第十五話 レディオン閣下のお人柄(後編)

 ナンバーワンが去ったら、ナンバーツーの来場である。ついさっきまでリュデロギスが座っていた椅子にかけたレディオンからは、魔帝陛下のような圧が感じられないところが、せめてもの救いではある。

 魔帝とナンバーツーがこんな風にシェリーンにかかりきりで、この国は大丈夫なのだろうか。


 ともあれ、初授業は終わった。

 スクアピオが一礼とともに退出してしまうと、レディオンが立ち上がり、声をかけてきた。


「魔后陛下、昨日はお疲れ様でございました。慣れない場所で、ご緊張なさったでしょう」

「お気遣いありがとう存じます、レディオンさま。あの、一昨日、魔帝陛下がお迎えにこられた時は、ご挨拶できず申し訳ありませんでした」

「いえ、お気になさらず。魔后陛下のほうが、わたしより格上でおいでですから。あなたが正式に魔后になられたら、わたしは晴れてこの国のナンバースリーです。ようやく肩の荷が下ろせますよ。そもそも、わたしは見ての通りの外見でしょう? 全く威厳というものから縁遠いのですよ」


 確かに、レディオンは二十歳くらいにしか見えないし、軍人というよりはむしろ俳優のようだ。

 シェリーンはディンゼに来た初日にリュデロギスから、魔族は若く見えても外見通りの年齢とは限らないと聞いた。いつまでも肉体が老いることがないという特性は人族にとっては素晴らしく思えるが、どうやら自分で外見年齢までは決められないようだ。人族も魔族も不自由という点では変わりないのかもしれない。


「魔后陛下、うしろから見られていては、授業を受けにくかったのではいらっしゃいませんか?」

「実は……少し」

 

 シェリーンが正直に答えると、レディオンがプッと吹き出した。


「リュデロギスがあなたと離れたがらなくて。途中でわたしと交代した時に、あいつ、なんて言ったと思います?『シェリーンが教師にいじめられたら、すぐ止めるように』ですよ?」


 レディオンはリュデロギスを呼び捨てにした。それに、彼の言葉の端々にはリュデロギスへの親しみがにじみ出ている。

 シェリーンは思わず聞いていた。


「レディオンさまは、陛下とはお友達でいらっしゃるのですか?」

「まあ、友人でもありますが、わたしはあいつの従兄弟なのです。母方のね。わたしの目、赤いでしょう? これはヴァンパイア族の証でして。少年時代、一族の里にリュデロギスが身を寄せていたことがあるのですよ。それで、兄弟同然に育ちましてね。あ、わたしが兄ですよ」

「え!? では、レディオンさまのほうが年上でいらっしゃるのですか?」

「はい、少しだけ」


 どう見ても、レディオンのほうがリュデロギスよりも五歳ほど若く見えるのに。本当に、魔族の年齢は見た目だけでは判断できない。

 それにしても、ヴァンパイア族といえば、魔族の中でも人族にはかなり恐れられている存在だ。人族の生き血をすするという伝承は本当なのだろうか。

 シェリーンは失礼かもしれないと思いつつ、興味を引かれたので尋ねてみる。


「レディオンさまは、お食事は何を?」


 レディオンは目を瞬いたあとで、にやりと笑った。


「わたしは生き血を飲むのは趣味ではないので、生き物や植物の生気を。特に、若い美女の生気は美味ですね。たとえば、魔后陛下のような」

「へっ!?」


 シェリーンが変な声を出すと、レディオンはくすくすと笑う。


「冗談です。そんなことをしたら、わたしはリュデロギスに殺されて、ギルガ宮のてっぺんからつるされてしまいます。ああ、先ほどお話ししたように、リュデロギスの母親もヴァンパイア族ですが、あいつには生き血も生気も必要ありませんので、怖がらないであげてください」

「は、はい……」


 どうも、レディオンと話していると、リュデロギスと過ごしている時以上に翻弄されてしまうようだ。

 レディオンの真紅の瞳に、真摯な光がかすかに灯る。


「あいつがこんなにも他人に入れ込んで、気にかけるなんてめったにないことです。どうか、気持ちが重すぎると敬遠なさらないであげてください」


 それは、リュデロギスにとって、シェリーンが特別な存在だということだろうか。でも、それは自分が幸運の子だからで……。


(でも、幸運の子だからといって、ここまですることもないような……)


 リュデロギスが説明してくれた通り、幸運の子は魔族の間では敬意を払われ、大切にされているようだが、シェリーンは祖国では疎んじられていた。それでも、アルカンは発展してきたのだ。


 つまり、幸運の子はそこにいるだけで幸運と富をもたらすのであって、大切にされようが粗雑に扱われようが、能力の発揮に問題はないのだろう。

 ならば、シェリーンに関することは女官たちに丸投げしてしまってもよいのに、リュデロギスはそうしなかった。


(あら? 陛下がわたしをめとることになさったのは、わたしを構いたいからではなくて、幸運の子の力が必要だからよね……?)


 シェリーンはますますリュデロギスの考えが分からなくなった。

 けれど、確かなことがひとつだけある。

 リュデロギスがシェリーンを、それはそれは大切にしてくれているということだ。

 レディオンとの会話で改めてその事実に気づかされてしまい、シェリーンは密かにほおを染めた。

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