第5話 引越しとコラボ配信
翌朝。
俺たちはダイニングで朝食を食べながら引越しの相談をしていた。
社員寮を追い出されてなしくずし的にマシューたちの家で居候させてもらっている俺とサナだが、さすがにこのままというわけにはいかない。
貯金もそれなりにあるし、そろそろ引っ越すべきだろう。
「パイセンはもう決まってるんすかぁ?」
よく眠れなかったのか、サナは目の下にクマを作っている。語尾がふにゃふにゃだ。
「この近くのアパートにしようかと思ってる。ボロいけど、近場だと他にいいとこなさそうなんだよ」
「本当に引っ越すのか? 私としてはいっそこのままここに住んでもらっても構わないぞ」
「そう言ってもらえるのはありがたいけど、いつまでも甘えてるわけにはいかないからな。今度居候のお礼に焼肉でもおごらせてくれ」
そう言うと、マシューは露骨に寂しそうな顔になった。
もう気軽にマシューと夜をともにできなくなるのはもったいない気もするが、気持ちは変わらない。
実を言うと、そろそろ一人でゆっくりできる時間が欲しかった。
スマホが震える。
確かめると、活動用のSNSアカウントにDMが来ていた。
「あ。やべ、忘れてた」
ロロからの正式なコラボ依頼だった。
昨日のことなのに完全に忘れていた。
「ロロから改めてコラボの誘いが来たんだけど、どうする?」
「加藤はどうしたいんだ?」
「俺はありかなって思ってる。ロロのこのところの人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだし」
ロロは新人ということもあってチャンネル登録者数こそまだまだ少ないが、同接数はトップランカー並みの超人気ダンジョン配信者だ。
俺としては断る理由がなかった。
ついつい昨日ロロに抱きつかれた時のことを思い出してしまうが、それとこれとは関係ない。
「いった」
向かいに座るサナにすねを蹴られた。
「なんだよ」
「チッ、なんでもないでーす」
露骨に舌打ちをして目をそらすサナ。
本当になんなんだコイツは。
ふと視線を感じて振り向くと、マシューからもゴミを見るような視線を頂戴していた。
「な、なんだよ。なんなんだよお前ら」
マシューと俺を交互に見てジネはほほを膨らませる。
クルミちゃんはきまずそうに苦笑いしていた。
ますますわけがわからない。
コイツら俺の
「いいんじゃないんすかー? 別に。あたしとしては異論ないでーす。……チッ」
また舌打ちしたなコイツ。
「私は反対だッッ!」
ドンッとテーブルを叩いて立ち上がるマシュー。
しかし、勢いばかりで続く言葉が出てこないらしい。
「と、とにかく反対だ! あの女はなんとなくその、いけすかないッッ!!」
女の勘というやつだろうか。
マシューはぷりぷり怒った様子で残りの朝食を口にかきこむ。
「わ、わたしは、その……えぇっと、い、いいと思います」
視線を送ると、クルミちゃんはマシューの顔色をうかがいながら申し訳なさそうに答えてくれた。
「三対一だ。決まりだな」
マシューを説得するのは骨が折れそうなので、多数決で決めてしまうことにした。
不服そうに目を細めるマシューにジネとクルミちゃんはおろおろしているが、誰からも異論はなかった。
こうして、ロ口ロロとのコラボ配信が決定した。
このコラボがのちに大波乱を巻き起こすことになるのを、俺たちはまだ知らない。
数日後。
視聴者のコメントを逐一確認したいというロロからの要望により、俺たちは攻略難易度の低いダンジョンでコラボ配信をすることになった。
舞台は道幅の広い巨大洞窟のダンジョン。
途中にある二つの分かれ道で攻略難易度が変わる珍しいダンジョンで、配信の盛り上がりに合わせてどちらへ進むか決める運びになっていた。
「こんちゃーっす! 今日はよろしく!」
虹色のメッシュが入った前髪を揺らし、ロロが握手を求めてきた。
「あぁ、よろしく」
いきなりのことで驚いたが、悟られないように思い切って手を取り、握手を交わす。
「DMでも話したけど、索敵はうちのユーガに任せてくれちゃってオールOKだから。よろしく~」
「……」
無言のままうなずくユーガに、俺たちもうなずいて返す。
コラボ前にロロの配信アーカイブをいくつか確認したところ、ユーガは基本喋らないスタンスのようだった。
一体二人はどういう関係なんだろうか。
「じゃ、配信始めまーす! 3、2、1っ」
ユーガがドローンを飛ばし、ロロが搭載されたカメラに向けてポーズを決める。
視聴者の取り合いにならないよう、今日の配信はロロたちのチャンネルで行うことになっていた。
「こんちゃーっす! ろろろじゃないよ、
ロロの合図に合わせてドローンのカメラが俺たちの方を向いた。
ぎこちなく頭を下げてやりすごす。
今後はこういうときの挨拶口上を決めておいた方が良さそうだ。
「さてさて、今回はちょーちょー深い森の中の、ちょーちょー難関の大洞窟ダンジョンダヨー。果たして何人生き残れるかなぁ~?」
大袈裟に
今回は各自の手元のスマホからロロの配信を流しっぱなしにしてコメント欄を確認する形式だ。
「さ、レッツラゴー!」
ランプを片手に大きく手を振り上げ、大洞窟の中へ足を踏み入れるロロ。
先人を切っておそるおそる進んでいく様子を演出しているが、実際にはロロと俺たちを映すドローンより先にユーガが先行している。
ユーガの索敵を光らせながらその後ろで配信を行うという連携プレーだ。
モンスターと遭遇するまでの間、ロロは俺に話をふったり直近のエピソードトークをしたりして場をつなげる。
このモンスターの少ない低級ダンジョンでも同接を落とさない工夫には感心させられるばかりだ。
『ロロ、モンスターだ』
入ってすぐの大きな空間を抜けたあたりで、イヤホンにユーガの声が入る。
索敵にモンスターが引っかかったようだ。
すぐにロロが応じる。
「多い?」
『いや、一体だけだ。場所は……』
「了解」
途端に緊迫した空気が流れ出す。
ロロは足を止め、俺たちへ振り返った。
「ここからは、しー! だよ、加藤さん」
「あぁ、わかった」
「ここで待ってて」
「え?」
俺たちを置いてロロが走り出す。
すぐ戻ってきたかと思うと、息を切らした様子でドローンのカメラに顔を近づける。
「大変! この先に凶暴なオーウルフがいるみたい!」
「オーウルフ?」
マシューが眉をひそめる。
オーウルフと言えば来る途中にも遭遇した狼型モンスターだ。
見た目こそ凶暴そうに見えるが、繁殖期以外は基本おとなしいので戦わずに素通りした。
「みんな、油断しちゃダメだよ~」
「あ、あぁ……」
身構えながら進んでいくと、オーウルフの唸り声が聞こえてきた。
ユーガの索敵通り一体のオーウルフが待ち構えていた。
ロロのななめ前にユーガが立ち、戦闘態勢に入る。
「みんな、ここはわたしたちに任せて!」
ロロがそう口にすると、見計らったかのようなタイミングでオーウルフが飛びかかってきた。
ユーガが腕に装備した小型の盾でガードして弾き飛ばす。
「ユーガ、やっちゃえ!」
ロロの指示を受け、ユーガは剣を振り下ろす。
ゆるく湾曲した刃がオーウルフの口元を深く切り裂いた。
オーウルフはあとずさりしたあとばたりと倒れ、魔法陣の光に包まれて消えた。
致命傷になったようだ。
「やったぁ! さっすがユーガ!」
ユーガの背中に抱きつくロロ。
コメント欄はお似合いだとはやし立てる。
原因はよくわからないが、たまたま気が立って攻撃的になったオーウルフだったのだろうか。微妙な空気を察知したのか、ロロがこちらへ振り向いた。
「どう? うちのユーガ、すごいでしょー!?」
ロロは変わらずハイテンションだ。
曖昧な返事で応じるしかなかった。
何かがおかしい。
俺もマシューも、サナもクルミちゃんも、
それからのことは、あまり思い出したくない。
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