第3話 異変とヘイト

「パイセンまずいです」


 四つの分かれ道の片方は行き止まりだった。正解のもう片方の道を歩き出してすぐ、サナが声を上げた。


「どうしたよ」


「同接どんどん減ってってます。撮れ高ください」


「無茶言うな」


 恐れていた事態が起きた。

 序盤は新メンバー登場で盛り上がっていたが、メインコンテンツのダンジョンは低級も低級の初心者向け。

 クルミちゃんにとっては目新しいモンスターたちが次々現れるテーマパークでも、命のやりとりに肥(こ)えた視聴者たちからすれば退屈なんだろう。


 しかも分かれ道を抜けてしばらくはヒトツメという目と手足の指の爪が一つの小人モンスターくらいしか遭遇していない。

 とくに言うことがないので、俺たちの方も正直暇していた。


「ど、どど、どうすれば」


 真面目なクルミちゃんがあわあわしだした。

 可愛い。

 可愛いが、ダンジョン配信は可愛い一本では成り立たない。


 強いモンスターとの血で血を洗う死闘、卑劣で残酷な罠や精神を削る連戦、そんな逆境の中四苦八苦する冒険者たちを見るコンテンツなのだ。

 俺たちはメンバー同士のかけあいや、パワードアームやマシューの大剣の豪快なアクションでなんとか場を持たせて来た。

 それでも根底にあるのはやはり熾烈しれつなバトルと緊張感。


 どちらも不足しがちな初心者向けダンジョンを配信するのは失敗だったかもしれない。


「待て、何か聞こえる」


 先頭を歩くマシューが足を止めた。

 すぐに顔色が変わる。

 見せ場を作ってくれているのかと思いきや、本当に何か聞こえて来た。


「先客か?」


「そのようだ。それも、」


「──ユーガ、早くなんとかしてぇ!!」


 パニックになっているようだ。モンスターのものらしき物音も聞こえる。

 苦戦しているらしい。


「様子がおかしい。加勢しよう」


「わかった」


 マシューが砂ぼこりを立てて駆け出す。

 よろいがぶつかりあってがしゃがしゃと音を立てた。

 俺たちもあとへ続く。


 曲がり角の向こうの松明の明かりに、二つの人影が映った。

 頭上でバスケットボール大のモンスターたちが暴れている。


「無事か? 今助ける!」


 マシューが大剣を抜きながら角を曲がった。

 右腕のパワードアームを構え、俺もすぐに向かう。


「え!? あ、あぁ、助かるー!」


 そこには銀髪の長いツインテールを揺らす軽装の女の子と、マシューのものよりも厚いよろいの重装で顔まで固めた細身の男がいた。

 女の子は俺たちが来たことに驚いた様子だ。


「ゴモリか。大人しい、はず、なんだがな!」


 息を切らしながらマシューはゴモリたちが飛び交う空中へ大剣を振るう。


「大きいコウモリですか?」


「そんなとこだ! クルミちゃんはサナと一緒にいてくれ!」


 マシューが何度か頭上を大剣で仰(あお)ぐと、ゴモリたちは巻き起こった風で体勢を崩した。


 そこを俺のパワードアームで殴りつけて洞窟の壁にぶつけていく。バッティングセンターにでも来た気分だ。

 俺を見るなり、よろいの男もゆるく湾曲した小ぶりの剣で降りて来たゴモリたちを一匹ずつ切り裂いていく。


「数が多いな! キリがない」


「一旦後退した方が良さそうだ。幸いうちのパーティーにヒーラーがいる。二人とも加藤についていってくれ」


 マシューが矢面にたち、俺は襲われていた二人をサナたちの方へ誘導する。

 なんとか曲がり角の奥へ二人を誘導することができた。


「パイセン大丈夫っすか?」


 サナの隣でクルミちゃんも心配そうにしていた。


「あぁ。疲れたけど、なんとかな」


「すぐ回復魔法をかけますね!」


「いや、俺は大丈夫。怪我してないから。そこの二人にかけてやってくれ」


「わかりました!」


「リーリング!」


 細身のよろいからくもった声が響いて来た。よろいの男が銀髪ツインテールの女の子に回復魔法をかける声だった。

 黄色っぽい暖色の光が女の子を包んだ。

 この様子なら任せて大丈夫そうだ。


「え、えぇっと、わたしはどうすれば?」


「クルミちゃん、私に回復魔法をかけてくれないか? 大剣ではゴモリをさばききれなくて少しすりむいてしまった」


「はい! わかりました!」


 ようやっと出番が来たのがうれしいのか、クルミちゃんは花が咲くような笑顔でマシューに回復魔法をかける。


「ふくふく!」


「あれ? 名前が違うんだな」


 よろいの男は確かリーリングって唱えてたはずだ。

 首をかしげていると、マシューが教えてくれる。


「同じような魔法でも、詠唱の仕方は地方や流派によって違うんだ」


「なるほど」


「それと、わたしの魔法はそちらの方ほど効果のあるものじゃないんです。ごめんなさい……」


 クルミちゃんによるとよろいの男の回復魔法は中級、クルミちゃんのは初級なのだという。


「あ、やべ。俺たちダンジョン配信してるんだった。すいません、顔映っちゃっても大丈夫でしたか?」


「大丈夫大丈夫~。タイミング的にも多分大丈夫~」


「タイミング?」


「なんてったって、ワタシたちもダンジョン配信者だからね!」


 回復魔法で元気を取り戻したのか、銀髪の女の子がハイテンションに応じる。


「こんちゃーす! ワタシはロ口ロロろぐちろろ! ロロロじゃないよ?」


 銀髪ツインテールのロロは、右手のピースを右目にそえ、テンションマックスに自己紹介をしてくれた。

 こちらへ振り返ったことで松明(たいまつ)に照らされ、前髪の虹色のメッシュが暗い洞窟の中に照らし出される。


「ちなみにこっちはダーリンのユーガ! 回復魔法もタンクもアタッカーも、なんでもできちゃう最高のダーリンダヨ!」


「お、おう。そうなんだ」


 そこまでいくと押しつけてるだけなんじゃないだろうか。

 ともあれ。


「俺は加藤。よろしく」


「おー! 加藤って、あの加藤クンかな? お噂はかねがね~」


 ロロは俺の手を取り、両手でぶんぶん上下に振る。


「噂? あーあ、一時期有名になったもんな。よろしく」


 なんだか知らないがマシューやサナたちの視線が背中に刺さっていたい。

 振り返るとおもっクソにらまれていた。

 なんでだよ。


「おっと、今日は生配信かな?」


「あぁ、俺たちはいつも生配信だよ。そっちは違うのか?」


「おーっと、それじゃあごめんけどアーカイブ上げる前に一部チョキチョキしてもらわないとかも。すまんねー、うちらは動画勢なんだー」


 言いながら、ロロは両手でカニみたいにピースを作り、コミカルな仕草でチョキチョキする。

 俺らのアーカイブで動画のネタバレになってしまうと困るんだろうか。


「わかった。それはあとで相談しよう。というか、勝手に加勢しちゃって悪かったな」


「うぅん、加藤クンのおかげでとーっても助かっちゃった! むしろサンキューだよー!」


「おっ!?」


 突然、ロロがハグして来たかと思うと、ほほにキスされた。

 ロロの胸が肩に当たってなんとも言えない気分になる。

 後ろのマシューたちの視線がますます痛かった。


「ねーねー、今回は飛び入りになっちゃったからあれだけど、今度正式にコラボしない?」


 ロロが俺の左腕にぎゅっと抱きついて来る。

 胸が当たって……あー……なんだ、悪くないな。


「おい、くっつきすぎだ!」


「あーん!」


 怒ったマシューがロロを引きはがす。


「ごめんごめん。加藤クンにもダーリンがいたんダネ。これは失敬」


 わざとらしく自分の頭をポンと叩くロロ。この大げさなノリが売りなんだろうか。


「だ、ダーリンではない! その、今はまだ……」


「フーン」


 真っ赤になって目をそらすマシューに、ロロはうれしそうに目を細めた。


「パイセン、言うの遅れましたけどさっきからコメ欄荒れてますよ。パイセンのことボロカスに叩いてます」


「早く言えよっ!」


「まーまーまー、それはそれ、これはこれ。どうする? ワタシとしてはやっぱり加藤クンとコラボしたいな~」


 上目づかいで目を輝かせるロロ。

 ここまで芝居がかっていると変にあざとさがなくて不快感がないな。


「悪い、突然のことすぎてすぐには決められそうにないから、保留にさせてくれ」


「それよりも今はこのダンジョンのことだ」


 クルミちゃんに回復魔法をもらっていたマシューが立ち上がる。


「おとなしいはずのゴモリのヘイトが完全に二人に向いていた。異常事態だ。余計なお世話かもしれないが、今回のダンジョン、引き返した方がいいぞ」


 ロロたちがどうするかはわからないが、俺たちはマシューの勘に従うべきだろう。


 歴戦の冒険者であるマシューの勘はよく当たる。

 ゴモリたちから逃れるのに手こずったのも事実だ。

 結局俺たちはロロたちと分かれ、撤退することになった。


 別れ際ふと振り返ると、ロロの後ろを飛ぶドローンに気づいた。

 カメラを持っていないなと思ったら、あれで撮ってたのか。

 駆動音が全然しないから気づかなかった。ゴモリたちが凶暴化した件とは関係なさそうだ。



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