第十四話 レディオン閣下のお人柄(前編)

 シェリーンは冷や汗をかいていた。


(どうしよう……!? 単なるお付きの方じゃなかったのだわ! こんなにすごい肩書きを持つ方に、あの時ご挨拶もしなかったなんて……!)


 魔后失格である。

 レディオンはひざまずいた。


「魔后陛下、改めてお目にかかれて光栄にございます。ずらずらと長い肩書きがついておりますが、要は魔帝陛下にいいようにこき使われるだけの身。今後ともよろしくお願い申し上げます」


 動揺するシェリーンに、レディオンはアルカン語でユーモアを交え、自己紹介してくれた。その柔らかい笑顔は、そこはかとなくリュデロギスに似ているような気がして、シェリーンは落ち着きを取り戻せた。


「レディオンさま、どうぞよしなに」

「恐悦至極に存じます」


 挨拶を終えたレディオンはしなやかな動作で立ち上がり、壁際に下がる。

 侍従長の声に合わせて、次々と廷臣たちが進み出る。筆頭のレディオンを除いた四元帥と呼ばれる人たちが彼のあとに続いた。


 陸軍元帥、海軍元帥、空軍元帥。彼らはみな、司令官だ。聞き慣れない、「ディンゼ魔帝国元帥」というレディオンの称号は、軍人においては魔帝に次ぐ地位なのかもしれない。


(ディンゼには空軍もあるのね。空を飛ぶ魔物でも使うのかしら……?)


 四元帥のあとに文民の大臣たちが続き、大将以下の将官が続く。主だった文官の登場はそのあとだ。観察していると、この国の中心が軍人であることが分かった。

 リュデロギスの前だからということもあるのだろうが、廷臣たちの態度はどれも恭しく、シェリーンが人族の国から来た王女であることに対する偏見はないように見えた。

 幸運の子とは、魔族にとってそれだけ貴重な存在なのだ。

 シェリーンは彼らの期待に応えられるだけの、よい魔后にならなければならない。


(そのためにも、ちゃんと勉強しよう)


 シェリーンは決意も新たに引見を続けた。


   ***


 リュデロギスとフィオレンザが言っていた通り、引見と生活に必要な時間以外、シェリーンは本を読みふけることができた。

「司書に伝えれば何冊でも本を借りていってよい」というリュデロギスのお許しもいただけたので、書斎に持っていったのだ。


「ここにはない本で欲しいものがあれば取り寄せる。あなたの書斎に並べよう」


 そう言ってくれたリュデロギスの気持ちが、シェリーンには言葉にできないほど嬉しかった。

 その翌日。シェリーンはリュデロギスから、早速二人の教師を紹介された。語学・文化の教師と医学の教師だ。どうやら、リュデロギスはシェリーンがディンゼに来る前から、魔后教育に必要な教師候補を選抜していたらしい。


(それにしても、なんて可愛らしいのかしら……!)


 大広間で教師たちと顔合わせしたシェリーンは、口元に両手を当てながらぷるぷると震えそうになってしまった。

 語学・文化担当の教師トライメは、人形とぬいぐるみの中間のような外見をしており、歩くたびにぽてぽてという擬音が聞こえてきそうな人物だったのである。ふわふわの身体は黄色で目はつぶらだ。声は成人男性のものなのだが、非常に優しい声質である。


(もふもふしたら犯罪になるのかしら……)


 幽閉生活で可愛いものに飢えていたシェリーンは、自分の欲求を抑えるのに必死だった。

 トライメとは対照的に、医学担当の教師スクアピオは人族に近い外見で、リュデロギスほどではないにしろ背が高く、いかにも謹厳そうだ。


(でも、冷たい方ではなさそうね。むしろ、この国に来て日が浅いわたしを気遣ってくださっているみたい)


 彼らとのやり取りで、語学は魔族の公用語を中心に学び、医学は治癒魔法を含めた医術も学ぶことになった。文化は魔族のものというより、東大陸全体のものを学ぶと同時に、歴史も学べるようだ。


(七年間、学ぶ機会を奪われていたのだもの。よい魔后になるためにも、しっかりと勉強しなくちゃ)


 そう決意したものの、今まで全く触れてこなかった語学と文化を勉強するのは、かなり骨が折れた。医学だって一から勉強しなければならないし、医療技術に差のあるアルカンとディンゼでは、前提となる医学知識そのものが違う。


 それでも、シェリーンは分からないことは素直に質問し、熱心に授業を受けた。

 ちなみに、シェリーンが一番びっくりしたのは、このディンゼ魔帝国が東大陸全土を支配しているという事実だ。道理で豊かな国のはずだ。シェリーンはとんでもない人と婚約してしまったらしい。

 ディンゼが軍人中心の国家である理由も、「魔帝陛下が東大陸を統一なさって間もないからです」とトライメが教えてくれた。


(それにしても……なぜ、陛下がこちらにいらっしゃるのかしら……)


 シェリーンが二限目に当たる医学の授業を受けている大広間の隅で、リュデロギスが椅子に座って様子を見守っている。

 なんとも落ち着かない気分になるし、いかにも真面目そうなスクアピオが時折ちらりとリュデロギスのほうを見るのが、気まずくて恥ずかしい。

 そこに天からの助けが来た。一人の臣下が入室してきたのだ。

 まだ魔族の公用語がよく分からないシェリーンに、スクアピオが解説してくれる。


「ふむ、陸軍総司令官閣下が魔帝陛下をお呼びのようですな」


 臣下からの呼び出しを受けたリュデロギスの仕方なさそうな声が聞こえる。

 これで、いたたまれない気持ちからは解放される。

 シェリーンはそう思ったのだが。


(どうして、レディオンさまがおいでになるの……?)

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