第二十三話 追放された予言士(ワーズワース視点)

 同じ頃、予言士ジェイコブ・ワーズワースは魔都ギルガより西方の港街にいた。

 彼が海峡を越え、野心的な商人や食い詰め者くらいしか寄りつかない東大陸に渡ってきたのは他でもない。

 自分の予知の正しさを証明し、アルカンの破滅を食い止めるためだ。


 そのために第一王女シェリーンの嫁いだ大魔王の治める国にやってきた。

 魔飛蝗エビルローカストによる蝗害こうがいの知らせが王宮にもたらされたあとも、王位継承者イザドラと勇者の婚約式を台なしにしたワーズワースへの追放が撤回されることはなかった。国王スティーヴンはプライドが高く頑迷だ。


 王妃も、生まれつき魔族に似たシェリーンを不吉だと吹聴するような迷信深さを見せていたくせに、魔法学的根拠のある予言は信じようとしなかった。シェリーンを目の敵にするあまり、理性的な判断ができなくなっているのだろう。困ったものだ。


 それゆえに追放覚悟で、みなの注目を集める婚約式の場に乗り込み、アルカンの危機を訴えたわけだが、逆効果だったようだ。

 少しでもワーズワースの予言が正しいのではないかと思い、行動に移してくれる者が現れることを祈らないでもない。しかし、そんな悠長なことは言っていられない。既にアルカンは魔物に作物が食い荒らされているのだ。このままでは、他国の援助なしでは今年の冬は越せないだろう。


 ワーズワースの予知は、断片的な未来の視覚的イメージを受け取ることで成り立つ。最近はアルカンの破滅を意味するイメージが多く頭に浮かぶようになった。

 そして、その破滅を食い止める鍵を握っているのは、長らく幽閉されていた第一王女シェリーンなのだ。神々しいとさえいえる美しい姿の彼女のイメージが、繰り返しワーズワースの頭の中を流れる。ワーズワースはシェリーンに会ったことはないが、彼女のイメージが浮かぶ瞬間に、それが誰だか分かるのだった。


(それにしても、この国は豊かだな……)


 今は夜なので、にぎわっているのは主に酒場や料理屋だ。魔導具の街灯に照らされた街中を昼間のように多くの人が歩いている。

 古い建物と新しい建物が同居した街並みを行き交う人々の表情は、みな穏やかだ。中には角や尻尾を生やしたり、見上げるばかりの巨体だったりと、人族から大きく離れた外見の者もいるが、ワーズワースが人族だからといって問答無用で襲いかかってくることもない。


 来る前は「大魔王に支配された暗く危険な国」という想像をしていたが、王都でもない街の様子がこれならば、シェリーンも不自由なく暮らしているのかもしれない。

 もしそうだとすれば、帰ってきてもらうのは困難を極めるだろう。何せ、彼女は実の父親と継母によって幽閉されていたのだ。


 国王夫妻はそれを大したことではないように思っている節があるが、実際の国民感情は違う。

 前王妃のアナベラは外国人であるにもかかわらず、民衆に対する温かい態度が評価され、国民の間で人気があった。その一人娘がどうやら離宮に幽閉されたらしいといううわさは国民の間でも有名で、以前から彼女に同情する声が上がっていたのだ。

 さらに、シェリーンが大魔王に嫁がされたと聞いて、眉をひそめる者も少なくはなかった。


(国王陛下、国民もそう馬鹿ではないのですよ)


 そんなことを思いつつ、ワーズワースは一軒の酒場に入った。腹ごしらえと情報収集のためだ。

 ワーズワースはヴェルエムス語が話せる。昔、ヴェルエムス語を学ぶ自分の姿を予知し、将来必要になるだろうと考え、勉強したのだ。

 カウンター席に座り、料理が来るのを待っていると、隣の客たちの話し声が聞こえてきた。


「幸運の子が魔帝陛下に嫁いでくださったから、この帝国も安泰だ。万年も続くんじゃないかい?」

「本当にな。これでお子さまが生まれれば、万々歳よ。それにしても、お后は魔族の先祖返りなのに人族の国で生まれ育ったんだろう? よく見つかったもんだ」

「魔神さまのお引き合わせに違いねえ。祖国ではだいぶご苦労をされたんだろうよ。まあ、我らが魔帝陛下がしっかり幸せにしてくださるだろうから、心配はないか」


「新聞に載ってた写真の魔帝陛下、いいお顔をなさっていたもんなあ。お后が大切で仕方ないって顔をよ。ま、あれだけの別嬪べっぴんさんが嫁にきてくれたんだから、当然だわな。今はあまーい新婚旅行中か。いや、妬けるね」

「お前さんも、女房に熟年婚旅行をプレゼントしたらどうだい?」


 魔族たちは酒杯を片手に笑い合う。彼らの口調には大魔王への敬意と親しみがにじみ出ている。

 アルカンとはえらい違いだ、とワーズワースは思った。不人気な愛人を王妃に迎え、これまた不人気な第二王女を王位継承者に据えたスティーヴンに親愛の情を抱く国民は、自分の知る限り、そう多くはない。


(それはともかく、話を聞くに、そのお后とはシェリーン王女のことだろう。……だが、「幸運の子」とはなんだ? 魔族の一種か? 王女がその先祖返りだった……? 確かに、彼女の容姿は魔族とよく似ているが……)


 膨れ上がる疑問を解消すべく、ワーズワースは隣の客たちに話しかけることにした。


「ちょっとよろしいですか。わたしはお后さまの出身国から来た人族なのですが、幸運の子とは一体どのような存在なのでしょう?」


 魔族たちは目を瞬いた。「誰でも知っていること」を聞かれた時の反応だった。魔族の一人が、気を取り直したように口を開く。


「……まあ、人族ならしょうがねえわな。いいかい、幸運の子ってのは――」


 魔族の男が語る幸運の子の説明にワーズワースはじっと聞き入っていたが、途中から瞠目どうもくし、冷たい汗が身体を伝っていくのを感じた。


(そうか……! そのせいで、アルカンは破滅に向かっているのだな! 王女には是が非でもお戻りいただかなくては――いや、今は旅行中だというし、わたし一人では無理だ。とにかく、証拠を万全のものにしたあとでアルカンに戻らねば!)


 出された酒と料理に手をつけるのも忘れ、ワーズワースはこれからしなくてはならないことを順序立て、必死に考え始めた。

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