第4話 りんごジュースと一悶着
「配信大荒れでしたねー」
「あぁ。みんなダンジョン配信に刺激を求めてるんだろうなぁ」
引き換えす宣言をした途端、ダンジョン配信のコメ欄はアンチコメントで溢れ返った。
俺たちを擁護する声もちょくちょくあったが、擁護派まで叩かれる始末だった。
そんなわけで早々に配信を切り上げ、今は夕飯の買い出しにスーパーへ来ていた。
「視聴者というものは、人の心がないのか」
呆れた様子で夕飯のおかずを物色するマシュー。賞味期限が近くなって割引された商品の山を漁っていた。
ダンジョン用のよろい姿のままなので、なんだかおかしかった。
「マシューさん、視聴者なんてあんなもんです。擁護派がいたのがむしろ珍しいくらいっすよ。あいつらは基本マシューさんのおっぱいと激闘死闘を見に来てます」
「いきなり胸の話をするな! ……反応に困る」
マシューは胸もよろいでガチガチに固めているので、配信中胸が揺れることはない。ないものの、大きく膨らんでいる胸部装甲を見てむふふな妄想をしにくる輩は多い。
「なぁ加藤。よろいを軽装にしたらスパチャや同接は増えるだろうか?」
「そんな話を本気で耳打ちしにくるな! 命大事にだ。クルミちゃんがいるとはいえ、マシューが怪我したら一大事だ」
話題に上がった当のクルミちゃんは、さっきから果物コーナーでりんごを選別していた。
手にとってはうんうんうなって戻す、をえんえんと繰り返している。その瞳は真剣そのものだった。
「クルミちゃん、りんご好きなのかな」
「そうなんじゃないか?」
「あの水筒の中身もりんごジュースっすからねぇ」
「マジで? そんなことある?」
現在ブランド物のりんごを買うか否かめちゃくちゃ悩んでいるクルミちゃん。
その肩にかかったひもには育ち盛りの運動部もびっくりなクソでかい水筒がぶら下がっている。
「え? あれ全部?」
「はい、そうだと思いますよ」
「多すぎはしないか? 糖尿病になるぞ」
そういうマシューはクルミちゃんの四分の一もないくらいの小さい水筒を携帯している。
マシューはマシューで運動量の割に少なすぎると思う。
りんごを見ていると飲みたくなって来るのか、クルミちゃんは肩にかけたゴツい水筒を開けた。上向きにかたむけてゴクゴク飲む。
まだ飲む。
結構がっつり飲む。
「ぷひ」
吸い付けていたくちびるを話すと、そんな気の抜けた声が漏れた。
げっぷでは無さそうだ。飲んでいる間息を止めているのだろうか。
そういうところも可愛い。
「いった」
サナにすねを蹴られた。
「何すんだよ」
振り返ると、マシューもうらめしそうな顔で拳を握っている。
「鼻の下伸びてますよ、精密機器パイセン」
「浮気者……」
「その呼び方久しぶりだな。せっかく忘れかけてたもんを思い出させるなよ」
そしてマシューは俺たちの関係がバレるようなことを口走るな。
すっかり居候させてもらっているマシューたちの家に帰宅すると、例のごとく待ち構えていたジネがマシューに抱きついて胸に頬ずりをした。
「マシュー! マシューマシュー! ふひひひ」
銅色のよろいの谷間を青いマッシュルームカットの髪が侵食する。
埋もれた顔からブサイクな笑みがチラ見えした。
今晩はクルミちゃんが選んだりんごたっぷりの甘口カレーライスだ。
得意だそうなので、料理はクルミちゃんにしてもらった。
「うまいな」
ぱくりと一口スプーンをほおばるなり、マシューは目を丸くする。
「どれどれ。おー、確かに」
りんごの甘みと酸味が効いていて美味しい。
野菜も小さめに切ってあって火がよく通っている。やわらかくて食べやすかった。
「うまいもんだなぁ」
「すごくおいしいです」
四人の中では少食なジネも白衣をまくって小さなスプーンでパクパク口に運んでいく。
サナも不服そうながらも食べる手をとめなかった。
「あれ? クルミちゃん、あんまりおなかすいてないのか?」
皿に乗っている量がジネよりも少ない。
一瞬で食べ終えてしまいそうだった。
「あ、いえ、わたしはいつもこのくらいなんです。気にしないでください」
言い終えると、テーブルに置いた例の水筒を豪快にあおる。
ゴクッゴクッと音を立て、
「ぷひ」
と間抜けな声を漏らして満ち足りた顔になる。
ん? ちょっと待てよ。
「クルミちゃん、もしかしてカレーのおともにりんごジュース飲んでる?」
「はい。とってもおいしいですよ」
何がいけないのかわからない、と言った様子で首をかしげる。
どんだけ甘党なんだ。
「他人の食事にとやかく言う気はないが、夕食のときはりんごジュースよりお茶や水にしておいた方がいいと思うぞ」
「そうでしょうか……」
マシューに指摘され、しゅんとしょげて見るからに落ち込んだ様子のクルミちゃん。
しぶしぶと言った様子で水の入ったペットボトルを近くに寄せ、グラスに少しだけ注ぐ。
「水嫌いなのか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、りんごジュースが大好きなので……」
ほっといたらホントに糖尿病になるぞこの子。
「気持ちわかります。わ、私もときどきこっそりお夕飯どきにジュース飲んでます」
「何?」
マシューがぎろりとジネをにらみつける。
「ひぇ。な、なんでもないデース」
「夕飯のときときどき席を外して冷房庫を開けに行くなと思っていたらそういうことか!」
「ふへん!(ごめん!) ふへんなはい!!(ごめんなさい!!)」
右手でほおを左右からぐにゅっとつぶされ、ジネはとんがったアヒル口で必死に謝る。
その様子を見てクルミちゃんがくすりと笑い、俺とサナもつられた。
いろいろあったけど、今日も平和だ。
~サナ~
深夜。
布団で熟睡するサナに遠慮がちに伸ばされる手。
「サナさん、サナさん」
「うーん、なんすかぁ?」
揺さぶられ、サナは渋々重たいまぶたを開く。枕元に泣きそうな顔のくるみが座っている。なんだかもじもじしていた。
「お手洗いって、どこですか?」
「うーん? ったく、そんなことでいちいち起こさないでくださいよ。この部屋を出て左の突き当たりです」
サナとクルミはマシューのたちの家の客間を借りて寝ていた。
トイレはその部屋のすぐ近くにある。
再び眠ろうとするサナに、またしても遠慮がちな手が伸びてくる。
「あのー、その、一緒についてきてくれませんか?」
「嫌です……むにゃむにゃ」
サナは構わず目を閉じ、眠気に身を任せようとする。
なにせ眠い。
それもそのはず、時刻はまもなく丑三つ時を迎えようとしていた。
深夜も深夜なのである。
「えー! さ、サナさん、お願いします。ついて来てください。一人じゃ、その、怖いです……」
「んーん、何言ってるんすか子どもじゃあるまいし。そんなに怖いなら朝までがまんしたらいいじゃないっすか。むにゃむにゃ」
「そ、そんなぁ。無理ですよぉ。サナさん、サナさん、お願いしますぅ」
クルミはもじもじしながら必死にサナをゆさぶる。
クルミはとっくにがまんの限界を迎えていた。
「んーん、りんごジュース飲み過ぎなんですよ、まったく」
しつこく揺さぶられ、サナは仕方なく布団から出る。
「ありがとうございます!」
暗闇の中でぱあっと満面の笑みを浮かべ、クルミはサナの付き添いでトイレへ向かう。
「着きましたよ。じゃ、あたしはこれで」
扉の前まで着いた。
しかし、クルミは早々に立ち去ろうとするサナの腕をがっちりホールドする。
「なんすか!?」
半ギレだった。
眠すぎてフラフラしながら重いまぶたでクルミをにらむ。
「あの、その、終わるまで一緒にいてください」
「は?」
「だ、だって! 帰り、一人じゃ怖いじゃないですかぁ」
結局サナが眠りにつけたのは、それからさらに30分以上あとのことだった。
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