予の留守番を務めてもらわねばならぬ」

「俺はあの男が苦手だ。有能なことは認めるが、何を言っても煙に巻かれる」

「では、本人にそう伝えておこう」

「おい、やめろ!」


 本人たちは認めたがらないが、二人は本当に仲がいい。ケンカ友達のようなものなのだろう。


(それにしても、ディンゼでは反乱が起こりがちなのね。幸運の子のわたしを旅先でお披露目するのも、反乱防止の意味があるのかもしれないわ)


 リュデロギスに散々からかわれたマルキアドは、不機嫌そうな顔でぐいっとシャンパンを飲み干す。グラスを置きながら、彼はシェリーンに真剣な声をかけた。


「シェリーン殿、魔后となったあなたにディンゼの一部であるガルデアの魔王として言っておきたいことがある」

「はい」

「俺がリュデロギスに従ったのは、負けを認めたことだけが理由ではない。民は何百年も続いた戦乱と国同士のにらみ合いに疲れている。人族の間では、魔族は破壊と戦いを好むとされているようだが、そうでない者もいるし、戦い向きでない弱者もいる」


 シェリーンは実感を持ってうなずいた。リュデロギスだって、その出発点は無力な少年だった。環境が彼を戦いに導き、比類ない強者へと変貌させたのだ。

 マルキアドは続ける。


「民の歓迎を見ただろう? 幸運の子であり魔后でもあるあなたは、魔族にとって繁栄を約束する存在というだけでなく、ようやく訪れつつある平和の象徴でもあるのだ」

「だから、プレッシャーをかけるなと言っている」


 すかさずリュデロギスが突っ込みを入れる。彼の気持ちは嬉しいと思いつつも、シェリーンはマルキアドの言葉を重く受け止めていた。

 最初はリュデロギスだけに必要とされているのだと思っていた。だが、レディオンからは賢明な魔后となってリュデロギスを支えて欲しい、と頼まれ、マルキアドからは平和の象徴だと言われた。それだけ、幸運の子にして魔后となったシェリーンの責任は重いのだ。


(わたしにできること……)


 シェリーンがついつい考え込んでしまったその時。食堂の扉が開き、武官らしき男性が入ってきた。


「ご歓待の最中に恐れ入りますが、魔王陛下、急ぎのご報告がございます」

「なんだ」

「サイクロプス族反乱の報が、先ほど届きました」


 ついさっきまで反乱のことが話題に出ていただけに、シェリーンは身体を強張らせる。

 リュデロギスとマルキアドの顔が戦士のものへと変わった。

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