第七話 できる女官たち

 リュデロギスが机の上に置かれていたベルを鳴らす。普通のベルとは違い、小ぶりの鈴のような音が鳴っただけだ。

 こんなベルの音で人を呼べるとは思えない。シェリーンが首を捻っていると、ほどなくして扉がノックされる音がした。このベルも魔導具らしい。もう何が起こっても驚く気がしない。

 リュデロギスが応対する。


「入れ」

「失礼いたします」


 現れたのは、身なりのよい女性たちだった。それも七人。みな、シェリーンやリュデロギスのように耳がとがっており、頭に角を生やしている者もいる。他に人族と大きく違うところは、彼女たちの髪の色がみなカラフルであることだ。

 リュデロギスが彼女たちに目顔でシェリーンを指し示す。


「こちらが今日到着した予の后、アルカン王国のシェリーン・アン王女だ。予とシェリーンはまだ婚約者同士だが、近いうちに結婚式を挙げる。彼女のことは『魔后まこう陛下』と呼ぶようにせよ」


 女性たちが唱和した。


「御意」


 そういえば、リュデロギスのお付きの青年も、シェリーンのことを「魔后陛下」と呼んでいた。魔族にとっての皇后のことらしい。


(アルカンと近隣諸国は王妃や皇后・皇妃のことを陛下と呼ぶけれど、ディンゼでも同じなのね)


 アルカンとディンゼの共通点を見出せて、少し嬉しい。

 いや、そんなことを考えている場合ではない。自己紹介しないと。

 シェリーンは魔族の言葉をしゃべれないことを申し訳なく思いながら、アルカン語で挨拶する。


「初めまして、シェリーン・アン・オヴ・アルカンと申します」


 アルカンの王室メンバーは、姓であるブランドルではなく、国名を名乗るしきたりがある。

 先頭に立っている紺色の髪の女性が上品にほほえむ。


「お初にお目にかかります、魔后陛下。今日からあなたさまにお仕えいたします、女官長のフィオレンザと申します」


 フィオレンザのうしろに控えていた女性たちが、次々と前に進み出た。


「わたくしは衣装女官を務めさせていただきます、グラジナと申します」

「同じく、衣装女官のボジェナと申します」


 グラジナは紫色の髪、ボジェナはピンク色の髪だ。

 続いて、寝室女官二名と武装女官二名が自己紹介した。

 七人とも若く美しく、やはり紫の瞳の者が多い。ただ、リュデロギスのように見事な、濃いバイオレットスピネル色の瞳をした者はいなかった。その冠絶した美貌といい、やはりリュデロギスは特別なのだ。


「あの……みなさま全員でわたくしにお仕えしてくださるのですか?」


 シェリーンの質問に、女官長のフィオレンザが答える。


「さようでございます。幸運の子であらせられる魔后陛下にお仕えできること、わたくしたち女官一同、身に余る栄誉だと存じております」

「まあ……」


 リュデロギスが言っていた通り、幸運の子は魔族に大切にされているらしい。

 それにしても、つい昨日まで、シェリーンには女官どころかたった一人の世話係しかついていなかった。しかも、一年に一度交代する彼女たちは世話係とは名ばかりの者が多く、どんな扱いを受けるかは、完全にその性格によった。

 そんな具合だから、シェリーンが自分でしなければならないことも多かったのに、女官長を含め、七人もの女官がつくなんて。


(わたし、本当にこの国の魔后になるのね……)


 シェリーンがおっかなびっくりしながら感慨深く思っていると、フィオレンザがリュデロギスに向き直った。


「これから魔后陛下のお身体のサイズを測らせていただきます。魔帝陛下、旦那さまとはいえ、殿方は外でお待ちください」

「……分かった」


 リュデロギスは何か言いたげな顔をして、廊下に出ていった。

 シェリーンは驚いて固まってしまった。


(魔族の帝王を追い出すなんて……)


 リュデロギスは魔族の女性は強いと言っていた。あれは本当のことらしい。


「魔后陛下、お召し物を失礼いたします」


 衣装女官のグラジナとボジェナがシェリーンのドレスを素早く脱がせ始めた。コルセットを目にしたグラジナが手を止める。


「まあ、聞き及んでおりました通り、アルカンの衣装は女性の身体を締めつける作りになっておりますのね。これではお辛いでしょう」

「そうですね……コルセットをするのは久しぶりだったので、余計に苦しくて……」

「ディンゼの服は、着やすいですし、動きやすいですよ」


 コルセットを外され、あっという間にシェリーンはシュミーズ一枚になってしまった。

 グラジナとボジェナが巻き尺を取り出し、シェリーンの足を含めた身体のサイズを計測していく。

 ボジェナが「ふーむ」と声を漏らす。


「魔后陛下、先ほどまでお召しになっておいでだったドレスも靴も、少しきつくはございませんでしたか?」


 まさか異母妹のお古を仕方なく身に着けていたから、胸周りのサイズや靴の形が合っていなかったとは言い出せず、シェリーンは若干表情を引きつらせながら首を縦に振ってみせた。


「はい、実は……」


 グラジナが使命感に燃える瞳をシェリーンに向ける。


「では、これからあつらえる服や靴ができあがるまでの間は、わたくしどもがご用意するものをお召しください。既製品になってしまいますが、そのほうが快適に過ごせるかと存じます」


 ボジェナがうんうんとうなずく。


「それに、このドレス、魔后陛下の素晴らしい黄金色の御髪おぐしと宝石にも勝るアメシスト色の瞳に、まったく合っておりません。お肌の色とも微妙に違いますし……まるで別人のために仕立てられた服のよう。これでは、せっかくの魔后陛下のお美しさが引き立ちません!」


(わたしが美しいかどうかはともかく、確かにイザドラは亜麻色の髪に青い目だけれど……。服ひとつでそこまで分かるものなの……!?)


 シェリーンはグラジナとボジェナの優秀さに舌を巻いた。彼女たちを女官に選んだのがリュデロギスなのかは分からないが、いずれにしろ完璧な人事だ。

 フィオレンザが二人に命じる。


「グラジナ、ボジェナ、あなたがたは魔后陛下に御服ごふくをお着せしたら、すぐに街に出て、新しい御服を注文しにお行きなさい。魔帝陛下のご命令通り、予算に糸目はつけません」

「かしこまりました」

「ご要望に応えられる店は既に押さえてございますので、三時間……いえ、二時間後にはご用意できるかと存じます」


 シェリーンに再びドレスを着せたグラジナとボジェナは頭を下げ、部屋を退出していく。

 フィオレンザはシェリーンに向け、ふわりとした笑みを浮かべた。


「お次はこのギルガ宮の中をご案内いたしましょう。これからお住まいになる場所でございますから、どうぞお気楽になさってくださいませ」


 フィオレンザたちの優しさと自らの仕事に対する熱意は、リュデロギスが席を外している間でも変わらなかった。

 シェリーンにはそのことが何より嬉しく、彼女たちを自分につけてくれたリュデロギスに感謝した。


 シェリーンが幸運の子だということも大きな理由なのだろうけれど、女官たちの忠実な態度は、リュデロギスがシェリーンを丁重に遇してくれているから。そんな気がした。

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